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揺れる心
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「豪さん?」
「……あ、いや。俺も、次はホットミルクを持って行くよ」
我に返った豪さんが、そう小声で呟いた。精一杯の秋彦さんへの対抗心。それがとんでもなく嬉しくて、頬がかあっと熱くなる。
「蜂蜜入りがいいな」
「蜂蜜、か。ブランデーを足すといいと聞くけど」
「私、未成年だよ?」
「……そうだった。もう充分大人に見えるから、忘れてたよ」
大人に見えるという言葉は、撮影のとき、カメラマンの鷹野さんにも言われた。このまま二十歳を迎えて、正真正銘の大人になれるのだろうか。身体は大人かもしれないけれど、中身はまだまだ成熟した女性とは言い難い。
豪さんに釣り合うような、梢さんみたいな大人の女性になりたい。それにはまだ時間が足りない。やっと追いついた、と言える頃には、豪さんは手の届かないところにいるだろう。いや――最初から手の届かない人なのだけど。
カチャカチャと食器どうしの擦れる音を立てて、秋彦さんが戻ってきた。私と豪さんの会話はここまでだ。秋彦さんが私の分の食事を丁寧にテーブルに並べてくれる。私と豪さんの、静かな昼食。
昨日よりはたくさん食べられたけれど、やはり食欲は戻っていない。少しだけ残してしまった。
「そういえば、寧々様。週末は、どこかにお出掛けになるのですか?」
下げられていく皿を申し訳なく見送っていると、秋彦さんがそう尋ねてきた。彼に提出していたスケジュール表には、『先輩と一緒に食事に出掛ける』と、記していたのを思い出す。
「そうなの。モデルの先輩に、ぜひって誘われて。少し遅くなるかも」
「かしこまりました。帰りが遅くなるようでしたら、お迎えに行きますが」
「秋彦は勤務時間外になるだろう。俺が行くよ」
「いえ、旦那様のお手を煩わせるわけには……」
なんだか大事になってきた。行き先がクラブだなんて、口が裂けても言えない。どうしようと狼狽えた後、「先輩のマネージャーさんが送り迎えしてくれるから」と誤魔化していると、秋彦さんが決定打の一言を放った。
「では、万が一のために、行き先だけでも教えていただけますか。寧々様に何かあったらと、心配なんです」
「あっ……えーっと。先輩に任せているから、どこに行くのか知らないの」
「そうなのですか?」
「その先輩は、梢も知っているの?」
「うん。いつも私の面倒を見てくれて、すごくよくしてくれる人だから、心配しないで」
よくもまあベラベラと、嘘を捲したてられたものだ。信頼している二人に、自分の都合で嘘をつくなんて、本当はしたくなかった。もしも、二人が真実を知った時、怒るに違いない。
豪さんと秋彦さんは顔を見合わせて、再び私の方に視線を移した。信じてくれているような、でも疑っているような、たいそう微妙な顔をしている。私の嘘が、下手過ぎたのかもしれない。
「では、用事が終わったら、連絡だけでもください。俺は起きていますので」
「……うん」
「飲めって言われても、アルコールは絶対に口にしたらだめだよ」
「分かった。ちゃんと断るね」
二人の心配がありがたいのに、心が痛い。バレないように、どうにか週末をやり過ごさなきゃ。そして、次はもう絶対に行かないと、冴木先輩にはっきり言おう。
「……あ、いや。俺も、次はホットミルクを持って行くよ」
我に返った豪さんが、そう小声で呟いた。精一杯の秋彦さんへの対抗心。それがとんでもなく嬉しくて、頬がかあっと熱くなる。
「蜂蜜入りがいいな」
「蜂蜜、か。ブランデーを足すといいと聞くけど」
「私、未成年だよ?」
「……そうだった。もう充分大人に見えるから、忘れてたよ」
大人に見えるという言葉は、撮影のとき、カメラマンの鷹野さんにも言われた。このまま二十歳を迎えて、正真正銘の大人になれるのだろうか。身体は大人かもしれないけれど、中身はまだまだ成熟した女性とは言い難い。
豪さんに釣り合うような、梢さんみたいな大人の女性になりたい。それにはまだ時間が足りない。やっと追いついた、と言える頃には、豪さんは手の届かないところにいるだろう。いや――最初から手の届かない人なのだけど。
カチャカチャと食器どうしの擦れる音を立てて、秋彦さんが戻ってきた。私と豪さんの会話はここまでだ。秋彦さんが私の分の食事を丁寧にテーブルに並べてくれる。私と豪さんの、静かな昼食。
昨日よりはたくさん食べられたけれど、やはり食欲は戻っていない。少しだけ残してしまった。
「そういえば、寧々様。週末は、どこかにお出掛けになるのですか?」
下げられていく皿を申し訳なく見送っていると、秋彦さんがそう尋ねてきた。彼に提出していたスケジュール表には、『先輩と一緒に食事に出掛ける』と、記していたのを思い出す。
「そうなの。モデルの先輩に、ぜひって誘われて。少し遅くなるかも」
「かしこまりました。帰りが遅くなるようでしたら、お迎えに行きますが」
「秋彦は勤務時間外になるだろう。俺が行くよ」
「いえ、旦那様のお手を煩わせるわけには……」
なんだか大事になってきた。行き先がクラブだなんて、口が裂けても言えない。どうしようと狼狽えた後、「先輩のマネージャーさんが送り迎えしてくれるから」と誤魔化していると、秋彦さんが決定打の一言を放った。
「では、万が一のために、行き先だけでも教えていただけますか。寧々様に何かあったらと、心配なんです」
「あっ……えーっと。先輩に任せているから、どこに行くのか知らないの」
「そうなのですか?」
「その先輩は、梢も知っているの?」
「うん。いつも私の面倒を見てくれて、すごくよくしてくれる人だから、心配しないで」
よくもまあベラベラと、嘘を捲したてられたものだ。信頼している二人に、自分の都合で嘘をつくなんて、本当はしたくなかった。もしも、二人が真実を知った時、怒るに違いない。
豪さんと秋彦さんは顔を見合わせて、再び私の方に視線を移した。信じてくれているような、でも疑っているような、たいそう微妙な顔をしている。私の嘘が、下手過ぎたのかもしれない。
「では、用事が終わったら、連絡だけでもください。俺は起きていますので」
「……うん」
「飲めって言われても、アルコールは絶対に口にしたらだめだよ」
「分かった。ちゃんと断るね」
二人の心配がありがたいのに、心が痛い。バレないように、どうにか週末をやり過ごさなきゃ。そして、次はもう絶対に行かないと、冴木先輩にはっきり言おう。
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