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半妖の血
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「六花様」
「……ん」
美鶴の声がする。肩を優しく揺するように起こされ、六花は意識を取り戻した。
「六花様、申し訳ございません。勝手ながら、お部屋に入らせていただきました」
部屋の中はとっぷりと暗くなり、美鶴が持ってきてくれたであろう火灯の明かりが、美鶴と六花の周囲だけを照らしている。
「いま、は……?」
「深夜です。皆様、お休みになっています。夕食を召し上がっていないので、気になってしまって……。体調はいかがですか?」
美鶴も業務が忙しいはずなのに、六花のためを思って、こんな時間まで起きていたのだ。六花は申し訳なく思いながらすぐに身体を起こし、調子を確認した。あの得体の知れない熱はすっかり収まっている。
そもそも、どこまでが現実でどこからが夢だったのか。最後に見た光景は、一体どう受け止めるべきなのか。あやかしの話を直靖から聞いたとき、三兄弟が不思議な反応を見せていたのと、なにか関係があるのか。
「六花様?」
「……あ、美鶴さん。大丈夫そうです」
そう言った直後、下腹部に鈍痛を感じた。六花ははたと動きを止め、右肩を開けさせる。そこには、大牙がつけた歯形に沿ってうっ血した痕が、橙色の明かりの下でもはっきり見えた。ということは、あの瞬間までは現実だったということだ。
「まあ、これ……ど、どうなさったんですか!?」
美鶴があっと息を止め、痕を観察している。彼女の前でこれを見せるのはまずかったと、六花はすぐに反省した。自分で噛んだと言うには無理がある。とはいえ、大牙の行動の本意も知らないのに、彼がつけたのだと教えるわけにもいかない。そもそも、六花が羽琉の仕事場で失敗をしなければ、まずこんなことにはなっていないのだ。
「えっと……これ、は……」
「……痛みませんか? 消毒は?」
六花が言葉を濁したのを見て、美鶴は察してくれたようだ。深くは聞いてこなかった。六花は彼女に感謝しながら、首を横に振る。大牙が全力で噛んでいれば血が出ていただろうが、痣で済んだのだから手当ては必要ない。六花は浴衣の襟元を正し、美鶴と向き合った。
「美鶴さん、おかしなことを言っていると思うかもしれませんが……ひとつ、聞いていいですか?」
「はい、なんなりと」
六花は記憶を辿る。
「鬼灯さんたちに獣の耳とか、羽琉さんには羽根が生えたところを見た気がするんです。でも、びっくりして気絶してしまって……」
「……ああ、そのことですね」
美鶴は困ったように笑い、数秒間言葉を探していた。六花の言葉を肯定したということは、あれは夢ではなかったのだろう。てっきり、彼らも六花と同じ人間だと思っていたのだが、直靖が言っていた〝あやかし〟の血を、彼らが引いているのかもしれない。
「使用人でも知らない者の方が多いので、吹聴は極力避けていただきたいのです。ご了承いただけるのなら、お話しします」
「……分かりました」
六花は唾を飲み込んだ。彼らが最初から教えてくれなかったのには、なんらかの理由があるはずだ。美鶴の言葉を待って、姿勢を正す。
「若様方が、皆異なる奥方様からお生まれになったのは、ご存知ですか?」
「あ、はい。今朝、聞きました」
「旦那様は惚れっぽい方でして、昔は『この人』と決めたら、すぐに求婚していたと伺っております。ですが、奥方様は皆、『半妖』であることを隠して、旦那様との間に子を授かったのだそうです」
半妖というのは、あやかしの血と人間の血、どちらも引く存在のことを指すのだという。どちらの血が強いかによって、よりあやかしに近いか、人間に近いかが決定されるとのこと。割合は綺麗に一対一でなくても、混血であれば半妖の種別にくくられる。美鶴はそう教えてくれた。
「……どうして、隠そうとするんでしょうか?」
「人間の血が強い半妖ほど、自分が純粋な人間でないことに、劣等感や敗北感を感じるのです。あやかしの血は、人間の血には勝てませんから。純血の人間の一部には、彼らを蔑みいいように扱う者もいます」
美鶴は寂しそうに笑う。
「そんな……」
「私も半妖ですから、若様方の気持ちはよく理解できます。それに、地主家のご子息ですから、世間の目もあるのでしょう」
彼女も人間だと思って六花は接してきたが、大して驚きはしなかった。その美しい銀髪も、きっと受け継がれてきたものなのだ。純血か混血か、人間かあやかしかだけで判断される風潮があるのは、悲しいことだと六花も理解できた。
「深い事情が、あったんですね……」
「もしかすると、六花様に受け入れられないのでは、嫌がられるかもと思うと、言い出せなかったのではないでしょうか」
「……そんなことないのに」
六花にも、競売場で見た者たちに対する恐怖はあった。だが、直靖はあれを外道とし、「心の優しいあやかしがほとんどだ」と断言した。六花もそれを信じる。
「六花様は、人間しかいない金烏国からやってきたのでしょう? あやかしを見たとき、怖くはなかったですか?」
「初めは、あやかし自体を知らなくて……確かに怖かったけれど。今はそんなことありません。美鶴さんのことだって、もっと知りたいし仲良くなりたい」
「……ありがとうございます。旦那様が六花様を花嫁にと望んだ理由が、よく理解できました」
美鶴は嬉しそうに破顔した。そのまま、自身の着物の袖を肩口まで捲り上げる。左腕に、白銀の羽根が一瞬にして現れた。その美しさに、六花は見入る。
「わあ……綺麗」
「半妖の中には、こうして身体の一部分を隠したり見せたり、自由に制御できる者がいます。私もそのひとりです。普段はきちんと仕舞っているのですが、感情が大きく揺さぶられた時に、つい羽根が出てしまうことがあります」
「感情が、揺さぶられた時……」
「はい。ちなみに私は、千歳鳥の血を引いているので、このように」
そうなると、六花が見た三兄弟の姿も、なにかしらの感情に大きく動きがあった後なのだろう。それぞれがどういったあやかしの血を引いているのか、六花は知りたかった。単なる好奇心からではなく、彼らをもっと理解したいという願いからだ。
「……ん」
美鶴の声がする。肩を優しく揺するように起こされ、六花は意識を取り戻した。
「六花様、申し訳ございません。勝手ながら、お部屋に入らせていただきました」
部屋の中はとっぷりと暗くなり、美鶴が持ってきてくれたであろう火灯の明かりが、美鶴と六花の周囲だけを照らしている。
「いま、は……?」
「深夜です。皆様、お休みになっています。夕食を召し上がっていないので、気になってしまって……。体調はいかがですか?」
美鶴も業務が忙しいはずなのに、六花のためを思って、こんな時間まで起きていたのだ。六花は申し訳なく思いながらすぐに身体を起こし、調子を確認した。あの得体の知れない熱はすっかり収まっている。
そもそも、どこまでが現実でどこからが夢だったのか。最後に見た光景は、一体どう受け止めるべきなのか。あやかしの話を直靖から聞いたとき、三兄弟が不思議な反応を見せていたのと、なにか関係があるのか。
「六花様?」
「……あ、美鶴さん。大丈夫そうです」
そう言った直後、下腹部に鈍痛を感じた。六花ははたと動きを止め、右肩を開けさせる。そこには、大牙がつけた歯形に沿ってうっ血した痕が、橙色の明かりの下でもはっきり見えた。ということは、あの瞬間までは現実だったということだ。
「まあ、これ……ど、どうなさったんですか!?」
美鶴があっと息を止め、痕を観察している。彼女の前でこれを見せるのはまずかったと、六花はすぐに反省した。自分で噛んだと言うには無理がある。とはいえ、大牙の行動の本意も知らないのに、彼がつけたのだと教えるわけにもいかない。そもそも、六花が羽琉の仕事場で失敗をしなければ、まずこんなことにはなっていないのだ。
「えっと……これ、は……」
「……痛みませんか? 消毒は?」
六花が言葉を濁したのを見て、美鶴は察してくれたようだ。深くは聞いてこなかった。六花は彼女に感謝しながら、首を横に振る。大牙が全力で噛んでいれば血が出ていただろうが、痣で済んだのだから手当ては必要ない。六花は浴衣の襟元を正し、美鶴と向き合った。
「美鶴さん、おかしなことを言っていると思うかもしれませんが……ひとつ、聞いていいですか?」
「はい、なんなりと」
六花は記憶を辿る。
「鬼灯さんたちに獣の耳とか、羽琉さんには羽根が生えたところを見た気がするんです。でも、びっくりして気絶してしまって……」
「……ああ、そのことですね」
美鶴は困ったように笑い、数秒間言葉を探していた。六花の言葉を肯定したということは、あれは夢ではなかったのだろう。てっきり、彼らも六花と同じ人間だと思っていたのだが、直靖が言っていた〝あやかし〟の血を、彼らが引いているのかもしれない。
「使用人でも知らない者の方が多いので、吹聴は極力避けていただきたいのです。ご了承いただけるのなら、お話しします」
「……分かりました」
六花は唾を飲み込んだ。彼らが最初から教えてくれなかったのには、なんらかの理由があるはずだ。美鶴の言葉を待って、姿勢を正す。
「若様方が、皆異なる奥方様からお生まれになったのは、ご存知ですか?」
「あ、はい。今朝、聞きました」
「旦那様は惚れっぽい方でして、昔は『この人』と決めたら、すぐに求婚していたと伺っております。ですが、奥方様は皆、『半妖』であることを隠して、旦那様との間に子を授かったのだそうです」
半妖というのは、あやかしの血と人間の血、どちらも引く存在のことを指すのだという。どちらの血が強いかによって、よりあやかしに近いか、人間に近いかが決定されるとのこと。割合は綺麗に一対一でなくても、混血であれば半妖の種別にくくられる。美鶴はそう教えてくれた。
「……どうして、隠そうとするんでしょうか?」
「人間の血が強い半妖ほど、自分が純粋な人間でないことに、劣等感や敗北感を感じるのです。あやかしの血は、人間の血には勝てませんから。純血の人間の一部には、彼らを蔑みいいように扱う者もいます」
美鶴は寂しそうに笑う。
「そんな……」
「私も半妖ですから、若様方の気持ちはよく理解できます。それに、地主家のご子息ですから、世間の目もあるのでしょう」
彼女も人間だと思って六花は接してきたが、大して驚きはしなかった。その美しい銀髪も、きっと受け継がれてきたものなのだ。純血か混血か、人間かあやかしかだけで判断される風潮があるのは、悲しいことだと六花も理解できた。
「深い事情が、あったんですね……」
「もしかすると、六花様に受け入れられないのでは、嫌がられるかもと思うと、言い出せなかったのではないでしょうか」
「……そんなことないのに」
六花にも、競売場で見た者たちに対する恐怖はあった。だが、直靖はあれを外道とし、「心の優しいあやかしがほとんどだ」と断言した。六花もそれを信じる。
「六花様は、人間しかいない金烏国からやってきたのでしょう? あやかしを見たとき、怖くはなかったですか?」
「初めは、あやかし自体を知らなくて……確かに怖かったけれど。今はそんなことありません。美鶴さんのことだって、もっと知りたいし仲良くなりたい」
「……ありがとうございます。旦那様が六花様を花嫁にと望んだ理由が、よく理解できました」
美鶴は嬉しそうに破顔した。そのまま、自身の着物の袖を肩口まで捲り上げる。左腕に、白銀の羽根が一瞬にして現れた。その美しさに、六花は見入る。
「わあ……綺麗」
「半妖の中には、こうして身体の一部分を隠したり見せたり、自由に制御できる者がいます。私もそのひとりです。普段はきちんと仕舞っているのですが、感情が大きく揺さぶられた時に、つい羽根が出てしまうことがあります」
「感情が、揺さぶられた時……」
「はい。ちなみに私は、千歳鳥の血を引いているので、このように」
そうなると、六花が見た三兄弟の姿も、なにかしらの感情に大きく動きがあった後なのだろう。それぞれがどういったあやかしの血を引いているのか、六花は知りたかった。単なる好奇心からではなく、彼らをもっと理解したいという願いからだ。
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