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59.名前を呼ぶ時は

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  27歳……ね……。

  500歳近く年齢詐称しているこの幼稚部長はニヤリとまた笑ってこちらを見る。

「じゃ、早速呼んでみろよ」
「何がです?」
「名前だ名前。
さっき呼ぶって言ったよな?」

  シラを切るなと、少し不満げに視線を前に戻す。
  信号が青になったからだ。
  すっかり流したつもりでいたが、やはりこの男、抜け目がないというか根深いというか……。

  にしても、何故そんなに名前にこだわるのだろう?

  部長の名前を呼ぶ人をまだ見たことが無いし、むしろ名前なんて書面上でしか聞いたことが無い。

  それに、ウン百年生きてるこの人の名前が本名かは怪しいから、特に意味も無いのではと考えていた。

  だから随分洒落た名前な理由も、自分でつけたものだとしたら納得がいくと思っていたのに。

「……なんでそんなに名前がいいんですか?」

  部長はフッと笑みを浮かべると、また肘置きに肘を立てて手に顎を乗せた。

「まぁ、夫婦らしくていいだろ?
それに、会社以外で部長呼びされたくねーし、お前の両親の前でも部長呼びされてたら違和感あるだろ?」

  夫婦らしい……つまり、建前ってことか。

  そう気づいて、冷静になれた。

  確かに、夫婦が……例え同僚だったとしても会社の外でまで役職で呼ぶことはないだろう。

  今まで私の名前を呼んでるのも、単純に予行練習だったってことだ。

「……部長は部長ですよ、例え結婚することになっても……まぁ、両親が反対すると思いますけど」
「いや、しないな」

  珍しく口を挟み、部長はニヤリと笑った。

  なんだこの怪しい笑みは……!

「なんでそんな風に思うんですか?」

「そりゃ行けば分かるだろ。
まぁ、俺はお前を離す気は無いけどな」

  そう言って、いつの間に顎から離したのか、右手をそっと握られた。

「早く、呼んでみろよ。
それとも名前覚えてないのか?」
「っ……!」

  また赤信号になったとたん、低めの声が近付いたことに気がついて、パッと身体を離してそっぽを向いた。

「覚えてます!  い、今はいいです!
私はぶっつけ本番に強いんです!」
「ほう……?
じゃ、楽しみにしてる」

  ガラスに反射して映る部長の瞳が細められたけど、すぐに正面に向き直った。

  部長の行動は心臓に悪い。
  胸元を抑えて、フーッと静かに息を吐いた。

  部長の名前くらい、私にだって……。
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