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82.吸血鬼の掟は存在するのか

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 「まるで王子様だねぇ、一華。
さすが刻印の相手。
そんな女でももう独占してるんだ」

「っ……!」

  さっきのハスキーな声が背後に聴こえて、血が凍るような悪寒を覚えた。

  そうだ。  部長は確かに物凄い速さであいつを投げ飛ばした。
  けど、いくら部屋が広いとはいえ、その後に物音1つ無いなんて、どう考えてもおかしい。

  倒したわけじゃ、ないんだ。

  だって、相手は、部長と同じーー吸血鬼。

  そう考えただけでまた一気に不安になる。
  部長とこの人の関係は知らない。
  名前を知ってるから顔見知りではあるのだろうけど、同族をあんな豪快に投げ飛ばして、部長は大丈夫なのだろうか?

  この人の感情は声だけでは全く読み取れない。
  けど、もし腹腸煮えくり返るほど内心怒り狂っていたりしたら…。
  
  部長は、この人に殺されてしまうことも、あり得るのだろうか。
 
  恐い気持ちを抑えて振り返ろうとするも、部長は更に身体を寄せてそれを止めさせる。
  自分で気付かなかったけど、心臓がドクドク言ってる。

  そしてそれは、部長も同じだった。
  人並みに速くて、胸が熱い。

「……レオ。
何しに来た?」

  部長の声がさっきよりも低くて、まるで威嚇のように聞こえる。
  しかし怯む様子もなく、レオと呼ばれた声の主は大きくため息をついた。

「何って、様子を見にさ。
一華が最近刻印したと噂が立ってね。
案の定だったけど」

「誰からの情報だ?」

「さぁ…風の噂なんてそんなもんだろ?」

  刻印の噂……そう聞いて、納得する。

  吸血鬼は身近にいる。
  人の姿をしてるからほとんど分からないけど、確実にいる。
  もしかしたら、それぞれを監視する役もいるのかもしれない。
  
  人に紛れて人の血を吸う吸血鬼が、その存在を知られていいわけがない。

  そうなれば、人と吸血鬼の争いが始まる。
  いくら人よりも強い吸血鬼といえど、自由にが出来なくなることは不利になるのだろう。
 
  例えばウサギのいる小屋にトラを放ったとしたら、ウサギはきっとトラと距離を置き、身を隠す。
  けど、もしそのトラがウサギと全く同じ姿をして平然と身を寄せていたとしたら……。

  要は、人の姿をしているのはカモフラージュだ。

  今までそうして線引きしたり、己らの存在を公言したりしなかったことを考えても、それはおそらく吸血鬼にとって重要なことなのだろう。

  それが吸血鬼界の秩序や掟なのだとしたら、以前部長が言っていたように、刻印した私の血は他の吸血鬼を惑わす危険対象になるのではないだろうか。

  部長は血を吸わないと言ったが、全ての吸血鬼がそうだとは限らない。

  この吸血鬼のように。

  私の血は、他の吸血鬼に目をつけられていてもおかしくないのかもしれない。

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