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88.ムカつくけど恐い人

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「っ……!」

  視線が外れ、彼がまたベッドに座ったのを見て、呪縛が解けたように息を吐き、首に手を置いた。

  少し湿った首筋には、傷は無い。

  悪寒のような震えが全身にあるだけだ。

  今すぐにでもヘタり込みたいところを、グッと堪えて、彼に向き直る。

  さっきと違ってどっかりと足を広げて前に手を置き、朱い瞳を細めて陽気に笑う彼は、さっきの雰囲気とは全く別に思える。
   八重歯に位置する長い牙が姿を見せることを除いて。

  気を吸って、穏やかになった……?

  でも、瞳の色は変わらない。
  首筋に吸い付いた後でも、部長なら多少変わるというのに…。

  この人は、何が違うのだろう?

「どう?  恐かった?」
「……はい。  とても」

  渋々頷くと、彼はまたフッと明るく笑った。

「素直でよろしい。
あんたは人よりも悪人に狙われやすいんだ。
もっと自覚しな。
盗人が入ってきて殺されることだってあるからな」

  わざとらしくそう言って、恐怖を浮かべる私を彼は満足げに見上げる。

  ……性格悪い。

「心配しなくても、もう襲ったりしない。
昨日食事抜きだったから少し気が立ってただけだ。
今ので多少はマシになったよ」

「多少って…」

「何なら吸血までしてやろうか?」

  スっと目が細まると、またゾクリと背筋が凍った。

  この人恐い、ホント恐い!

「いえ、大丈夫です…!」

「そ。
で、もう8時になるけど、あんた、出社しなくていいの?」

「えっ…ハッ!」

  時計を見ると、既にいつも家を出る時間をオーバーしていた。

  まだ着替えすらしてないのに、今からなんて間に合わない!

  えー!アラームかけたのに…!

「良くないです!
遅刻です!」

「だろうな。
さて、ここで提案だが…」

  また突然スッと立ち上がる彼に、思わず身体が硬直するも、彼はいつの間にか手にしていた何かの鍵をジャラジャラと見せつけた。

「俺が送ってやろう。
一緒にドライブはいかがかな?」

「……は、はい?」

  
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