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14.王道転校生は自信を有する
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「日下部さん超かっこいい~」
中庭に設置されたモニターを、中央は目を輝かせて見上げた。
「いや、それよりあの風紀委員長の筋肉やばくないか…?
前々イメージと違うんだけど…」
「あぁ、七三メガネ委員長、今日は七三じゃないんだな」
縦野の言葉に、中央は興味なさそうに相槌を打つ。
93対8という圧倒的な数の利があって、新入生たちは余裕モードであったが、黒ずくめで威圧感のある強面の上級生達に、今は少し尻込みしている。
「だーいじょうぶだって!筋肉あったら鬼ごっこ強い訳じゃないんだから!
俺足の速さには自信があんだ!」
確かに、筋肉があれば足が速いとは限らないし、これは純粋な徒競走でも無い。広い校舎を使った《鬼ごっこ》なのだ。
「そうだよな…」
「この暗さと広さなら、どっかに隠れてれば2時間くらいすぐだろ」
「相手は8人しかいないしな」
中央も明るい声に、周りも感化され【逃げ手】の生徒達の顔も明るくなってきた。
「やっぱり直人といると、場が華やぐな」
「えぇ?何言ってんの?
それより俺は、この《鬼ごっこ》を勝ち抜いて、尊の奴に要求を突きつけてやるんだ!!」
時間いっぱいまで逃げ切った生徒には、《ご褒美》として、生徒会執行部に何でも1つ《要求》が出来る権利が与えられる。
それもあって、既に生徒会のファンとなっている1年生達には、本気の構えの者も多くいた。
◇◇◇◇◇
『なお、時間内に【鬼】が全ての【逃げ手】を捕まえた場合には、【鬼】で一番捕獲数の多かった者にこの権利が与えられます!」
「風紀の言う事聞いてやるなんて癪だな~」
「そう言うなよ、ゲームにはご褒美がつきものだろ?」
「直ちゃんのおねだりなら、いつでも聞いてあげるのにね」
《鬼ごっこ》の参加が決まった時、中央が「見てろよ!」と大見得を切っていたのを思い出し、生徒会メンバーは談笑している。
「直人は生き残ると思います?」
「アイツは運動神経が良いみたいだからな。初めての時もあの裏門を飛び越えてたし。
いけるだろ」
『さて、ここで追加ルールの説明です』
出場者が出揃った所で、再び右佐美の進行アナウンスが響いた。
『【鬼役】の風紀委員は、人数のハンデにより、インカムの着用を許可されます』
ざわっと中庭が騒がしくなる。
「え、それって連携出来るって事?」
「あっち逃げたぞ、とか?」
「やばくない?」
『正確には、【参謀】からの指示を聞く事が出来る、というものです。
【鬼役】【参謀】は、【鬼】の位置のみを把握し、一方的ながら指示を出す事が可能です。
もちろん、【逃げ手】の位置を見る事は出来ませんので、あくまでも鬼同士がまとまってしまったりしない様に指示が出せる、というものです』
「つまり…どういう事だ?」
首を捻る中央に、縦野が解説をする。
「要は【鬼役】に1人自分は動かずに、味方に指示だけ出す奴がいるって事だな」
「はぇ~、ただでさえ人数少ないのに、更に1人減らすって事?バカなの?」
『なお、【鬼】の【参謀】は風紀副委員長である、日下部優雅氏です!』
「そうだよね日下部さんには走り回るなんて似合わないよね!!」
「直人…」
一瞬で前言撤回をした中央に、さすがの縦野も呆れ顔だ。
「直人はその…日下部の事…好きなのか?」
おずおずとずっと気になっていた事を口にした長谷だったが、それを中央は笑い飛ばした。
「えぇ?だってめっちゃ美人じゃん!
全寮制の男子校でやたらイケメン多いって言ったって、やっぱ綺麗な人見てる方が良いし。それに優しいし!あ、もちろん恋愛的な意味じゃないぜ?」
確かに日下部は女性と見紛うばかりの中世的な美貌の持ち主だ。物腰も優しい。しかし“優しい”かと聞かれれば、この学園に1年以上在籍する者は皆首を傾げる。
彼らは皆、風紀委員長には東海林ではなく、日下部がなるものと思っていた。
日下部優雅は、ただ美しい目の保養に留まる男ではない事を、彼らは知っていた。
◇◇◇◇◇
正面玄関前に設置された簡易的な机が1つ。それにPCモニターが置かれ、画面上には校舎の見取り図と黒い点が8つ、今は真ん中の下の方に固まって点滅していた。
「…椅子は無いんですか?」
まさかずっと、立っていろとは言いませんよね?と口には出さず、ただ美しい笑顔を向けた日下部に、傍に付いていた広報委員の生徒が慌てて取りに行く。
「東海林も」
「俺はいい」
それよりも、上着に袖を通したい。
「座ってください。貴方の出番は、まだ先なのですから」
◇◇◇◇◇◇
『さぁ!開始時刻まであと少しです!』
時刻は19時58分を指していた。
今日は金曜日で、生徒達は皆、部活はせずに早めに夕食を済ませてここに集まっている。明日と明後日は学校は休みであり、このイベントを存分に楽しむ為だ。
『【逃げ手】の皆さんは、心の準備をしてください。
ゲームが開始しましたら、皆さんの位置などを提示してしまう為、中庭のモニターも消えます』
講堂の大画面モニターが、校内地図を映し出し、その中に沢山の赤い点と、わずかな黒い点を表示する。言わずもがな、赤い点が【逃げ手】、黒い点が【鬼】である。
『繰り返しますが、3階の渡り廊下は立ち入り禁止となっておりますので、絶対に行かない様にしてください』
先日の老朽化した手摺りはまだ直っていないため、繰り返しその注意事項が流された。
『また、実況も校内放送は致しません。
ただ別回線の方で、脱落者の放送だけは校内に流します』
秒針が進み、時刻が今、8時を指し示す。
『はい!それでは!今から【新入生歓迎校内鬼ごっこ】を開始いたします!
【逃げ手】の皆さんは、スタートしてください!!』
ビ――――――!!
大きな電子音と共に、一斉に新入生と中央、縦野、長谷がそれぞれの思う方向に走り出す。
それと同時に、メインの実況は講堂内のみの放送に切り替えられる。
『皆さんまずは【鬼】がスタートする前に、思い思いの場所へと走り出しました!
やはり極力正面玄関からは離れようとする人が多いようですね』
『まぁそうだろうな。
あ、でも逆に、正面玄関近くで止まる子もいるぞ?』
『おお!なるほど、盲点を突こうという作戦ですね』
『この【鬼ごっこ】は範囲も広いし人数も多いから、隠れてやり過ごそうって子も多そうだな』
上総のセリフを肯定するかの様に、モニタ―の赤い点が少数止まり始めた。
『体力無い人とかは、そうやって体力を温存するという手もあるんでしょうね』
2人の実況に、講堂内は少しずつ熱が広がり始めていた。
『さあ!そろそろ10分です。風紀の皆さん、準備はよろしいですか!?』
放送範囲が切り替えられ、正面玄関にいる【鬼】達と、校内に散らばった【逃げ手】達に声が届く。
『それでは、【鬼】のスタートです!!』
右佐美のハイテンションボイスを合図に、正面玄関が開かれ、黒ずくめの【鬼】達が一斉に散り散りに走り出した。
その様子が、正面玄関のカメラと、校内図とICチップを連動させた映像で二分割されたモニターに映し出される。
『皆さん一斉に走り…えぇぇっ!!?』
モニターの黒い点がそれぞれ、すごい速さで動いて行くのに対し、全く動かない黒点が2つ。
右佐美のみならず、講堂内の生徒達が、上総を除いて皆瞠目する。
【参謀】として皆に指示を出す日下部は分かる。
しかし、もう1人。
『なぜ動かない!?風紀委員長~~~~~~!!!!』
閑麗に椅子に腰掛ける日下部の横に、どっしりと座るオールバックにクソダサ眼鏡とカッコイイ筋肉の男、東海林は、放送委員の生徒にマイクを向けられて、内心アワアワしながらも平坦な声で答えた。
「俺が出るのは、終了前30分で十分だ」
その声は、優秀な放送委員の判断により、校内全体に流された。
中庭に設置されたモニターを、中央は目を輝かせて見上げた。
「いや、それよりあの風紀委員長の筋肉やばくないか…?
前々イメージと違うんだけど…」
「あぁ、七三メガネ委員長、今日は七三じゃないんだな」
縦野の言葉に、中央は興味なさそうに相槌を打つ。
93対8という圧倒的な数の利があって、新入生たちは余裕モードであったが、黒ずくめで威圧感のある強面の上級生達に、今は少し尻込みしている。
「だーいじょうぶだって!筋肉あったら鬼ごっこ強い訳じゃないんだから!
俺足の速さには自信があんだ!」
確かに、筋肉があれば足が速いとは限らないし、これは純粋な徒競走でも無い。広い校舎を使った《鬼ごっこ》なのだ。
「そうだよな…」
「この暗さと広さなら、どっかに隠れてれば2時間くらいすぐだろ」
「相手は8人しかいないしな」
中央も明るい声に、周りも感化され【逃げ手】の生徒達の顔も明るくなってきた。
「やっぱり直人といると、場が華やぐな」
「えぇ?何言ってんの?
それより俺は、この《鬼ごっこ》を勝ち抜いて、尊の奴に要求を突きつけてやるんだ!!」
時間いっぱいまで逃げ切った生徒には、《ご褒美》として、生徒会執行部に何でも1つ《要求》が出来る権利が与えられる。
それもあって、既に生徒会のファンとなっている1年生達には、本気の構えの者も多くいた。
◇◇◇◇◇
『なお、時間内に【鬼】が全ての【逃げ手】を捕まえた場合には、【鬼】で一番捕獲数の多かった者にこの権利が与えられます!」
「風紀の言う事聞いてやるなんて癪だな~」
「そう言うなよ、ゲームにはご褒美がつきものだろ?」
「直ちゃんのおねだりなら、いつでも聞いてあげるのにね」
《鬼ごっこ》の参加が決まった時、中央が「見てろよ!」と大見得を切っていたのを思い出し、生徒会メンバーは談笑している。
「直人は生き残ると思います?」
「アイツは運動神経が良いみたいだからな。初めての時もあの裏門を飛び越えてたし。
いけるだろ」
『さて、ここで追加ルールの説明です』
出場者が出揃った所で、再び右佐美の進行アナウンスが響いた。
『【鬼役】の風紀委員は、人数のハンデにより、インカムの着用を許可されます』
ざわっと中庭が騒がしくなる。
「え、それって連携出来るって事?」
「あっち逃げたぞ、とか?」
「やばくない?」
『正確には、【参謀】からの指示を聞く事が出来る、というものです。
【鬼役】【参謀】は、【鬼】の位置のみを把握し、一方的ながら指示を出す事が可能です。
もちろん、【逃げ手】の位置を見る事は出来ませんので、あくまでも鬼同士がまとまってしまったりしない様に指示が出せる、というものです』
「つまり…どういう事だ?」
首を捻る中央に、縦野が解説をする。
「要は【鬼役】に1人自分は動かずに、味方に指示だけ出す奴がいるって事だな」
「はぇ~、ただでさえ人数少ないのに、更に1人減らすって事?バカなの?」
『なお、【鬼】の【参謀】は風紀副委員長である、日下部優雅氏です!』
「そうだよね日下部さんには走り回るなんて似合わないよね!!」
「直人…」
一瞬で前言撤回をした中央に、さすがの縦野も呆れ顔だ。
「直人はその…日下部の事…好きなのか?」
おずおずとずっと気になっていた事を口にした長谷だったが、それを中央は笑い飛ばした。
「えぇ?だってめっちゃ美人じゃん!
全寮制の男子校でやたらイケメン多いって言ったって、やっぱ綺麗な人見てる方が良いし。それに優しいし!あ、もちろん恋愛的な意味じゃないぜ?」
確かに日下部は女性と見紛うばかりの中世的な美貌の持ち主だ。物腰も優しい。しかし“優しい”かと聞かれれば、この学園に1年以上在籍する者は皆首を傾げる。
彼らは皆、風紀委員長には東海林ではなく、日下部がなるものと思っていた。
日下部優雅は、ただ美しい目の保養に留まる男ではない事を、彼らは知っていた。
◇◇◇◇◇
正面玄関前に設置された簡易的な机が1つ。それにPCモニターが置かれ、画面上には校舎の見取り図と黒い点が8つ、今は真ん中の下の方に固まって点滅していた。
「…椅子は無いんですか?」
まさかずっと、立っていろとは言いませんよね?と口には出さず、ただ美しい笑顔を向けた日下部に、傍に付いていた広報委員の生徒が慌てて取りに行く。
「東海林も」
「俺はいい」
それよりも、上着に袖を通したい。
「座ってください。貴方の出番は、まだ先なのですから」
◇◇◇◇◇◇
『さぁ!開始時刻まであと少しです!』
時刻は19時58分を指していた。
今日は金曜日で、生徒達は皆、部活はせずに早めに夕食を済ませてここに集まっている。明日と明後日は学校は休みであり、このイベントを存分に楽しむ為だ。
『【逃げ手】の皆さんは、心の準備をしてください。
ゲームが開始しましたら、皆さんの位置などを提示してしまう為、中庭のモニターも消えます』
講堂の大画面モニターが、校内地図を映し出し、その中に沢山の赤い点と、わずかな黒い点を表示する。言わずもがな、赤い点が【逃げ手】、黒い点が【鬼】である。
『繰り返しますが、3階の渡り廊下は立ち入り禁止となっておりますので、絶対に行かない様にしてください』
先日の老朽化した手摺りはまだ直っていないため、繰り返しその注意事項が流された。
『また、実況も校内放送は致しません。
ただ別回線の方で、脱落者の放送だけは校内に流します』
秒針が進み、時刻が今、8時を指し示す。
『はい!それでは!今から【新入生歓迎校内鬼ごっこ】を開始いたします!
【逃げ手】の皆さんは、スタートしてください!!』
ビ――――――!!
大きな電子音と共に、一斉に新入生と中央、縦野、長谷がそれぞれの思う方向に走り出す。
それと同時に、メインの実況は講堂内のみの放送に切り替えられる。
『皆さんまずは【鬼】がスタートする前に、思い思いの場所へと走り出しました!
やはり極力正面玄関からは離れようとする人が多いようですね』
『まぁそうだろうな。
あ、でも逆に、正面玄関近くで止まる子もいるぞ?』
『おお!なるほど、盲点を突こうという作戦ですね』
『この【鬼ごっこ】は範囲も広いし人数も多いから、隠れてやり過ごそうって子も多そうだな』
上総のセリフを肯定するかの様に、モニタ―の赤い点が少数止まり始めた。
『体力無い人とかは、そうやって体力を温存するという手もあるんでしょうね』
2人の実況に、講堂内は少しずつ熱が広がり始めていた。
『さあ!そろそろ10分です。風紀の皆さん、準備はよろしいですか!?』
放送範囲が切り替えられ、正面玄関にいる【鬼】達と、校内に散らばった【逃げ手】達に声が届く。
『それでは、【鬼】のスタートです!!』
右佐美のハイテンションボイスを合図に、正面玄関が開かれ、黒ずくめの【鬼】達が一斉に散り散りに走り出した。
その様子が、正面玄関のカメラと、校内図とICチップを連動させた映像で二分割されたモニターに映し出される。
『皆さん一斉に走り…えぇぇっ!!?』
モニターの黒い点がそれぞれ、すごい速さで動いて行くのに対し、全く動かない黒点が2つ。
右佐美のみならず、講堂内の生徒達が、上総を除いて皆瞠目する。
【参謀】として皆に指示を出す日下部は分かる。
しかし、もう1人。
『なぜ動かない!?風紀委員長~~~~~~!!!!』
閑麗に椅子に腰掛ける日下部の横に、どっしりと座るオールバックにクソダサ眼鏡とカッコイイ筋肉の男、東海林は、放送委員の生徒にマイクを向けられて、内心アワアワしながらも平坦な声で答えた。
「俺が出るのは、終了前30分で十分だ」
その声は、優秀な放送委員の判断により、校内全体に流された。
応援ありがとうございます!
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