彼女は誰も救わない

アリス

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序章:英雄を従えし少女

初めて(英霊契約)は貴方がいい。

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たちばなあやめ、10
同時小学四年生の夏の日、異能アイギア・英霊召還を行使した。

それから──7年余り。

 「おい、あやめ…起きろ」
 「…むにゃ…もう、食べられない~…」

黒髪に赤い瞳の男らしい精巧な顔立ち、長身の青年は優しく眠るの体を揺する。

 「あやめ…おい、今日だろ?起きなくていいのか。」
 「………よく、ない…ふぁ~あっ。おはよう、ノブ」
 「おぅ、おはようさん」
ゆっくりと上体を起こして伸びをする黒髪に金色の瞳の少女は起こしに来た青年──を見詰め返す。
 「?なんだ、じろじろ見て」
 「…いや、随分と馴染んだな~って思って。」
ああ、とどこか納得して頷いたノブ──信長はにやっと笑ってあやめの顎を上向かせる。
 「…お前に契約を持ち掛けられて口説かれて未来の世界で暮らせて俺は満足だ──ずっと側に居てやる」
鷹のように獰猛な赤い瞳はまっすぐにあやめを捉える。
 「そうね。」
あっさりとした短い言葉に至近距離で見詰めたまま、信長は呆れたような溜め息を吐くと
 「…はあ。あの番組の通りにしたのに全然落ちねぇーじゃねぇか」
 「それはノブ仕方ないわ…だってあなた、そんな“キャラ”じゃないもの」
ぱっと離してがしがしと頭を掻く信長。
真顔で断言された信長は苦笑しつつも、用件を伝えて部屋の外に出る。
 「竜胆りんどうが朝食出来たから顔洗ったら降りてこいと言ってたぜ」
 「わかったわ」
ぱたん、と閉じた扉の向こうを見詰めて溜め息一つ。
 「はぁ、織田信長…史実と大分変わってもう他人ね」
まあ、日本史で習うのは偉業とかどのように戦争は起きて終息したのかくらいで“人となり”についてはあまり触れられていない。
初めて信長を“英霊契約”しに行った時も今もあやめは当時の英雄──殊更好きなのは〝織田信長〟だ。今も昔も。
決してその髷姿のおっさんの絵に惚れたとかではない、その〝生き様〟に惚れたのだ。
彼は本能寺の変で腹心の明智光秀に殺された──事になっているが、近年その考えは 。
通説は良く覆るもので…まあ、つまり何が言いたいのかと言うと…
“初めての英霊召還”は織田信長かれ以外有り得ないのだ。あやめにとって。
高校三年生、今年最後の学生生活の幕開け──その一学期始まりの日、早々に遅刻したくない為ぱぱっと制服に着替えて顔を洗って下へと下りてきた。
 「おはよう、母さん」
 「おはよう、あやめ」
 「おはよう。…もう少しで卒業だな」
 「兄さん、流石に早いわよ、その台詞」
 「そうか?」
黒髪に蒼い目の青年は首を傾げながら事も無げに
 「だが実際最後の年だろう、高校生活は」
ととてもキリッとした顔で言う。
 「まあ…そう、だけど。」
 「ほらな」
 「なにが“ほらな”か、このバカ息子」
ゴンッ、といい音がした。
 「…ッ!」
 「父さん、おはよう」
 「ああ、おはよう。あやめ……それと、かえで
 「ついでみたいに言うな、親父!!」
 「うるさい」
ゴンッ
 「…痛っ!」
学習しない兄だ、とじと目を向けるあやめ。
橘家は代々陰陽師の家系だ。
表の仕事はコンサルティング会社の社長が父、橘宗光むねみつの職業で、母は社長補佐の傍ら陰陽師として日夜活動している。
悪霊怨霊魑魅魍魎百鬼夜行…全ての仇なすモノを祓い屠るのが『陰陽師』だ。
俗に言う安倍晴明や芦屋道三なんかがそうだ。
俗だが霊感──霊力がある人間には彼らの姿が見えたり声が聞こえたりする。
それらを見付け棲息域を把握して──放置する。
のかって?
…何故?幽霊かれら陰陽師わたし達は赤の他人だ。
しかも生者と死者。
決して相容れない存在。
陰陽師は慈善事業じゃない、だ。
浮遊霊じゃあ話にならない。
せめて十人くらい祟り殺して“地縛霊”くらいになって貰わなくては。
…おまんま食いっパクれるよ!
地縛霊一匹で大体3000円、怨霊だと一匹5000円、弱妖怪で7000円、強妖怪で10000円、鬼で3万~5万円だ。
な、ボロい商売だろ?
陰陽師って“個人事業主”な所あるから、表の仕事なんぞなくても陰陽師として活動していれば食いっパグれる心配はない。
…昨今無理に表の仕事を用意しなくても色々と誤魔化せる方法はあるのだ。
…株とかビッ○コインとか。
私達“陰陽師”の仕事は隠されている。
立派な国家公務員だが、その存在は秘されている。
国民の大部分は知らないまま日々を過ごしている。

何故隠されているのか?

──彼らは非日常こちらへ引きずり込む。
引きずられた人間は闇に囚われ永遠に日の下へは戻れない。
“囚われる”とは事ではない。
魂を文字通り“永遠”にのだ。
輪廻の輪にも戻れない常闇の深淵に肉体ごと魂を囚われ、傀儡となるか…食われるのか。或いはそのどちらか。
結末は押して知るべし、だ。
…だから、不用意に“心霊スポット”なるモノへ踏み込まないことだ。
囚われ魑魅魍魎かれらに喰われたくないのであれば。
まあ、魑魅魍魎害獣を与えて強くしてくれるのなら、陰陽師狩人としては有り難いけど…報酬、増えるから。特別手当てとか。交通費とか。危険手当てとかとか。
『地獄の沙汰も金次第』って言うでしょ?
報酬えさ次第でどんな依頼もこなすよー!

 「…そう言えば、あやめは卒業したらどうするんだ?」
 「藪から棒ね、兄さん?」
 「お前進路希望白紙で提出して親学校に呼び出されたろ?知ってんぞ」
 「あら、家族で知らなかったらいよいよ兄さんの呆けを疑わないといけないわね」
 「誰が痴呆か、阿保。」
こつん、と対して威力のない兄の拳骨を頭に貰いながら朝食の合間に会話を交わす。
 「ふふ、あれは笑えたわね。えみちゃん凄い顔で睨んできたもの…ぷぷっ」
実際あやめの成績は悪くない。
学年で30位台を大体いつも上下している。
本人にやる気があればそこそこの大学は狙えたりする。
運動神経だって悪くない(日々実戦で動いているから)。
 「学校なんて単なる暇潰しよ」
全国の教師が泣く一言をさらっと口にするのはあやめ所以だろう。
 「おま…っ、はあ。本当になんもないのか?」
 「あるわよ」
 「なんだ」
にやっと笑って
 「ニート」
 「おい」
 「もしくは自宅警備♪」
 「おい、こら」
凄む兄ににししっ☆と語尾に☆マークまで発音した笑いを零してあやめはふざけた顔を真顔に戻して
 「…だって、本当にしたい事なんてないもの──強いて言うなら陰陽師?
ほら、今とそんなに変わらないでしょ?」
と答えた。
異能に目醒めて陰陽師として活動してもう7年余り…他にしたい事なんか考える暇はなかった。
油断が即、死に繋がる世界だ。
両親や兄、祖父母が師匠として退魔とはなん足るか、陰陽師とはなん足るかを叩き込まれた。
もう一人で魑魅魍魎を狩れるようになって…特段なりたいものなど何も思い付かない。
強いて言うなら陰陽師として地縛霊や怨霊、魑魅魍魎との血湧き肉踊る戦闘、くらいなものか。
押し黙った兄に代わって母が明るい声音でこんな言葉を吐いた。
 「そんなあやめに朗報よ♪始業式が終わったらまっすぐ帰って来なさい…母さんが帰ってくるわよ♪」
 「!お婆ちゃんが!?やっとロスから帰ってくるの!?嘘!昨日ラインではそんな話しなかったのに!!?」
母が口にした“母さん”──正しくは義母──つまり姑…あやめにとっては祖母であり師匠。
敬愛して止まない彼女はロサンゼルスに1ヶ月ほど海外遠征していた。
陰陽師として。
母、竜胆の旧姓は“緋野”…これも陰陽師としては名家。両親の結婚は往々にして政略結婚の意味合いが強いものだったが、今では他に類を見ないおしどり夫婦だ。お互い好き過ぎて立ち入る隙など有りはしない。
どんな美形だろうとこの二人を引き裂くことは不可能だ。 

 「ふふ、ナイスリアクションよ♪あやめ♪」
 「帰ってくるのは昼14時だから」
 「寄り道せずに帰るわ!」
 「即答ね」
 「だってお婆ちゃんが!」
 「うん、わかったから早く食べなさい…遅刻するわよ?」
 「!!本当だ…急がなきゃっ!」
壁掛け時計を見たら8:30を示していた。
因みに始業式が始まるのは9時。
45分迄に教室に辿り着けばセーフ、3年生として最初の日が遅刻とは…後々までからかわれてしまう。
そんな“黒歴史”は嫌だ!とマッハでご飯を掻き込んでお茶を飲み鞄を引っ付かんで駆け出す。
因みに学校までは に行くと30分。
陰陽道を通って行くと3分と掛からない。
陰陽道──陰陽師のみが通れる目には見えない“霊道”のようなもの──に向けて駆け出す。
これらの“霊道”は陰陽師にしか通れない。
無数にある陰陽道は全国津々浦々を網羅した見えざる道だ。
…本来は依頼された場所へと最短で辿り着く為に陰陽師達が自分達で作り上げた道だ。
それを──遅刻回避の為に使うとは…あやめくらいのものだろう。
これらの特徴に新たな道を付け足すことも可能だ。
…と言うか、そうでないと不便だ。
陰陽師への依頼は日本のみならず、諸外国も含まれるのだから。
特定の紋を組むことでいつでもどこでも“陰陽道”は開く。
そこを通って陰陽師達は日夜持ち込まれる依頼を片付けている。
 「ふぅ…これなら間に合いそうね♪」
…因みに、他の陰陽師と擦れ違う時もある。
同じ進路なら、だが。
 「橘さん、朝からですか?」
 「いや…まあ…安部さんも?」
 「そうなんですよ、ほら家安部晴明さんの子孫じゃないですか!」
 「あ~~。余計に期待されて依頼が舞い込むんですね…」
 「そうなんですよ!もう陰陽師は私以外も居るから他にまわして下さいって何度言っても聞き入れてくれなくて…っ!」
話し掛けてきた赤髪に黒目の少女はぷりぷりしながら“名家あるある”の不満を口にしていた。
 「…それより、時間大丈夫なの?」
 「…はっ!?そうでした…この後依頼が立て込んでて…橘さん、また今度お茶しましょう」
 「ええ、楽しみにしているわ」
 「では」
そう言うと彼女はあやめの後ろを直進して行った。
 「…忙しい人ね、相変わらず」
安部摩耶あべのまや、今年で二十歳の女性だ。…見た目は16歳の少女にしか見えないが。
お察しの通り、 安部晴明の子孫だ。
安部家もまた古くから存在する陰陽師の家だ。
始めに陰陽道を作った人物ともされ数多くの陰陽師達の憧れの家でもある。
彼女のあの髪色は“珠依姫”をその身に卸したのが要因だ。
彼女の異能アイギアは“神降ろし”。
神をその身に卸し、神の御業を行使する能力。
“珠依姫”は狐の神。
…普通狐と言ったら金色じゃないか…って?
否。
髪色や瞳の色は本来の黒髪黒目から変わるのは発現した異能の影響に因るもの。
あやめのように間接的に発現した異能は瞳の色のみが変わる。
対して摩耶はに神やらを卸して扱う陰陽師はその神の扱う属性に依存する。
珠依姫は“火属性”だった…だから髪色にその属性が出た。反して瞳は黒目のままなのは間接的に使役する能力がないから、と言うことだ。
一度変化した髪色は生涯変わることはない。
契約も破棄されない。
…あやめの金色の瞳は稀有な属性で“光”。
人を癒し人を廃人にする。
回復術式が得意で呼び出した“英霊”の傷も癒す使い手だが…その際、ほんの少しの快楽を与えてしまう。
…まあ、それについては後日。
閑話休題。

 「間に合った♪」
…周囲にはいきなり現れたように見える──訳はなく、見える催眠術式が施されている。
 「…おっ、私3組か~。」
のんびり掲示板を確認して校舎に踏み込む。
3年の教室は3階だ。
公立高校で特別名門でも難関校でもない学校にあやめは通っている。
…ほどなくして3-3の教室に着く。
ガラッ
 「おはよう!」
 「おはよう」
 「おはよう」
 「おはよう~」
 「おはよう~って、あやめじゃん」
1日の始まりは挨拶から!と言って憚らないあやめは3年初のクラスメイトに朝の挨拶をして自分の名前が記された教科書の束が置かれた席に座る。──8:40、ギリギリだ。クラスメイトはもうほとんど来ていた。
摩耶とのおしゃべりで思ったより時間を食っていたようだ。
因みに明日から普通に8:30が一時間目の授業開始時間だ。
学校の門は4つあり、西門と東門は主に業務用、正門と裏門が生徒と教師用の通路。
業務用の西門と東門は7時に開く。
正門と裏門は7:30に開く。
閉門は20:30。
各学年1クラス35人ほどで9クラスある。
どこにでもある普通科の学校だ。定時制や通信制の学校ではない。勿論寮もない。生徒は通いで来る。
徒歩、自転車、電車、バス、親の送り迎え…とかで。
特筆するべきものはなにもないが、あやめが“暇潰し”にちょうど良いと決めた学校だ。
霊障も何もない、学校──それがこの公立高宮高等学校だった。
 「春の訪れと共に──」
校長の長い会話を右から左に流しながら、あやめはこりから最後の学生生活に思いを馳せた。
(…なにか、暇潰しに良さそうな楽しい事が起きるといいわね…)
この普通な学校ではそれも無理か…なんて失礼な事を心の中でごちながら、ちらりと自分と同じようにパイプ椅子に座る同級生達を見やる。
美形も居たりそうではない顔も居たりふくよかな子も居たりと…わりとバランスよく配置されたクラスメイト…うん、普通サイコー。
初めて見る顔もあれば、ずっと一緒だった顔ぶれもある。楽しくやっていけそうだ。
あやめが学校に求めるのは“暇潰し”。
依頼がない間の“退屈潰し”だ。

──放課後、あやめは傍らに信長を侍らせて街中を普通に歩いていた。
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