ヒルクライム・ラバーズ ~初心者トシヤとクライマーの少女~

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マサオの誘いとハルカの女子トーク

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 翌日の月曜日、登校したマサオは廊下でハルカに遭遇した。

「おっ、おはようハルカちゃん。昨日はお疲れ。あれからもう一本上るなんて凄いよな」

 声をかけてきたマサオにハルカは顔を向けた。もちろんマサオの横にトシヤが居る事を期待して。だが、マサオは一人だった。

「おはよう、マサオ君。昨日はあれからすぐ帰ったの?」

「ああ。恥ずかしながら俺達には峠を二本続けて上るなんて無謀過ぎるからな」

 素直に答えるマサオにハルカはクスっと笑った。

「まあ、乗り始めたばっかりじゃね。ロードバイクって、普段使わない筋肉使うから」

 ハルカの言葉にマサオは頷いた。何しろサドルよりハンドルの方が低い乗り物だ。こんな不自然な姿勢を取り続けるには、やはり慣れが必要なのだろうと。ちなみにマサオはいつもブラケット部分を握っていて、下ハンなど持った事が無い。いや、無い事は無いが、とても走れたものでは無いと思っている。もちろん下ハンを持つのは本気の加速や本気の高速巡航をする時をする時ぐらいで、そんな機会など普通に乗っている分には滅多に無いのだけれども。

「やっぱり長距離とか走った方が良いんだろうなぁ」

 マサオが言うとハルカは頷いた。

「そうね。ある程度の時間、止まらずに走り続けるのも大事だから」

 ハルカの言葉は正にマサオが待っていた言葉だった。マサオはハルカの言葉に賛同するかの様にうんうんと大きく頷いた。

「そう、それなんだよな。でも、残念ながら俺はそんな長距離をノンストップで走れるルートを知らないんだ。例えばサイクリングロードとか」

 マサオの狙いはプリンスの納車の日に連れて行ってもらえなかったサイクリングロードに自分も誘ってもらう事にあるのは明白だ。だが、ハルカは「ふぅん」と軽くあしらう様に言った。

「スマホとか見ればわかるでしょ、今時は小学生でもそれぐらい出来るんじゃない?」

 しかしマサオは冷たい態度を取るハルカに縋る様な目で食らいついた。

「いや、それはそうなんだけど、俺みたいな初心者がスマホ見ながら知らない道を走るのって心細いじゃん。だからさ……」

 女の子に対してよくもまあそんな情けない事が言えるものだが、それだけマサオが必死だったという事だ。するとハルカは恐ろしい案を口にした。

「そう、わかったわ。じゃあ、信義山を迂回してフローラルロードから裏渋山峠を上るってコースはどうかしら?」

 フローラルロードから裏渋山峠と聞いてマサオに嫌な記憶が蘇った。トシヤとの初めてのライドで死ぬ思いで走ったコースだ。そして展望台でルナとハルカに会い、下りで完膚なきまでに千切られたのだ。

「いや、たまには山じゃ無くってさ、例えば海を見に……なんてさ」

 平静を装いながらハルカの案を否定し、遠回しに(そうか?)平坦なコースを求めるマサオにハルカは苦笑いするしか無かった。

「はいはい、わかったわよ。どうせトシヤ君から聞いてるんでしょ? あの日のコースの事。それでルナ先輩も一緒にって言いたいのよね?」

 どうやらハルカは全てお見通しの様だ。って、マサオの目を見れば誰でもわかるだろう。

「さすがハルカちゃん。なんたって俺達、ヒルクライムラバーズだろ? 名付け親のルナ先輩も誘わなくっちゃ失礼ってモンじゃないか」

 別にチームでも何でも無いのだが、それっぽく言うマサオにハルカも首を縦に振らざるを得なかった。

「じゃあ、決まりだな。トシヤには俺が言っとくから、ハルカちゃんはルナ先輩によろしくな」

 嬉しそうに言うとマサオは去って行った。一人残されたハルカは大きな溜息を一つ吐いた。もちろ四人で海まで走るのが嫌な訳では無い。ただ、何故マサオとばかり遭遇するのか? たまにはトシヤと遭遇しても良いのに……と思ってしまったのだ。だが、トシヤと学校で遭遇したら遭遇したで、どんな顔をすれば良いものやら……
クラスの男子に女の子扱いしてもらえない程サバサバした自分がトシヤとロードバイクで一緒の時は女の子っぽくなってしまう。そんな自分に戸惑いを感じ、そんな自分をクラスの男子が見たらどう思うのだろう? 笑われたりしないだろうか? などと考えてしまうハルカに、また声をかける者が現れた。

「おっはよー、ハルカ」

 残念ながらトシヤの声では無く、女の子の声だ。ハルカが声のした方に顔を向けると、そこにはカオリの笑顔があった。

「あっ、カオリ。おはよー」

 溜息を吐いているところを見られたかと心配しながらも、いつもの様に元気に朝の挨拶を返したハルカにカオリは興味津々・好奇心旺盛な目で尋ねてきた。

「さっき一緒に居たのって、この間学食で会った男子だよね? 確かトシヤ君の友達の」

 溜息どころか、最初っから全て見られていたらしい。だが、ここで動揺する訳にはいかない。ハルカは力の限り平静を装った。

「ああ、マサオ君ね。今度一緒にライドに行く話をしてたの」

 ハルカはさりげない風に言ったつもりだったのだが、カオリはそれを聞いて驚愕の表情を浮かべた。

「『一緒にライド』って……トシヤ君の友達と? もしかして鞍替えしちゃったの?」

 どうやらカオリは、ハルカとマサオが二人でライドに行く話をしていたと勘違いしたみたいだ。さすがにこうなるとハルカも平静を保ってはいられなかった。

「な、何言ってるのよ、トシヤ君も一緒に決まってるでしょ! それとルナ先輩もね」

 真っ赤になって否定するハルカをカオリは意味ありげな目で見ながら呟いた。

「ふぅん、『一緒に決まってる』ねぇ……」

「何か言った?」

 カオリの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、眉間に皺を寄せ、低い声で言うハルカにカオリは誤魔化す様に笑った。

「ううん、別に。まあ、事故の無い様に気をつけて行っといでよね」

「うん、ありがとう。初心者が一緒だと気を使うから、疲れるのよね」

 本当は嬉しいクセに困った顔を作って言うハルカにカオリは笑いを堪えるのに必死だった。だが、すぐに事態は急変した。ハルカのわざとらしい困り顔が突然本当に困った様な、それでいて何となく寂しそうな顔に変わったのだ。

「ねえ、カオリ。女の子っぽい私って、変かな?」

 実はハルカは自分が少しわからなくなっていたのだった。今までは男勝りの元気キャラで、女の子扱いされた事の無い自分がトシヤと出会い、明らかに変わってきている。
 ハルカの滅多に見せない表情に困惑しながらも、カオリは素直な気持ちと素朴な疑問を口にした。

「別に変じゃ無いよ。って言うか、ハルカ女の子でしょ。女の子っぽくなって何がいけないの?」

「その……キャラって言うか、私ってばいつも男の子と一緒に騒いだりバカな事ばっかりやってるでしょ。そんな私が……」

 ハルカは苦い顔で答えると、カオリは真剣な顔で質問した。

「キャラって言うけど、じゃあハルカはそんな男の子みたいなキャラを演じてるの?」

「ううん、そんな事無い。だって、これが私の地だもん」

 男勝りの元気っ子キャラにも少なからぬ需要がある筈なのだが、女の子らしい可愛い仕草に憧れるハルカの気持ちも解らないでは無い。カオリは更に質問を重ねた。ハルカの今後を左右する質問を。

「じゃあ、トシヤ君の前では女の子っぽいキャラを演じるつもり?」

 この質問にはハルカも悩んだ。正直なところ、ハルカもお年頃。少しでも女の子っぽくなろうとしてみた事も何度かあった。しかし、『雀百まで踊り忘れず』という諺の通り、結局は男勝りの元気っ子のキャラから脱却出来ずにいるのだ。無理なものは無理。それはハルカ自身が痛感している事であり、トシヤの前だけでも女の子っぽくしようとしたところでボロが出るのは火を見るより明らかだ。悲しそうな目で首を横に振るハルカとは対照的にカオリはにっこりと微笑んだ。

「それで良いじゃない。ハルカはハルカなんだから。トシヤ君だって、無理して女の子らしくしてるハルカなんて望んじゃいないわよ」

 他人事だと思って無責任なことを……と思うかもしれないが、カオリのこの意見は正解だ。トシヤはハルカに女の子っぽく振舞う事など望んではいない。事実トシヤがサイクルラックの有るカフェでスパゲティを「美味しい」と言って無邪気に喜びながら食べるハルカを見て可愛いと思ったのは『素』のハルカだ。もちろんそんな事はカオリは知る由も無いのだけれども。

「そっか……そうだよね」

 ハルカがいつもの笑顔に戻るとカオリは付け加える様に言った。

「恋する乙女は自然と女の子らしくなっちゃうものよ。だから無理して女の子らしくしようなんて思わないで、自然にしてれば良いのよ」

 カオリさん、また正解。昨日のヒルクライム途中での間接キス騒ぎでトシヤとハルカがドキドキした時、ハルカは頑張って女の子っぽく振舞ったりしてはいなかった。正にカオリの言う通り『恋する乙女は自然と女の子らしくなっちゃって』いたのだ。
 すっかり気が楽になったハルカは足取りも軽くカオリと共に教室へ向かった。もちろん教室に入ったハルカが今日もクラスの男子達とバカ騒ぎしたのは言うまでも無い。



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