悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちぁみ

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1章

夢の続き

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夢を見ていた。

いつも傷だらけのあなたは、なんてことないようにして隣にいた。
華奢な体にどれだけの痛みを抱えてそこにいるか、考えるだけで心が苦しかった。
心底あなたの力になりたいと思っているのに、自分はあまりにも無力であなたの嫌いな愛を囁くことしか出来なかった。
「好きだよ」「大好きだ」「愛している」
何もあなたには届かなかったけれど、世界中の誰よりも幸せになってほしかった。

そうやって俺は手を伸ばすと、あなたは消えてしまった。



目を覚まして顔を上げると、頬から一筋の涙が零れた。

(眠っていたのか…)

学園の図書室
で本を読んでいたのに、気がついたら眠っていたようだ。もうAクラスの授業が終わっている頃だ。

「今度こそはあなたを…」

俺はそう呟いて、静かな図書室を出た。





「ハルノ」

「はっ」

その名を呼ぶと、従者である男ハルノが音もなく俺の隣に現れた。

「シアンはどこに?」

「それが…10名程の令息たちと一緒にシュレイ・アデスを攫ったとして疑われ、第一王子と言い争っていました。それから、その…第一王子たちが気になる話をしていたので、少し見に行っていたらシアン様を見失ってしまい…令息たちも見当たりません」

「何?何故報告しなかった!?」

「睡眠されている間は、何があっても起こすなと言われていましたので…」

「シアンのことだったら別だ!」

「申し訳ありません…」

口喧嘩をしている場合ではない。
シアンの居場所の手がかりになるかもしれないと思い、俺は急いで事の発端の第2科学準備室に行った。

そこにはドアが壊されている以外は特に手がかりはなく、廊下に出てあちこちを見回してみることにする。

すると、廊下の端でシュレイ・アデスを囲って心配する面持ちのユーリアス・クライン、イグリム・マークハルト、サイラス・ドグナー、スヴェン・タイルの4人がいた。

「失礼。尋ねたいことがある」

「あなたは…イブリン・ヴァレント。何かご用ですか?」

イグリムが淡々と聞く。

「シアンはどこにいる?」

「シアン・シュドレーだと?」

ユーリアスは眉尻をピクリとさせ、俺を睨んだ。

「ああ。あなた方といたはずだ」

「ああ、確かに先程までいた。シュレイを攫った非道な奴がな」

「…!お前、シアンに何かしたのか」

思わず拳に力が入り、ユーリアスの胸倉を掴んで睨みつける。

「貴様無礼だぞ。 離せ……!?」

直ぐにこんなことをしている場合ではないとかぶりを振り、ひとまずユーリアスから手を離す。

「…では、あなた方は知らないんだな」

「いえ…。第2科学準備室を出てすぐ、彼も出ていったのを見ました。子分…お友達の令息たちと僕達とは反対方向の廊下へ歩いていきました」

「そうか。では失礼する」

俺は挑発的にユーリアスの肩に自分の肩をぶつけ、反対方向の廊下へ歩いていく。

少し歩いていると、微力だが魔力を感じ取り、俺はその場にしゃがみこみ感覚を研ぎ澄ます。

(これは雷魔法?つい先程使ったようだな…これなら追うことができる)

周りに人が居ないことを確認し、懐から杖を取りだし小さく呪文を詠唱する。

「シギミエント」

追跡の魔法をかけると、脳内に魔法を使った2人の居場所が伝達されてくる。そこは校舎の端にある使われていない倉庫だった。

この2人が使った雷魔法と今の場所を想定するに、シアンが危険な状態であることを察した俺は、もう一度呪文を唱える。

「テレトラスポルシオン」




瞬間移動の魔法を使ってすぐさま目の前に入ってきた光景は、俺の理性をぶち破るものだった。




「…たすけて」




幽かに震えた小さな小さな彼の声がして、プチンと頭の中で音がした瞬間俺は一気に魔力を放出した。


そこからはあまり覚えていなかった。
後先など考えられず魔法を使って男たちをシアンから引き離し、あとはひたすら殴っていたかもしれない。

「…やめろよ、イブリン。痛いだろ、お前が」

彼の落ち着いた言葉が聞こえて俺は我に返り、気絶している男たちを跨いでシアンの元へ。俺はブレザーを脱ぎ、上裸の彼の肩に掛ると、震える手で抱きしめた。

「ごめん…、遅くなってごめんね」

「そんなことない。来てくれてありがとな」

彼は襲われていた後とは思えない程、実に穏やかな表情でそう言った。

(あなたはまたそうやって…)

「こんなのどうってことない、大袈裟だ。帰ろうぜ」

そう言って立ち上がり、彼はいつもと変わらない顔で淡々と話し少し笑って見せた。俺は腕を掴んで引き止める。

「どうってことなくなんかない!なるようになんてならないよ!俺はっ、大事なあなたが襲われて、どんな気持ちだったか…!」

「……ごめんな、そうなんだろうな。分からなくてごめん。でも俺はこういう奴だから、多分大事にする価値ないよ」

彼は紫の瞳を曇らせ、遠くを見つめるようにそう言った。

「…!あっ、、ごめん、俺は…。違くて…」

分かっていた。
俺にとって彼は大事だけれど、彼にとって彼自身はそうでは無いことを分かっていただろ。だって、そうなるしかなかったんだから。
それなのに、俺は自分の思いを分かってほしいみたいな、押し付けがましい欲を出してしまって、結果的に彼を責める言い方になった。
シアンにとってそれは1番考えたくないことであるはずなのに。

俺はひとつため息をついて、シアンの小さな頭を撫で、抱きしめた。

「さっきの言ったことは忘れて。責めるつもりはなかった」

「…いや、俺の方こそ…」

「でもね、嬉しかったよ。シアンが、たすけてって言ってくれたこと」

「…?俺が…?」

「うん、言ってた」

「……そうか。でも、お前に言ったんじゃない」

「ふふ、誰に言ったでもいいよ。ただ嬉しかったんだ」

あの言葉が誰に向けられたものでも構わなかった。
あなたが誰かに助けを求めたこと、あなたが自分の思いを口にしたこと。
それが堪らなく嬉しくて、愛おしくて仕方なかった。











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