悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちぁみ

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1章

切り札

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俺はゲームをしている時のように画面の外側から見ていた。
いつもいつも、ずっと遠くからこの世界を見ていた。


「たっ大変申し訳ございません殿下!実は、全てシアン様のご命令でシュレイ様に濡れ衣を着せてしまいっ…」

「私もっ…大変なご無礼をしてしまい、なんて事を!し、信じてもらえないかもしれませんが、協力しなければ我が男爵家を潰すと脅されて仕方なく…」

「どうか、どうかお許しください!シアン様に楯突けば我が家門はどうなるか…!恐ろしくて、嘘の証言をしてしまいましたっ」

「どのような処罰でも私どもはお受けいたします!」

「どうやら、こいつらの方が往生際が良いようだ」

ユーリアスのニヤリとした表情を見て、悪役令息シアン・シュドレーは慌てて叫ぶ。

「ちっ違う!お前たち、嘘ハッタリを申すでない!」

「黙れ。お前たち、真実を語れ」

そこから、彼ら6人が話した内容と証拠によってシアン・シュドレーは一気に窮地に追いやられることになる。

「殿下っ!私が自ら彫像を破壊したと?彼らはっ…嘘の証言をしております!そのようなほら吹きたちの話をまさか信じられるというのですか!?」

「ほら吹きとは何という言い草か。こいつらは、貴様の友人たちと申していたではないか。無論、全てを信じている訳では無いが、ここまで証拠が揃うと貴様の企てだと疑う他ないだろう?」

「はっ…友人たち…?」

友人という言葉が彼の胸を小突いた。
余裕綽々だった悪役令息シアン・シュドレーともあろう人間が、今や想定外の事態に追い込まれてしまった。
彼の顔には、思わず絶望の笑みが浮かぶ。
しかし、おそらく観客たちが想像しているだろう絶望とは別の絶望を彼は身に受けていた。

手下だと思っていた6人、他の20人あまりの貴族令息たち、そしてマウロ。
彼らは同じ反逆派として忠実に仕える自分の手駒であるとシアンは信じて疑わなかった。しかし、彼らは濡れ衣に濡れ衣を着せ、自分をいとも簡単に裏切ったのだ。それがシアンにとって1番の絶望であった。

確かに、自分はシュレイ・アデスに目をつけ、魔石を利用して陥れようと画策した。首謀者は自分だ。それはどうやっても曲げようのない事実。しかし、彼ら6人を脅し、自分が自ら現場まで行って魔石で彫像を破壊したなどそんなことはまるで身に覚えがなかった。それも、ここまで多くの証拠が出るような分かりやすい行動をこの自分がやるわけがない。
あの6人の口ぶりからして観念してたった今寝返ったという感じでも、土壇場でこじつけを言い出した感じでもない。これは、事前に入念な準備がされており、端から自分を裏切るための劇に過ぎなかったのだと彼は気付いた。
ずっと手駒にしていたと思っていた者たちは、むしろ自分を手駒にしていた。その事実が彼の高いプライドをへし折った。

「シアン・シュドレー!」

ユーリアスは叫び、素早く鞘から剣を抜き取ると、シアン・シュドレーの喉元に刃を向けた。

「証拠は出揃った。これでも貴様の仕業ではないと?」

今、周りの人間は誰もが企てから実行まで全てシアン・シュドレーがやったことだと思っている。しかし、自分にはあの6人の証言通りに行動出来るわけがなかった。それは自分が誰よりも分かっていた。明らかな罠だ。きっとここで何も言わず罠にハマってしまえば、自分はこの泥沼から一生抜け出せない。これから先も、きっと飾り物のように悪役の中心に据えられ、他人の悪事を着せられていく。そして、何も知らぬ愛やら正義やらを謳う人間たちに引き立て役とされ、次第に見知らぬ積悪によって地獄へ落ちてゆくのだろう。
今なら、まだ間に合うのかもしれない。自分の唯一の切り札を晒せば、ここから更生だって出来るのではないか?
そう暗闇に少しの光が見えた瞬間、シュドレー公爵である己の父の言葉が頭の中に浮かんだ。

「……はい、6名の証言の通りです。このシアン・シュドレーが企てから実行まで、全て行ったのです」

この時、彼は本物の悪役令息となった。






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「あの右目は…義眼かしら?」

「というか、あの輝きって…まさか魔石ではないの?」

「しかし、魔石を義眼にするとはどういうことだ?」

「まさか、こんなことがあるとは…」


俺が右目の眼帯を外すと少しの沈黙があった後、ポツリポツリと観客側が話し始めた。

そして、目の前の剣を俺に向けるユーリアスは目を見開き…というよりもはや瞳孔が開くほど驚いていた。

「……なぜ」

ユーリアスは、ポツリと低く呟いた後すぐに言葉を繋げた。

「なぜ…そのような目をしている?その輝きは…魔石だな?」

「はい、その通りです。これは魔石から作られた義眼です。私は元々石持ちではありませんので、この魔石によって魔法を使うことができるのです」

「そっそんなことは有り得ません!魔石を体に埋め込んで魔法を使えるようにするなんて…聞いた事がありません」

ずっと黙っていたスヴェンが信じられないという面持ちで声を上げた。

「そうですか?理論上はそんなにおかしなことでは無いと思います。天然の魔石にも、石持ちが生まれ持った魔石にも誕生の仕方や性質が違えども同じように魔力がこもっているという点では一緒です。ですから、皮膚のどこかに埋め込めば体に魔力が生まれ、魔法を使うことが出来ても不思議ではない。というか、現に私は皆さんと変わらず使えていますしね」

「そんなことが有り得るのか?」

サイラスとスヴェンはまだ納得出来ないような表情を浮かべる。

「そんな非人道的なことが許されるわけが無い…」

イグリムは下唇を噛み締めて小さくそう呟いた。

「私は、何もこの魔石の義眼をただ見せびらかすために、この身を脅かす程の秘密を明かしたのではありません。私の右目に関しての処罰は後ほど受けさせていただきますが、ひとまずお聞きください。皆様は、天然の魔石は2つ以上持って使おうとすると効力が生まれないことをご存知ですか?」

「なっ…お前!」

サイラスがはっと気づいたようにして俺を睨んだ。

「その反応を見るに、愚問でしょうか?魔石を使ったことのない方のために少し難しい話をしますと、天然の魔石が磁石でいうマイナスの部分とするならば、石持ちが生まれ持っている魔石はプラスとします。石持ち同士は相性が良ければ魔力が反発することなくむしろ相乗して魔法が使えるという特性がありますが、天然の魔石同士はそのようにはいきません。マイナスとプラスであれば引き合いますが、マイナスとマイナスであれば当然反発し合う。つまり、天然の魔石を持つ私に例の6つの魔石を使うことは到底出来なかったということです。魔石をお使いになったことがある方はご存知だと思います。特に、生徒会メンバーの皆様でしたら尚更。一般生徒よりも入学前に魔石を使用する機会は多かったでしょうから」

「ええ、確かに…」

イグリムは身に覚えがあるようで、苦い顔をしながら頷いた。

「さて、そうなると魔石が使えない私にとって、今回の策略が実行できるのでしょうか?あの6名は、シュレイ様に濡れ衣を着せようと試みたものの失敗したので、今度は私に罪を擦り付けようとしているのです。いやはや、私も騙されていたようです…」

「ち、違います!殿下、シュレイ様、私たちはもう嘘などついてはおりません!」

「そうです。シアン様が嘘を申し上げているのです!どうか信じてください!」

すかさず裏切り者6人は恥も外聞もなく跪き、必死に言葉を捻り出す。

シュレイは手に口を当てながらどうすれば良いのか分からないという表情をしており、ユーリアスというと何故かずっと押し黙っていた。

「しっしかし!お前の右目の魔石は特別なものと見受ける。本来の魔石であれば1度きりしか使えないものであるのに対して、お前のは永久的なものなのではないのか?ともすれば、普通の魔石とは違う。特別に2つ以上の魔石を使う事ができた可能性も十分ある!」

「そこまで言うのであれば、実践してみましょうか?マークハルト様、使用されていない魔石をお持ちでしたよね。私にお渡しください。あ、もちろん反発し合うのですから、魔石が私の手に触れた瞬間私の右目は弾け飛ぶでしょう。皆様、どうぞお気をつけください」

俺はニッコリと愛想笑いをした。

「…本気でやるつもりですか」

「ええ、もちろん本気ですが?」

すると一瞬、周りに凍えるような空気感が漂ったのが分かった。




「そこまでだ」

場が凍る中、観客側から1人の芯が通る声が上がった。よく馴染みある声で、なんだか例えがたい気持ちになった。

どこか安心する気配がすぐ隣まで来て、長い腕が俺の肩を抱いた。俺はそいつの顔が何故か見られなくて、俯いた。

「生徒会の皆様、今日はこれ以上はもう無駄な討論です。ここまで見ておりましたが、確かにそれらしい証拠はいくつかありますが、今ひとつシアンが全てやったという証拠としては不十分であると思います。それに、彼ほど頭の良い人間があそこまで分かりやすい証拠を残すとは考えられません。あなた方は、彼の悪評を聞いて凝り固まった判断をしてはいませんか?ユーリアス殿下は前回の集会で申し上げていたことをお忘れなのでしょうか。公平にご判断されると申し上げたからには、第一王子として以前に人として責任をお持ちください」

「イブリン・ヴァレント…」

ユーリアスはイブリンを強く睨みつけたが、何も言い返したりはしなかった。

「さ、シアン行こ」

優しい声色で囁かれ俺は黙ってただ頷いた。
イブリンに連れられて中央の舞台から降り、騒がしい観客席も通り過ぎて俺たちは競技場を後にした。







「ごめんね」

また、こいつの第一声はそれだった。

「謝ってばかりだな」

「じゃあ本当にダメな奴だね、俺は。ユーリアス・クラインに偉そうなこと言えなかった。でも…ごめんね。しつこいって関わるなって何度言われても、やっぱりあなたのそばに居たい」

庭園にあるガゼボのベンチに座って向き合うと、イブリンの冷たい手が俺の頬に触れた。

「ん、いいよ。俺のそばに居て」

俺は応えるように、自分の頬に添えられた彼の手にそっと触れる。

「ほんとにいいの?」

「2度言わせるな。まぁ、そろそろ慣れてきたからな」

「嬉しい…ありがとう」


顔を上げてやっと見られた彼の顔は切なそうで優しい笑顔だった。俺はその顔を見て、不思議と懐かしい気持ちになった。


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