悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちぁみ

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3章

治癒の源

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父の呪いの治癒を行って5日が経った。

「…シュレイ、どうだ?もう5日経つが…」

俺はシュレイと一緒に父に治癒魔法を使い終えると、すかさず聞いた。

「…えっ、あっ…うん…みんなが交代で手伝ってくれるから、一応兆しは見えてる。でも…1週間って言ったけど、もしかしたらもう少しかかるかもしれない」

「…そうか…もう少しかかるのか」

「うん…ごめんね」

「いや…正直心配なのはシュレイ、お前のほうだ。俺たちは、4人で回して魔法を使っているから疲れは何とかなる。だが、シュレイは毎日ずっと…魔力が切れるまで治癒しているじゃないか。このままでは、危ない」

「僕大丈夫だよ!心配しないで、サイラス」

「だが…せめて…1日でも休んでほしい。俺には、お前も大事なんだ」

「サイラス…。ありがとう。でもね、ここで中断したら、その分呪いが戻っていくと思う。そんなの、嫌なんだ。目の前に苦しんでる人がいて、僕に出来ることがあるのにやらないなんて…僕自身が許せないから」

「シュレイ…」

「だから、ね。サイラス…ここは…僕に任せ…」

「シュレイ!!」

シュレイは急にふらっと体の力が抜け倒れそうになり、俺は即座に彼の体を支えた。





-----------------------------------

ベッドで眠るシュレイを俺は黙って見ていた。

気絶したシュレイを空いている部屋へ運ぶと、俺は医者とユーリアスたちを呼んだ。
医者からは、連日に渡る魔力の使い過ぎによる過労だと言われ、しばらく休ませておくようにと注意を受けた。
ユーリアスたちは、俺のせいにも関わらず何も言わずただ励ますように肩を叩いて部屋を出ていった。

「お前は優しい奴だから、頑張り過ぎると分かっていたのに、俺はそれを利用したんだ…。すまない…シュレイ…」

眠るシュレイの手を握り、俺は小さく謝ることしか出来なかった。


数時間後、シュレイは目を覚まし眠たげな目で俺を見た。

「シュレイ!大丈夫か?水を飲め」

俺は水差しからコップに水を注ぎ、彼の体を少し起こして飲ませた。

「……お父上のところに…行かなきゃ」

「……シュレイ。もういい。父上のことは…」

「…大丈夫。お父上は絶対助かるよ。夢を見たんだ」

「夢?」

「…夢でね、女神に会った」

「本当か?」

「うん。治癒の魔法の源は、治したいと願う人の心が大事なんだって。治したいと願う人の思いが強ければ強い程、強力だって仰ってた。だから、サイラス……サイラスの思いがあればきっと大丈夫だよ…」

「………そうか。それなら、やっぱりもうやめよう」

「えっ、なんで!?」

「これでなんとなく治りが遅い理由が分かった。お前の力不足じゃない。俺の…父上への思いが足りないから、きっと治らないんだ。このままじゃ、いつまで続くか分からない…やめよう。もうシュレイやユーリアスたちに迷惑をかけたくない」

「何言ってるの?サイラスが頼んできたのに…どうしてそんなこと…。何か理由があるの?」

「…俺はきっと…心のどこかでは父上に治ってほしくないと思っているんだ」

「どうして…?」

「……実は、俺には双子の弟がいた」

名は、ライアン・ドグナー。
ライアンは、俺とは違って優しい性格で誰にでも好かれるタイプの男だった。俺と一緒で父上を目標にし、同じだけの時間を剣の稽古に捧げてきた。だから俺にとって昔から、弟はライバルで対等な存在であった。しかし、少しずつライアンと俺の実力差が見え隠れするようになっていった。それを父は早くから気づき、俺よりもライアンの剣術の指導に熱心になっていった。その熱心さのおかげもあり、ライアンはめきめきと剣術の腕を上げ、周りからは将来は勇猛な騎士になると称えられるようになっていった。だからこそ、父上は呪いを受けた後、特にライアンへの期待は凄まじいものになった。恐らく、自分はもう騎士団の団長に戻ることはない、それなら自分の優秀な息子を育てあげることだけが自分に残された人生の意義だと思ったのだろう。
ライアンも哀れで尊敬する自分の父のためを思って毎日必死に鍛錬に励んだが、ある日突然死んでしまった。朝起こしにいくと部屋で眠るように死んでいた。医者の診断は、自殺や事故死ではなく心機能の突発的な異常による死だという。父はそれを聞いてとてもじゃないが納得出来ず、医者に襲いかかろうとした。
それから、我がドグナー家は地獄のような日々を送るようになった。父は唯一の光を失い精神的におかしくなり、そんな状態の父を相手にどんどん母や俺や弟たちも憔悴しきっていった。

「それを考えると…俺はきっと、心の底では父に戻って欲しいとは思えないんだろうな…」

「家族をめちゃくちゃにした張本人だから恨んでるの?」

「……そうだ。そもそも父が、呪いを受けなければこんなことにはならなかったかもしれない。弟をあそこまで追い詰めなければ死ななかったかもしれない。父が少しでも心を許してくれたら、家族で支えることもできたかもしれない。あの時ああしててくれればって…いろいろと恨み言が出てきてしまう。こんな事思っても仕方ないのに」

「大丈夫。お父上のことで苦しんできたかもしれない。でも、ずっと幼い頃から尊敬してきたんだよね?今は恨んでるかもしれないけど、愛してる気持ちはちっともないの?そんなはずないよ。だったら、僕に頼んでくるはずないもん。でしょ?」

シュレイの濁りないピンクの瞳が俺に問いかけてきた。

「そうだな…」

俺は昔の頃の父の姿を思い出して、そう答えた。



「コンコンコン、失礼します」

後ろから、聞きなれない声が聞こえてきた。
俺は咄嗟に後ろを振り向くと、なぜここにいるのか分からない人物が2人いた。

「シアンさんにイブリンさん!」

「なぜお前たちがここに!」

俺は2人の姿に驚いて、立ち上がった。

「すみません、一応ノックはしたのですが、聞こえなかったみたいなので口で言いました」

シアンは冷たい紫の瞳で淡々とそう返した。

「それよりも、なぜいるのかと聞いている」

「いえ、私も出来るなら来たくなかったのですが…忘れ物を届けにきました」

「忘れ物?」

シュレイが間の抜けたような声で聞いた。

「これです」

「そっそれ!」

彼は懐から見覚えのあるナイフを取り出して見せてきた。

「…なぜお前がもっている?それは、シュレイに貸して…無くしてしまったと聞いていた」

シアンが持っているナイフは、魔獣討伐大会でシュレイに護身用として渡したナイフだった。だが、大会翌日にシュレイに縄を切って使ったものの泉の中で恐らくなくしてしまったのだと泣きながら謝罪された。俺は、少しでも彼の役に立てたのならそれで十分だと思っていたし、無くしたとしたならそれはそれで良い心の区切りになるような気がしていた。

「いえ…実は魔獣と戦う時に使わせてもらっていたんですが、返すのをすっかり忘れていてしまって…。すみません、これはサイラス様のものなんですよね。お返しいたします」

「必要ねぇよ。お前が使ったものなら尚更」

俺はそう言い捨て、扉の前にいるシアンを睨みつけて部屋を出た。





----------------------------------


「サイラス…どうしてあんなこと…」

シュレイがベッドから降りて、そう呟いた。

「さぁ…なぜだろう」

まだシュレイは、俺シアン・シュドレーがなぜずっとサイラスに嫌われているのか教えられていないようだ。
恐らく、攻略対象の中なら彼が一番シュドレー家を憎んでいるだろう。

というのも、彼の父ドグナー団長が呪いを受けた原因は俺の父であるシュドレー公爵も関わっているからだ。実は、父は何人かお抱えの呪師を隠していて、呪いの類は割と詳しい人だ。だからこそ、どこかに呪師が現れれば父が直結してくる。つまり、5年前ドグナー団長を恨む盗賊団の長と父が共謀して、あの事件は起こった。結果、盗賊団の長は復讐ができて、父は襲った場所の魔石洞の魔石をゲットした。しかし、誰が隠れて手を回し、自分の家を滅茶苦茶に潰したのか明らかであったとしても、公爵である父が脅かされることは一切なかった。そんな憎き男の憎き息子である俺に、何度も突っかかってくる気持ちは当然だろう。

「あの…そのナイフ…僕が渡してきます」

シュレイが俺の前へ来て言った。

「…俺が触ったものだから、受け取らないと言っていたが…」

「でも、彼にとって…きっと大事なものだから」

「…分かった」

俺はそう言って、シュレイにナイフを渡した。



「さ、シアン早く帰ろう」

部屋を出ると、隣をついてくるイブリンが声をかけてきた。

「あぁ、そうだな。ていうか、なんでお前いるんだっけ」

「えぇ…ドグナー家に来たのは俺の責任もあるなって思ったからきたんだよ?」

「…そうだったな」

そう、ことの発端はこの大型犬のせいだった。
魔獣討伐大会翌日、放課後になってこいつは俺に聞いてきた。

「そういえば、このナイフなんだけど、シアンのだよね?返すの忘れててごめん」

そう言われて、あるナイフを渡された。このナイフは、もちろん俺のものではない。シュレイがサイラスに護身用に渡されたナイフを俺が使って持っていたようなのだが、問題はここからだった。シュレイは早速国王陛下の謁見のため午後の授業は早退して学園にいない。かと言って、明日からは長期の休みが入るから、渡せるとしたら1ヶ月後だ。だが、このナイフは休み中にサイラスの父の呪いを解くためには重要なアイテムとなっている。1ヶ月後では当然遅い…となると、どうするか。
俺は悩みに悩んだ。このナイフが無いせいでシナリオ通りにいかない、ということは最悪の事態だ。そう考えると責任を感じざるを得なくなり、俺はサイラスの屋敷へ来たのだ。
仕方ない、と腹を括って決意すると何故かイブリンもついてきていた。何も言ってないのに、朝寮の部屋の前で待っていた。思わず心が読めるのかと疑ってしまったものだ。


「…必要ないと言ったはずだ!」

「で、でも…これってサイラスにとって大事なものなんでしょ?貸してくれた時、お守りみたいなものって言ってたの覚えてるよ」

「っ…それは…」

階段を降りると、応接室の方からサイラスとシュレイの声が聞こえてきた。


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