獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
56 / 372
本編

山の巡回④

しおりを挟む
 山の村の裏手にある地獄谷は、山の民も利用する場所です。
 けれどこの度新しくサラマンダーのサラちゃんが移住する事になりました。
 地獄谷はサラマンダーの影響で、更に熱い場所となるでしょう。

 「サラちゃんは生き物食べないだろうけど、山のみんなに回覧板しなきゃだなー」

 知らずに何の準備も無く行って、火傷したら大変です。
 山の民は村長に言えば大丈夫でしょう。けれど他のモンスターや動物達はそうもいきません。
 モンスターや動物達は本能でわかっていそうですが、ホウレンソウは大事です。もしかしたら本能が不調の子もいるかもしれませんものね。
 三巳はキョロキョロ、フンフン目と鼻で辺りを探ります。

 「にゃはー、やっぱり近くはいないなー」

 サラちゃんを警戒してか、他の生き物の気配はありませんでした。

 「ま、巡回はまだ途中だしな。その時に回覧まわそう」

 三巳は天を仰ぎ見て、うーんと大きく背伸びをしました。耳も尻尾もうーんと伸びています。

 「よしっ、続き続きー♪」

 クルンと回って軽い足取りでピョーンピョーンと地獄谷を駆け降ります。
 地獄谷は硫黄の匂いが立ち込めて温泉好きには堪りません。でも今日は回覧を回すというお仕事も出来たので我慢です。今度ゆっくり卵を持って来ようと心に留めて降りていきます。
 
 地獄谷を過ぎると高原に出ました。高い木々の無い高原は、遮るものが無くて襲われやすそうですが、それでも住む生き物達はいます。
 中でも異色を放っている存在が、悠然と草を食んでいました。

 「タウろんこんちわー」

 三巳は胡坐を掻いて草を千切ってはパクリ。千切ってはパクリ。と食べるその後ろ姿をポンと叩いて挨拶します。
 振り向いたその顔は牛さんそのものでした。でも体は毛むくじゃらの人型です。ミノタウロスです。ミノタウロスが他の鹿さん達に混ざって草を食んでいたのです。

 『久し振りだモー。草食べるかモー?』
 「三巳草はいらないモー」

 おっとりと草を差し出すミノタウロスのタウろんに、三巳は能面の様な笑顔で首を横に振りました。語尾がうつっていました。
 タウろんは『そうかモー』といってパクリと草を食みました。

 「ここは相変わらず平和だなー」

 三巳は隣に座って高原を眺めました。過ぎる風が心地良いです。
 三巳の守る山はそもそも平穏ですが、高原の景色は静かに時が流れていてまた違った平和を感じます。

 『そうだモー。草おいしいモー。他のミノタウロスも草食べればいいのにモー』

 本来のミノタウロスは肉食です。冒険者達にとっては脅威となる存在ですが、タウろんは穏やかそのものです。
 なぜならタウろんはベジタリアンですから。

 「ここは変わりないか?」
 『草少ないモー』

 まったりしながら訪ねた三巳に、タウろんは悲しそうに草をパクリと食みました。

 「今年は雪多かったからなー。今度村に草分けて貰うか?」
 『村の草!おいしいモー!食べたいモー!』

 三巳が申し訳程度に提案すると、タウろんは身を乗り出して興奮気味に答えます。三巳の顔に草が飛びました。
 三巳は困った様に笑いながら、魔法で顔を綺麗に洗いました。
 タウろんは正座で反省しつつも、体を前後に揺らして『食べたいモー。おいしいモー』と興奮が冷めません。
 
 「そんなに村の草好きなら降りてくれば良いのにー」
 『人間怖いモー。人間もミノタウロス達怖いモー』

 何気なく言った三巳ですが、タウろんは悲しそうにのの字を描きます。

 「言葉通じればタウろんが優しい子ってわかるのになー」

 ゆっくり流れる雲を見ながら尻尾をブラブラさせて溜息が出ます。

 『仕方ないモー。人間は人間の言葉しかわからないモー』

 タウろんも牛の尻尾を切なげにフルリと振って溜息が出ます。
 暫し静かに空気が流れていきます。

 「ま、今度貰って来るから楽しみにしててな」
 『待ってるモー!』

 タウろんは喜びのあまり三巳を抱き上げて高い高いでクルクル回りました。
 三巳もタウろんも楽しそうな良い笑顔です。

 「そだ。忘れるとこだった。
 タウろん地獄谷の騒ぎ知ってるか?」

 両手を広げて高い高いを楽しんでいた三巳ですが、ここに来るまでの道程を思い出した事で思い出しました。
 
 『サラマンダーが住み着いたモー』

 タウろんは高い高いを続行したままで答えます。いい笑顔が止められません。

 「こんだけ近けりゃわかるか。
 そう、今は外出してるけど新しい移住希望者だ。山全体に回覧回してくれるか?」
 『わかったモー。草楽しみだモー』

 若干の不安は残りますが、タウろんは快く回覧を引き受けてくれました。モンスターなので文書はありませんが。伝言ゲームに近いのでしょうか。

 「よろしくなー。三巳も残りの巡回地で回しとくよ」
 『草おいしいモー』

 三巳は言いましたが、タウろんはもう頭の中が草でした。
 苦笑を漏らしつつ三巳は高原を離れました。
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

うるせえ私は聖職者だ!

頭フェアリータイプ
ファンタジー
ふとしたときに自分が聖女に断罪される悪役であると気がついた主人公は、、、

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...