獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

前を向く為に

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 宴を終えた翌日の事です。
 リリは地平線が白んできた頃起き出しました。
 昨日はハンナが自分の部屋に泊めようとしましたが、人数が多いのと、今は元お城の近くにいたいのとでテントで夜を明かしました。
 リリはテントの中から出ると、まだ星の光が僅かに残る空を見上げます。

 「やっぱり……あの頃見ていた景色とは変わってるわよね……」

 故郷にいるというのに郷愁の念がこみ上げて、思わず泣きそうになってしまいました。
 リリは悲しみを振り切る様にか頭を振ると、ペチンとほっぺを両手で挟みました。

 「ダメダメ。こんな顔でみんなの前に行けないわよ、リリ」

 自分に言い聞かせて何度かペチペチ叩くと、リリはすっかりいつものニコニコ笑顔のリリに戻りました。

 「今日からは私も街の復興に全力を尽くさないとね」
 「そうだな。人生だって前見て歩かないと転んじゃうんだよ」
 「はわー!?」

 小さく両の拳に意気込みをのせたリリは、直後に真後ろからした声にビックリして飛び上がりました。

 「すまん。驚かすつもりはなかったんだよ」

 心臓をドキドキバクバク鳴らしながら振り向くと、三巳がションモリ申し訳なさそうに耳を垂らしていました。尻尾はビックリされた事にビックリしたのか毛を逆立てクルンと前に丸まっています。そしてちょっぴしピルピルと震えています。

 「ううん!ううん!こっちこそ急に大きい声出してゴメンね?」

 リリは直ぐ様三巳に抱き付いてモフモフを撫でました。
 リリの撫で撫でに恍惚となった三巳が頽れた頃、門からロダとネルビーがハンナを連れてやって来ました。
 ロダは朝のトレーニングに出掛けていて、ネルビーはそれに「散歩♪散歩♪」とついて行き、途中で合流したハンナを伴って帰って来たのです。
 みんな揃った所で朝の支度を終わらせた三巳達は、街の復興をお手伝いする為に広場へと向かいました。

 「おう、おはようさん。姫様達良く眠れたかい?」
 「おはよう。ええ、昨日は遅くまでありがとう」

 広場では既に大人達が集まって今日の工程を話し合っていました。その輪に入って朝の挨拶を済ましたらいよいよ作業の開始です。
 リリは女性陣と雌のモンスター陣と一緒に片付けや怪我人の救護、それに食事の支度を任されました。大工仕事を任された三巳とロダとは一旦お別れです。

 「それじゃあ行ってくるんだよ」
 「何かあったら呼んでね。直ぐに助けに来るから」

 手を振り二人を見送ると、代わりに物陰から小さな影がいくつもヒョッコリ顔を出しました。昨夜の大泣きした子供達です。
 リリはヤル気に満ち溢れた顔から一転。ズキリと心が軋みました。けれども済まなそうな顔をしても子供達の救いにはなりません。リリは心をしっかり持って子供達の出方を伺いました。

 「なあ、お前が行けよぅ」
 「えー?やあよ~、だってどうしたら良いのよ~」

 どうやら子供達はお互いに押し付け合いをしています。
 リリはそれでも辛抱強く子供達を待ちました。
 暫くして漸く話が決まったのか、オズオズと全員でリリの前までやって来ました。けれどそこでまたもやモジモジして視線だけで会話を始めてしまいました。

 (早く言えよぅ)

 先頭の子と目が合った男の子が、視線をクイクイとリリに向けます。

 (がんばって!)

 次に先頭の子と目が合った女の子が力拳をブンブン振ります。
 他の子達にも似たり寄ったりの反応を返されて、先頭の子は俯いてしまいました。

 「あの、大丈夫?」

 泣きそうかな?と思ったリリは思わずしゃがんで視線を合わせました。
 先頭の子はリリと目が合った事で手も頭もアタフタと動かしました。そしてもう一度後ろを振り返ると、一度ギューっと目を瞑って大きく深呼吸します。
 目を開けた時には覚悟を決めていました。

 「ひめさまごめんなさい!」

 顔を真っ赤に染めて大きな声で謝罪の言葉を口にします。
 リリはキョトンと目をパチクリさせます。何で謝られたのかわからなかったのです。
 けれども先頭の子を皮切りに、後ろの子達も次々に謝ってきて、今度はリリがアタフタとする番でした。

 「ええっと?」

 謝るのはむしろ自分の方だと思っているのでどう反応したら良いのか悩みます。
 そこへ一部始終を生暖かく見守っていた大人達が近寄ってきました。

 「良く言えたね。偉いよ」
 「今朝言われた事はちゃあんと理解出来たかい?」

 どうやらこの騒動の発端は大人達の様です。
 リリは状況の説明を求めて、一番近くにいた女の人にどういう事かと問い掛けました。

 「もう一度話し合っただけさね」
 「おれ、おれ、ひめさまがいちばん辛いってわかんなくて」
 「あたしもおんなじ目にあったらすっごくすっごくかなしいの」

 どうやらまだ小さい子供達に、理解出来るまでリリの立場の痛みを教え込んだ様です。
 リリはこんなに小さな子供達が、いっぱいいっぱい辛い気持ちを抑えて、リリの気持ちになってくれた事がとてもとても嬉しくなりました。

 「ありがとう。
 でもね、みんながお父様やお母様と会えなくて悲しい気持ちもわかるの。だから本当に辛い時は私を恨んで良いのよ」
 「ううん!もうそんなことしないよ!」
 「だって悪いの王子さまだもん!」
 「あたし王子さま嫌い!」

 どうやら子供達の恨みは消えた訳ではなさそうです。ただ矛先が代わっただけです。
 リリはそんな子供達に苦笑を漏らしました。
 リリにとっては元婚約者の王子も優しかった時もある。そんな思い出が辛い思い出の片隅に残っているからです。
 何故こんな事になったのか。もう王子の国は無く、知る術はありません。
 だから「優しい所もあった」なんて、辛い思いをしている子供達にはとても言えませんでした。
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