獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
242 / 372
本編

本来の姿でゴロンゴロンしたいんだよ

しおりを挟む
 山の頂上が完全に白くなりました。
 もう春まで土の色が見える事はないでしょう。
 そんな季節に村でも積もった雪が解けきらずに残る様になりました。

 「にゅ~。にゅ~」

 雪は楽しいけれどただただ寒いだけのこの時期は、三巳も丸めた尻尾に体を埋めてフラストレーションを溜めています。
 ここまで来ると山に入っても実りが少なく。三巳が好きに採ると動物やモンスターの分が無くなってしまうので遠慮しているのです。

 「体が鈍るんだよ……」

 三巳は口元に来ている尻尾の毛先をガジガジ噛みながら眉根を寄せました。
 そこへ母獣がのっしのっしとやって来ます。

 『そんなに暇なら荒野にでも散歩に行けば良かろう』

 母獣が前脚の肉球で三巳を踏むと、三巳から「ぷきゅ」と声が漏れました。その声が赤ちゃんの頃の三巳と同じで思わず目元が和みます。

 『クロ。クロよ。聞いたか今の鳴き声』
 「聞こえたよ愛しい人。可愛らしい鳴き声だねぇ」
 『うむ。赤子の頃は良くかような声で鳴きおったものよ』
 「そうなのかい?それはとても可愛かったろうねぇ」
 『うむ。何度クロに見せたいと思った事か』
 「ふふふ、ありがとう愛しい人」

 突如始まった親バカな会話。と見せかけたイチャイチャに、肉球布団に踏まれている三巳の目が据わります。
 何とか肉球から逃れようともがきますが母獣の方が力が強いので出られません。

 「母ちゃん!散歩行く!散歩行くから!」

 下からペシペシ母獣の前脚を叩くと漸く気付いてくれました。

 『おおそうか。ならば三巳よ行くが良い』

 まるで何処かの王様が勇者を送り出すかの様な態度で前脚を退かす母獣です。
 三巳は緩んだ隙にそそくさと抜け出すと、サッと距離をとって敬礼をしました。

 「いってきますなんだよっ」
 「いってらっしゃい。暗くなる前に帰っておいで」
 「うにゅ!」

 手を振るクロに手を振り返してター!っと一足飛びに村を飛び出しました。向かう先は決めていません。でも荒野なら何も気にせずゴロンゴロン出来そうだと思いました。
 三巳は一路荒野を目指して駆けて行きます。
 山を抜けた所で本体に戻り更に速度を速めます。急に大きな狼が現れてビックリした人の声が聞こえた気がしますが、その時にはもう遠くに離れていたので聞こえなかった事にしました。
 チラリとだけ後ろを向いた三巳は問題なさそうだと判断して更に速度を上げていきます。

 因みにビックリした人は確かにいました。けれどもコソコソとしている人相の悪い人達でした。悪い顔の人達は神気を放つ大きな狼の鬼気迫る動きに恐怖して腰を抜かしています。本当はゴロンゴロンしに行っただけなのですが人の目にはそれがわかりません。結果的に悪い顔をした人達は足早にその地を去るのでした。

 さてはて本人の預かり知らぬ所で山の平和を保っていた三巳はあっという間に荒野に着いていました。

 『にゅ。お水飲みたいな』

 荒野の真ん中でお座りをした三巳は鼻をヒスヒスさせて辺りを見渡します。
 しかし荒野というからには荒れた大地が広がっています。川も泉も見当たらないし音も匂いもしません。
 三巳は哀しみに鼻に皺を作りました。

 『にゅぅー……』

 飲めないと思うと余計に飲みたくなります。
 三巳はやるせない思いを体で表現しました。
 即ち大きな体いっぱいに使ってグズったのです。
 急にゴロンと横になったかと思えば前脚でバシバシ大地を叩いたり、「ゔゔ~っ」と唸ったかと思えばパッと立ち上がりその場でクルクル回って「うぉん!」と吠えたりしたのです。
 とはいえ何をしても無いものは無いのです。
 ひとしきり暴れた三巳は諦めました。
 当初の予定通りゴロンゴロンしようと仰向けに寝転がります。お腹のふわふわお毛々がそよ風に揺られてその柔らかさを伝えてくれます。

 『にゃー……思う存分体を伸ばせるの気持ち良ー……』

 久し振りに全力で動いたのでコリ固まった体が解れた気がします。
 三巳はそのままの姿勢で尻尾だけをふわり、さわりと揺らしていました。

 『うーにゅ』

 三巳は唸りながら右にゴロンと寝返りを打ちます。

 『にゅーむ』

 今度は左にゴロンと寝返りを打ちます。

 『うにゅ。やっぱしそーだよな』

 何かに納得した三巳はゆっくりと立ち上がりました。
 そして鼻先を大地に付けてヒスヒスと匂いを嗅ぎます。
 嗅いだままチョロチョロと動き、元いた場所から少し離れた所でピタリと止まります。

 『ここなら良さそうなんだよ』

 言うなり三巳は片前脚でトンと大地を叩きました。
 するとどうした事でしょう。小さな振動が大地を震わせ始めます。そしてそれは少しづつ大きくなりました。
 三巳までも揺れて見える頃になると、三巳は叩いた大地を掘り始めます。『ここ掘れワンワン♪』と鼻歌を歌いながら掘っていきます。
 ある程度お椀型に掘れたら満足してその場にお座りをして出来た穴を見つめます。尻尾を振って鼻歌混じりにジッと見つめます。
 見つめていると穴の底に亀裂が入ったと思う次の瞬間、ドッッ!!!と轟音を上げて水が噴き上がりました。
 噴き上がった水は四方八方に飛んで行き綺麗な虹を幾重にも作り出しています。

 『水ー♪』

 尻尾を大きく振った三巳は一足飛びに穴の中へと入って行き、ゴクゴクと吹き出した水を飲んだのでした。
 そうです。三巳はゴロンゴロンしている時に地下の水脈を聞き当てたのです。
 水を飲みたい気持ちを忘れていなかった三巳は一番地上に近い場所を探し、神力を打ち込み上へ引き上げたという訳です。

 『にゅはー♪にゃはー♪ちめたーい♪』

 冬も初めだというのに毛皮いっぱいに水を浴びてご満悦です。
 けれども冷たいのは冷たいので次第に体に震えが出てきました。

 『にゅ……さーむーいー』

 大きな体でピルピル震える三巳です。
 しかも穴は噴き出た水で泉になっています。
 濡れてペションとなった毛皮がその寒さを如実に語り出しています。
 そこで三巳は考えました。

 『お風呂にしちゃえ』

 という事で魔法であっという間に泉を沸かせた三巳は、心ゆく迄荒野の露天風呂をゴロンゴロンしながら堪能するのでした。

 『にゃふー……。いーい湯ーだなー♪にゅふふん♪』
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

処理中です...