獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

里帰り

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 さわさわと、長く伸びた草花を揺らし風が流れています。
 ふさりとした毛を生やし連なるのはふっくらとした麦で、それが一面に広がり風に揺れているのです。

 「ふあー。麦。麦。麦だらけー」

 山では見る事のないその圧巻の景色は、緩急があって風が通りやすくなっているからでしょうか。
 所々にある丘の上にはなんと風車がありました。
 それどころかたっぷりの水が緩やかに流れる川では水車まであります。

 「ボク達の里は風と水に恵まれてるにゃ。何代か前のご先祖様達が利用する事を思いついたらしいにゃ」

 ポッチャリ体型が可愛いらしい斑猫獣人が誇らし気に胸を張り、ピンと張った髭を揺らして説明してくれます。

 「み、三巳。地球で20世紀と21世紀を生きてきたのに、ちっとも考えつかなかった!」

 一応スマホもギリギリ使った経験がある三巳の衝撃は一入です。
 だって山には水車も風車も無いのです。

 『ほんにウチの子はアホウよのう』

 地球がどういう星かは知りませんが、三巳の阿呆さ加減はもう知っている母獣です。獣の姿で呆れと可哀想な者を見る目で我が子を見ています。
 クロの里では獣神である事は伝わっているので、母獣は早々に獣の姿に戻っていました。

 「そこが三巳の可愛いところだよ」

 風に揺れて一層毛並みをふさりふわりとさせる足元に触れながらクロが言います。
 念願かなって愛娘を連れて来れて嬉しい気持ちです。けれどもこれから実家と両親。つまり三巳の祖父母の墓参りも連れて行きたいので嬉しい気持ちはまだまだ発展途上です。

 「ふわーっ、ふわーっ、あ、あ、両方からカッタンコン、カッタンコン、ゴリゴリゴリって音がする!粉!?麦を小麦粉にしてるのか!?」

 風車といえば麦。水車といえば蕎麦を即座に連想した三巳が興奮で鼻をフンカフンカさせて言います。匂いで蕎麦が無いか確認しているのです。

 「うにゅぅ……。蕎麦は無しかー」

 しかし蕎麦の匂いはしませんでした。
 代わりに様々な高原野菜や果物の匂いを察知したので、口調は残念そうですがその口には涎が滴っています。

 「後で案内するにゃ」
 「良いのか!?関係者以外立ち入り禁止じゃない!?」
 「大丈夫にゃよ。クロ殿の娘にゃし、何より神様相手にそんな事出来ないにゃ」
 「うにゅぅ?三巳獣神だけど、ダメな時はちゃんとダメって教えて欲しいんだよ。でも、父ちゃんの子なので行こう!今!?今行く!?」
 「それも良いけれど、先に私の家に行かないかい?」
 「父ちゃんの家!行く!ばっちゃの匂い残ってるかな!?」

 里帰りで興奮している三巳は自重がありません。元々無いかもしれないけれど、辛うじてあった筈の自重は何処にもありません。
 直ぐにクロの手を引いて「早く早く」と急かしています。早く行かないとクロの母の匂いが消えてしまうと焦っているのです。

 「うぅん。流石に残って無いんじゃ無いかなぁ」

 何せ何百年も前の話です。
 クロはガッカリさせてしまうのを忌避して強く否定はしていませんが、絶対無いと思っています。

 (さて、強き思いは古より残るが、ふむ。今言うて無駄に期待を持たせるものでもなかろう)

 クロの横を歩く母獣は懐かしい風景に目を眇め、風に髭と毛並みを揺らしながら緩りと口端を上げて思うに留めました。

 「元気な子にゃ」
 「うにゃ。元気は良い子にゃ」
 「里の子達喜ぶにゃ」

 船の降り場からずっと一緒に歩いて来たので3人の獣人達ともすっかり仲良しです。
 ニコニコ笑顔に見守られ、急く気持ちを足に乗せて三巳はズンズンと先へ進みます。
 麦畑の天然壁で先が見えないのも楽しいです。

 「うな?道別れた?父ちゃんどっち?」
 「右だよ」
 「うぬ!」

 先が見えないのもあって、分岐点で止まってはクロに道を聞いてまた元気よく引っ張って行きます。
 そうして大人達に見守られながら麦畑が終わりを見せる頃合いに、小さな一軒家が目に入りました。

 「あー!あれ!?あれそう!?」
 「おやまあ、私が出た時のままだね。これは驚いた」

 三巳が元気よく指し示す一軒家を見て、クロは驚きの声を上げています。
 三巳は「うん」とも「そうだ」とも言われなかったので一軒家とクロを交互に見遣ります。そして懐かしさに潤むクロの目を見て頷きました。

 「うぬ。よし行こう」

 絶対あの家がそうだと確信したので早くクロを家の中に連れて行きたくなりました。言うが早いか繋いだままの手を引っ張り玄関までやって来ました。

 「おお、田舎のばっちゃの家みたいだ。引き戸懐かしい」

 昔ながらの木製の引き戸に始めて来たにも関わらず、郷愁の年が胸から沸き起こります。そして形を良く見ようと右に行ったり左に行ったりしました。

 「うぬぅ?鍵穴無い」
 「そうだね。私達も山の民と同じく、鍵を掛ける習慣は無いよ」
 「それだけ治安が良いのかー」

 クロの言葉に感心して言えば、クロは優しい微笑みからピシリと鋭い空気を発しました。
 普段のクロからは考え付かない空気に三巳は自然と背筋を伸ばしました。

 「私達猫科の獣人は縄張り意識が高いんだよ」

 クロの言葉は猫として聞くに当たり前な話な気がします。けれどもクロ達は猫獣人であって猫ではありません。
 つまりこの場合の縄張りは島外の人達に対して言っているのです。

 (そいえばさっき船長がこあい事言ってた……)

 ブルルと震えた三巳は、それ以上聞くことはしませんでした。

 (これもひとつの戦略的撤退……!くわばらくわばらなんだよ!)

 そう思う三巳の頭の中では、「シャー!」と威嚇しあう猫の姿があるのでした。
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