317 / 372
本編
自宅なう
しおりを挟む
吹く風が冷たい季節になりました。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
10
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
追放悪役令嬢、辺境の荒れ地を楽園に!元夫の求婚?ざまぁ、今更遅いです!
黒崎隼人
ファンタジー
皇太子カイルから「政治的理由」で離婚を宣告され、辺境へ追放された悪役令嬢レイナ。しかし彼女は、前世の農業知識と、偶然出会った神獣フェンリルの力を得て、荒れ地を豊かな楽園へと変えていく。
そんな彼女の元に現れたのは、離婚したはずの元夫。「離婚は君を守るためだった」と告白し、復縁を迫るカイルだが、レイナの答えは「ノー」。
「離婚したからこそ、本当の幸せが見つかった」
これは、悪女のレッテルを貼られた令嬢が、自らの手で未来を切り拓き、元夫と「夫婦ではない」最高のパートナーシップを築く、成り上がりと新しい絆の物語。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
幸福なる侯爵夫人のお話
重田いの
ファンタジー
とある侯爵家に嫁いだ伯爵令嬢。
初夜の場で、夫は「きみを愛することはない」というけれど。
最終的にすべてを手にした侯爵夫人のお話。
あるいは、負い目のある伯爵令嬢をお飾りの妻にして愛人とイチャイチャ過ごそうと思ったらとんでもないハズレくじを引いちゃった侯爵のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる