【完結】声目ぼれ ―声に恋した、一途な恋のはじまり―

Sena

文字の大きさ
82 / 82
最終章 声と日々

最終話

「──ただいま」

その声が玄関から聞こえた瞬間、唯は自然と笑顔になる。
キッチンから顔を出すと、叶人がジャケットを脱ぎながら、少し疲れたようにこちらを見た。

「おかえり、叶人くん。今日もお疲れさま」

「……唯ちゃん、やばい、もうそれだけで癒される」

「え、なにが?」

「“おかえり”って言われた瞬間、今朝の嫌な会議の記憶、9割消えた」

「……それはさすがに、仕事に向き合って」

ふわっと笑って、彼のほうへ歩いていく。
差し出した手を叶人が取ると、そのまま軽く抱き寄せられた。

「唯ちゃんの声、ずるいよ。毎日聴いてるのに、落ち着く」

「私こそ……叶人くんが“ただいま”って言ってくれると、安心するの。本当に、帰ってきてくれたんだって」

「当たり前だよ。帰る場所、ここしかないもん」

そう言いながら、額を合わせるようにしてそっと触れ合う。
手のひらの温度、肌の匂い、声の響き――どれも、愛しい。

「……お腹すいた?」

「うん。あと、唯ちゃん不足」

「それは……ご飯の後でも?」

「できれば、ご飯前に少し充電させてください」

そう囁いた叶人の声がやけに甘くて、唯の胸がくすぐったくなる。


ソファーの上で、叶人は唯を膝の上に抱き上げたまま、頬をすり寄せて深く息を吐いた。

「……本当、今日も唯ちゃんの声、最高だったなあ」

「え? なにそれ、唐突すぎない?」

「いや、まじで。電話越しに聞いた瞬間、無意識に口角上がってた。絶対周りにバレてたと思う」

「……もー、職場で変な顔しないでよ」

照れながらも、唯は笑いをこらえる。けれど叶人の表情は真剣で、どこか少し恥ずかしそうでもあった。

「でもさ……やっぱ好きなんだよね。唯ちゃんの声。電話で最初に聴いたときも思ったけど、落ち着くし、ちょっと透けてる感じがして」

「透けてるって……どういう意味?」

「うまく言えないけど……声の奥に、ちゃんと感情があるっていうか。柔らかくて、静かにあったかくて。で、時々、甘えるみたいに揺れるでしょ。あれ、反則なんだよ」

唯の顔がみるみる赤くなる。

「……なにそれ……本当に、そんなふうに思ってたの?」

思わず問い返した唯の声が、ほんのりと熱を帯びる。


叶人は照れくさそうに笑いながら、けれど迷いなくうなずいた。

「ずっと。むしろ声から好きになったから、もう完全に“声目ぼれ”」

そう言ったあと、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
唯は息をのむように瞬きをしてから、静かに笑った。

「……そっか。じゃあ……電話、またかけるね。仕事でも、プライベートでも」

自然と手が叶人の服の裾を握っていた。

「うん。どっちでも大歓迎。ていうか、たまにわざと電話してもいい? 唯ちゃんの声聴きたくて」

「……叶人くん、本当に声フェチなんだね」

ほんの少しだけ甘えるような声色に、唯の心臓がくすぐったく跳ねる。

「うん、認める。もう完全に、唯ちゃん専属の声フェチです」

堂々と、けれどどこか子どもみたいな無邪気さで言い切る彼に、唯はつい笑ってしまった。

こんなにも大切にされて、真っ直ぐに想われている自分が、なんだか不思議で、幸せで。

「──そんなに好きなら、夜寝る前にも電話してあげよっか。隣にいるけど」

「じゃあ、その“おやすみコール”、録音決定」

思わず笑い合いながら、額をこつんとぶつけるように寄せ合って、ふたりの時間はそのまま、静かに夜へと続いていく。


──たった一声に恋をした、あの日の想いは。

今では、毎日の「おかえり」や「おやすみ」に溶け込んでいる。

そしてきっと、これからも。

何度でも恋をする。
同じ声、同じ人に。

今日もまた、“声目ぼれ”の続きを生きてる。

「唯ちゃん、“好き”って言って?」

「……大好きだよ、叶人くん」



END


感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

推しに激似のクールな美容外科医のお飾り妻になるはずが、溺愛されて陥落寸前です

羽村 美海
恋愛
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。 過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。 いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。 だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。 以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。 そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。 そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。 しかも見合い相手にドタキャンされたという。 ――これはきっと夢に違いない。 そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。 確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー! ✧• ───── ✾ ───── •✧ ✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23) 狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子 ✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33) 業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中 ✧• ───── ✾ ───── •✧ ※R描写には章題に『※』表記 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✿初公開23.10.18✿

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

咲妃-saki-
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。