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最終章 声と日々
最終話
「──ただいま」
その声が玄関から聞こえた瞬間、唯は自然と笑顔になる。
キッチンから顔を出すと、叶人がジャケットを脱ぎながら、少し疲れたようにこちらを見た。
「おかえり、叶人くん。今日もお疲れさま」
「……唯ちゃん、やばい、もうそれだけで癒される」
「え、なにが?」
「“おかえり”って言われた瞬間、今朝の嫌な会議の記憶、9割消えた」
「……それはさすがに、仕事に向き合って」
ふわっと笑って、彼のほうへ歩いていく。
差し出した手を叶人が取ると、そのまま軽く抱き寄せられた。
「唯ちゃんの声、ずるいよ。毎日聴いてるのに、落ち着く」
「私こそ……叶人くんが“ただいま”って言ってくれると、安心するの。本当に、帰ってきてくれたんだって」
「当たり前だよ。帰る場所、ここしかないもん」
そう言いながら、額を合わせるようにしてそっと触れ合う。
手のひらの温度、肌の匂い、声の響き――どれも、愛しい。
「……お腹すいた?」
「うん。あと、唯ちゃん不足」
「それは……ご飯の後でも?」
「できれば、ご飯前に少し充電させてください」
そう囁いた叶人の声がやけに甘くて、唯の胸がくすぐったくなる。
ソファーの上で、叶人は唯を膝の上に抱き上げたまま、頬をすり寄せて深く息を吐いた。
「……本当、今日も唯ちゃんの声、最高だったなあ」
「え? なにそれ、唐突すぎない?」
「いや、まじで。電話越しに聞いた瞬間、無意識に口角上がってた。絶対周りにバレてたと思う」
「……もー、職場で変な顔しないでよ」
照れながらも、唯は笑いをこらえる。けれど叶人の表情は真剣で、どこか少し恥ずかしそうでもあった。
「でもさ……やっぱ好きなんだよね。唯ちゃんの声。電話で最初に聴いたときも思ったけど、落ち着くし、ちょっと透けてる感じがして」
「透けてるって……どういう意味?」
「うまく言えないけど……声の奥に、ちゃんと感情があるっていうか。柔らかくて、静かにあったかくて。で、時々、甘えるみたいに揺れるでしょ。あれ、反則なんだよ」
唯の顔がみるみる赤くなる。
「……なにそれ……本当に、そんなふうに思ってたの?」
思わず問い返した唯の声が、ほんのりと熱を帯びる。
叶人は照れくさそうに笑いながら、けれど迷いなくうなずいた。
「ずっと。むしろ声から好きになったから、もう完全に“声目ぼれ”」
そう言ったあと、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
唯は息をのむように瞬きをしてから、静かに笑った。
「……そっか。じゃあ……電話、またかけるね。仕事でも、プライベートでも」
自然と手が叶人の服の裾を握っていた。
「うん。どっちでも大歓迎。ていうか、たまにわざと電話してもいい? 唯ちゃんの声聴きたくて」
「……叶人くん、本当に声フェチなんだね」
ほんの少しだけ甘えるような声色に、唯の心臓がくすぐったく跳ねる。
「うん、認める。もう完全に、唯ちゃん専属の声フェチです」
堂々と、けれどどこか子どもみたいな無邪気さで言い切る彼に、唯はつい笑ってしまった。
こんなにも大切にされて、真っ直ぐに想われている自分が、なんだか不思議で、幸せで。
「──そんなに好きなら、夜寝る前にも電話してあげよっか。隣にいるけど」
「じゃあ、その“おやすみコール”、録音決定」
思わず笑い合いながら、額をこつんとぶつけるように寄せ合って、ふたりの時間はそのまま、静かに夜へと続いていく。
──たった一声に恋をした、あの日の想いは。
今では、毎日の「おかえり」や「おやすみ」に溶け込んでいる。
そしてきっと、これからも。
何度でも恋をする。
同じ声、同じ人に。
今日もまた、“声目ぼれ”の続きを生きてる。
「唯ちゃん、“好き”って言って?」
「……大好きだよ、叶人くん」
END
その声が玄関から聞こえた瞬間、唯は自然と笑顔になる。
キッチンから顔を出すと、叶人がジャケットを脱ぎながら、少し疲れたようにこちらを見た。
「おかえり、叶人くん。今日もお疲れさま」
「……唯ちゃん、やばい、もうそれだけで癒される」
「え、なにが?」
「“おかえり”って言われた瞬間、今朝の嫌な会議の記憶、9割消えた」
「……それはさすがに、仕事に向き合って」
ふわっと笑って、彼のほうへ歩いていく。
差し出した手を叶人が取ると、そのまま軽く抱き寄せられた。
「唯ちゃんの声、ずるいよ。毎日聴いてるのに、落ち着く」
「私こそ……叶人くんが“ただいま”って言ってくれると、安心するの。本当に、帰ってきてくれたんだって」
「当たり前だよ。帰る場所、ここしかないもん」
そう言いながら、額を合わせるようにしてそっと触れ合う。
手のひらの温度、肌の匂い、声の響き――どれも、愛しい。
「……お腹すいた?」
「うん。あと、唯ちゃん不足」
「それは……ご飯の後でも?」
「できれば、ご飯前に少し充電させてください」
そう囁いた叶人の声がやけに甘くて、唯の胸がくすぐったくなる。
ソファーの上で、叶人は唯を膝の上に抱き上げたまま、頬をすり寄せて深く息を吐いた。
「……本当、今日も唯ちゃんの声、最高だったなあ」
「え? なにそれ、唐突すぎない?」
「いや、まじで。電話越しに聞いた瞬間、無意識に口角上がってた。絶対周りにバレてたと思う」
「……もー、職場で変な顔しないでよ」
照れながらも、唯は笑いをこらえる。けれど叶人の表情は真剣で、どこか少し恥ずかしそうでもあった。
「でもさ……やっぱ好きなんだよね。唯ちゃんの声。電話で最初に聴いたときも思ったけど、落ち着くし、ちょっと透けてる感じがして」
「透けてるって……どういう意味?」
「うまく言えないけど……声の奥に、ちゃんと感情があるっていうか。柔らかくて、静かにあったかくて。で、時々、甘えるみたいに揺れるでしょ。あれ、反則なんだよ」
唯の顔がみるみる赤くなる。
「……なにそれ……本当に、そんなふうに思ってたの?」
思わず問い返した唯の声が、ほんのりと熱を帯びる。
叶人は照れくさそうに笑いながら、けれど迷いなくうなずいた。
「ずっと。むしろ声から好きになったから、もう完全に“声目ぼれ”」
そう言ったあと、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
唯は息をのむように瞬きをしてから、静かに笑った。
「……そっか。じゃあ……電話、またかけるね。仕事でも、プライベートでも」
自然と手が叶人の服の裾を握っていた。
「うん。どっちでも大歓迎。ていうか、たまにわざと電話してもいい? 唯ちゃんの声聴きたくて」
「……叶人くん、本当に声フェチなんだね」
ほんの少しだけ甘えるような声色に、唯の心臓がくすぐったく跳ねる。
「うん、認める。もう完全に、唯ちゃん専属の声フェチです」
堂々と、けれどどこか子どもみたいな無邪気さで言い切る彼に、唯はつい笑ってしまった。
こんなにも大切にされて、真っ直ぐに想われている自分が、なんだか不思議で、幸せで。
「──そんなに好きなら、夜寝る前にも電話してあげよっか。隣にいるけど」
「じゃあ、その“おやすみコール”、録音決定」
思わず笑い合いながら、額をこつんとぶつけるように寄せ合って、ふたりの時間はそのまま、静かに夜へと続いていく。
──たった一声に恋をした、あの日の想いは。
今では、毎日の「おかえり」や「おやすみ」に溶け込んでいる。
そしてきっと、これからも。
何度でも恋をする。
同じ声、同じ人に。
今日もまた、“声目ぼれ”の続きを生きてる。
「唯ちゃん、“好き”って言って?」
「……大好きだよ、叶人くん」
END
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