恋するこだま食堂 〜一膳に詰めた想い〜

Sena

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第10話 味見係、お願いします


雫が隣に引っ越してきてから、週末の恒例がひとつ増えた。

――ピンポーン。

「……これ、今週分。冷蔵庫にすぐ入れて。ちゃんと食えよ」

ドアを開けると、朔がタッパーを差し出してくる。
その中には、きんぴらごぼう、煮物、出汁巻き卵、そしてひじき。

「え、こんなに……! いつもありがとうございます」

思わず手を伸ばすと、朔の指と触れた。
一瞬、ぴたりと目が合い、雫は少しだけ照れ笑いを浮かべる。

「最近、私の身体……朔さんの料理でできてる気がします。……ちょっと大げさですけど」

軽く笑って言うと、朔は一瞬ぽかんとして――

「……は? なに言ってんすか」
 
いつものぶっきらぼうな調子。けれど、耳がじわじわと赤く染まっていくのがよく分かる。
 

「まぁ、ちゃんと食べてくれてるのは……いいことだと思ってます」
 
ぽつりとこぼしたその声は、そっけないようでいて、どこかくすぐったそうだった。
 
(ふふ、ばっちり照れてる)

雫は気づかないふりをして、ひじきのタッパーをのぞき込む。

「……あ。枝豆、入ってる」

「……」

「これ、私が“好きだ”って言ったの……覚えてたんですか?」

朔は少しだけ視線を逸らしてから、答える。

「……まぁ、なんとなく。頭の片隅に」
 
「やだ、嬉しい……なんか、栄養と一緒に愛情まで摂取してる気分」

「愛情は入れてないです」

すぐさま返された言葉。
でもその声は、少しだけ上ずっていて――視線は、雫の頬あたりをさまよっている。

「朔さんって、本当に優しいですよね」
 
「いや、違います。これは“栄養管理”なんで」
 
「栄養管理?」
 
「食生活がアレな人が隣にいると、俺の精神衛生上、よくないんで」
 
「ふふ、なるほど。責任感、強いんですね」
 
からかうように言うと、朔は苦々しげに顔をしかめた。
 
「……そういうの、あんま真に受けないでください」

「でも、本当に助かってます。お惣菜も、気遣いも。朔さんがいてくれて、よかったなって思います」

自然と出た言葉に、朔はほんの一瞬だけ、動きを止める。

「……俺も。そう思ってますよ」

「え?」

思いがけない本音に、思わず聞き返す。

「雫さんが隣に来てから……なんかこう、空気が変わったっていうか」

「空気?」

「部屋の中の空気じゃなくて……なんか、生活の空気?」

ふわっとした言い回しに、思わず笑いそうになる。でも、その曖昧さすら、彼らしくて。

「……私、そんなに影響与えてました?」

「けっこう」

「わ、即答だ」

ちょっと照れながら見つめると、朔も視線を合わせてきた。

そのまなざしが、なんでもない言葉を、特別に変えてくる。

――私、こんなふうに誰かに“想われてる”って、思っていいのかな。
そう思った瞬間、頬がほんのり熱を帯びた。

「……ねぇ、朔さん」

雫はふと、少しだけ悪戯っぽく口を開く。

「“栄養管理”って言ってたけど。しばらく続けてくれるってことですよね?」

「……それは、その……」

「“責任感ある隣人”として?」

「……ま、まぁ」

朔が目を泳がせた瞬間、雫はぐっと顔を近づけて、囁く。

「じゃあ……そのうち、“栄養だけじゃ足りない”って言い出したら、どうします?」

「……は?」

見事なまでに固まる朔。

「ふふ、冗談です」

とびきり無邪気に笑うと、彼は顔を伏せて、何かをこらえるように眉間にしわを寄せた。

「……ほんっと、油断ならないっすね、雫さんは」

「うん。よく言われます。“となりの小悪魔”って」

「……それ、自覚あったんすね」

口では文句を言いながらも、朔の目元はやわらかい。
 
「今度、お礼させてください。料理は得意じゃないから、別のことで……」
 
言ったそばから、雫は内心どきどきしていた。咄嗟に口にしたはいいものの、何ができるんだろう。
でも――“何かしたい”という気持ちは、本当だった。
 
「は? いや、それは……別に、いいっすよ」
 
朔は思った通り、少し戸惑ったような声を返してくる。

「ほら。栄養管理されっぱなしだと、なんか申し訳ないじゃないですか」
 
冗談めかして笑ってみせると、朔は目を伏せて、少しだけ息を吐いた。
 
「……じゃあ、味見係になってもらえますか」
 
「え?」
 
思わぬ提案に、雫は一瞬きょとんとした。
 

「修行中のメニュー、親父には『もっと経験積んでから出せ』って言われたけど……そのために誰かに食べてもらいたくて」
 
「……そんな大事な役、私でいいんですか?」

心の奥がふっと緩む。誰かに“頼られる”って、こんなに嬉しいんだっけ。

「むしろ、雫さんしかいないっすよ」

「……それ、私に断る権利、ありました?」

「ないっすね」

二人で顔を見合わせ、ふっと笑いあう。

「じゃあ、責任もって務めます。味見係」

「文句、言っていいんで。遠慮なくお願いします」

「言いますよ、がっつり。ダメな時は『味しない』とか」

「……言い方……」

わざとらしく肩を落とす朔に、雫はくすくすと笑い声を漏らした。

何気ないやりとりには、“二人だけの約束”みたいな空気があって。

じんわりと胸の奥に、小さな熱が灯る。

(“距離が近づいてる”ってこういうこと……?)

思わず触れられそうな距離にいるのに、
まだ“好き”って言葉には届かない。

――でも、届かないからこそ、今はちょうどいい。

この関係はきっと、ゆっくり火が通って、
気づけば手放せないくらい、深くなる。

「……朔さん」

「はい?」

「“味見”って、料理以外でもアリですか?」

「……は?」

「たとえば、空気感とか、空気感とか……」

「それ、味しないっすけど」

「“しない”って、言い切れます?」

「……本当、油断できねぇ」

朔が頭をかかえながらも、どこか楽しそうに笑う。
雫もそれを見て、そっと笑い返した。

隣同士の部屋で、静かに育っていくふたりの距離。
まだ名前のない関係が、少しずつ、少しずつ――輪郭を帯びていく。
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