恋するこだま食堂 〜一膳に詰めた想い〜

Sena

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第11話 味見係、本格始動


土曜の朝、「こだま」の開店前。

客のいない店内には、朝の光と食欲をそそる香りが満ちていた。

「……これ、味見お願いできますか」
 
厨房から出てきた朔が、小皿をそっと差し出す。
肉じゃが、だし巻き卵、鶏の柚子胡椒焼き――見た目からしてすでに“美味しそう”だった。

ひと口食べて、雫はぴたりと箸を止める。

「……えっ、本当に朔さんが作ったんですか?」
 
「そこまで驚かれると、傷つくんですけど」
 
口を尖らせながらも、目元は少し緩んでいる。
 
「すごく、美味しい……!優しい味っていうか……丁寧さが、すごく伝わってきます」
 
「……そっか。なら、よかった」

雫がふっと笑いながら、箸を置く。

「こんなに美味しい料理が作れるのに、愛想ないのが惜しいですね」

朔は少し考えてから、ぽつり。

「料理に集中してると、無口になっちゃうんすよ。しゃべるより手動かしたいっていうか」

「なるほど、職人肌ってやつですね」

照れ隠しのように、朔は鼻をすんと鳴らす。

「そうかもしれないっすね。……まあ、こんなに話すのは、雫さんだけで十分なんで」
 
その言葉に、ふと空気が甘くなる。

「……毎回、こうやって誰かに味見してもらえたら、もっと頑張れる気がするんで」

「もしかして私……期待されてます?」

少しからかうように言うと、朔は照れたように目を逸らした。

「……悪いっすか。味見係、わりと大事なんで」

「任命、ですか?」

「そう。正式に」

「任命証とかないんですか?」

「……じゃあ今度、スタンプ押した紙でも用意しときます」

「それ絶対、手書きですよね」

くすくす笑いながら、雫は小さくうなずいた。

「でも、ちゃんと大事にしますね。味見係、責任重大ですから」

「ああ。……だから、気軽にさぼったり、他の店で味見とか、なしで」

「え、浮気禁止とか、けっこう重いルールついてるんですね」

「……当然だろ」

朔の視線が、まっすぐ自分を捉えていた。

──あ、この人、冗談で言ってない。

胸の奥に、優しい香りと一緒に、あたたかい気持ちがゆっくりと広がっていった。



その日から、雫の“味見係”生活が始まった。

開店前の静かな時間。
閉店後の少し疲れた空気の中。

小皿に乗せられた一品を前に、雫は真剣に箸を伸ばす。
 
「……今日のは、ちょっと薄味、かも」

そう伝えると、朔はほんの少し眉を下げて、珍しくしょんぼりとした顔を見せた。

「だよな。自分でも、なんか物足りないと思ってた」

いつものそっけなさからは想像できないその表情に、胸がきゅっとなる。

「でも、素材の味はちゃんと出てます。私、この味、けっこう好きです」

慌てて付け加えると、朔は顔を上げて、ほっとしたように笑った。

──その小さな笑顔が、なぜかやたらと、特別に思えて。

また別の日。魚を焦がしてしまったらしく、朔は申し訳なさそうに頭をかいた。

「……ごめん、焼きすぎた」

「大丈夫です! 私なんて、魚を石にしたことあります」

「石……?」

「もうフォークも刺さらないレベルで。あれは事故です」

朔は一瞬きょとんとしてから、ふっと吹き出した。

「……じゃあ今日のは、全然マシか」

「むしろ高級感ありますよ。炭火焼きみたいで」

「強がり下手すぎだろ、それ」

ふたりで笑って、味見して――
そんな時間が、だんだんと心地よくなっていく。
 
「……雫さんが食べてくれると、不思議と安心します。なんか、自分の気持ちがちゃんと届いてる気がして」

ぽろりと漏れたその言葉に、雫の手が止まる。
朔も自ら発した言葉に気づいたようで、慌てて首を振り、視線を逸らした。

「……あ、いや、料理の話です。いつもちゃんと味わってくれるから」

「ふふ。ちゃんと、伝わってますよ」

そう微笑むと、朔の耳がほんのり赤くなっていた。

味見係という名の、ささやかな時間。
美味しい料理と、不器用な優しさが、少しずつ日々に積もっていく。

まだ互いに気づいていない恋の気配は、すぐそこに立ちのぼっていた。
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