恋するこだま食堂 〜一膳に詰めた想い〜

Sena

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第30話 ずっと、隣にいて


恋人になった朔さんは思っていた以上に、甘かった。

相変わらずぶっきらぼうで、無愛想だけど、時々照れ隠しみたいに舌打ちをする。

それに、こんなにも柔らかな愛情を隠していたなんて、雫は知らなかった。

店に顔を出せば、厨房の奥からさりげなくカウンター席にやってくる。

料理教室でも、包丁を握る手を覗き込まれるたび、背中越しに彼の体温がじりじり近づいてきて──

……たぶん、無意識。
それが余計にずるい。



その日も、朔の部屋で料理本を一緒に眺めていた。
ページをめくろうとした瞬間、背後からふわりと腕が回される。

「……朔さん?」

朔の顎が、肩に落ちた。
首筋をなぞるような息が、柔らかくて、くすぐったい。

反射的に振り返る。

「どうしたの……?」

「ん」

何事もない顔で本を覗き込むくせに、耳がほんのり赤い。

「このソース、美味そうだな。今度、雫さんに作ってやる」

さらっと、そんなことを言いながら、腰まで引き寄せられる。

(なにこの朔さん。誰……?)

こんな甘え方する人なんて、聞いてない。
顔が熱くなるのを必死で隠しながら、ぽつりとこぼす。

「……そういうの、反則です」

「普通だろ?」

耳元に落ちた声が、じんわりと肌を這う。

(……全然、普通じゃないですから)

どこまで分かってやってるんだろう、この人。

「朔さん、わざとでしょ」

「さあ?」

肩に乗った顎が、ちょっとだけ重たくなった。
彼が微笑んでいるのが、背中越しに伝わってくる。

(ずるい。ずるいけど……)

でも、こうして“私だけが知ってる朔さん”に触れられることが、たまらなく嬉しい。

胸の奥が、甘く、じんわりと満たされていく。

別の日の夜。
朔の部屋で、映画を観ていた。

部屋の灯りは落としてあって、
スクリーンの淡い光が、二人を照らしている。

静かなBGMと、二人分の吐息だけが流れる中――
ふと、彼の頭がそっと雫の肩に触れた。

「……寝てる?」

小さく問いかけた瞬間。
大きな手が、そっと雫の手に重なる。

指と指を、丁寧に絡めるように。

(……かわいい)

普段はあんなに男らしいのに、ずるい。
ほんと、ずるい。

そんなことを思っていたら──

「……雫さん」

低くかすれた声が、空気を震わせる。
朔はスクリーンに視線を向けたまま、ぽつりとつぶやく。

「俺、こんなにひっついて……重くないか?」

「え?」

意外すぎて、思わず聞き返す。

「それは、物理的にってこと?」

クスクス笑いながら聞き返すと「ちげぇ」と返ってくる。

「俺の、こういうとこ。……嫌じゃないか?」

その横顔には、不安と戸惑い。
どこか子どもみたいな影を宿していて、
思わず胸が、きゅっとなる。

雫はそっと、朔の手を握り返す。

「私ね、こんなふうに大切にされたこと、なかったの」

喉の奥が熱くなる。
それでも、気持ちを伝えたくて。

「だから全然、重くなんかない。……むしろ、すごく嬉しい。……幸せです」

その瞬間。
朔の肩が、すこしだけ震えた。

まるで、その一言を、ずっと待っていたみたいに。

「……そっか」

息のように声が漏れたあと、朔は何も言わずに、雫を抱きしめた。

その腕は、深くて、あたたかくて、優しくて。
何もかも、包み込むようで――もう、何も怖くない。

(……好き。こんなにも、大好き)

耳元に、彼の心音が、優しく響く。

しばらくそのまま、何も言わず、抱き合っていた。

そして──

「……ずっと、俺の隣にいてほしい、雫さん」

ぽつんと落ちたその言葉が、心の奥に届いて、ゆっくり溶けていく。

雫は、そっと頷いた。

「……はい」

たった一言なのに、
胸の奥に、じわりと熱が広がっていく。

朔の腕の中で、静かにまばたきをする。
少し顔を上げると、彼も同じように雫を見ていて――

「……あの、朔さん」

「ん?」

「そろそろ、手を離してくれないと……私、たぶん溶けます」

「……?」

朔がきょとんとした顔をするので、
雫は頬を赤くしながら、小さく言い足す。

「だって……こんなにくっつかれてたら、呼吸できなくなるくらい、ドキドキしてるんですけど……」

一瞬の静寂。

そのあと、ふっと朔の口元がゆるんだ。

「じゃあ、人工呼吸の準備しとくか」

「ばっ……! やめてくださいっ、そういうの心臓に悪い!」

「いや、そっちが“溶ける”とか言うから……」

「そういう返し、ズルいですってば……」

朔はくすっと笑って、今度はおでこにそっとキスをくれた。

「かわいすぎて、油断すると食べそうになる」

「……たまご料理じゃないんですけど?」

「たまご料理なんて比じゃないくらい、好き」

……やっぱり、ズルい。

(……付き合い始めって、こんなに毎日キュンキュンするんだっけ)

気づけばまた、雫の心臓は全力疾走していた。

 
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