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第33話 きみに近づく夜
――あの夜から、数日が過ぎた。
思い返すたび、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ほんの数秒、触れたぬくもりまで、まだ残っている気がして。
夕食を終えたあと、二人はソファで向かい合っていた。
けれど、今夜の空気はいつものように笑い合えるものではなかった。
なにかが、変わる——
二人ともそんな予感を抱いていた。
「雫」
ただ名前を呼ばれただけなのに、どくん、と心臓が跳ねた。
「俺さ……」
そっと差し出された朔の手が、雫の指先ごと包み込む。
「……本当に、大事なんだ。あんたのこと」
ゆっくりと親指が手の甲をなぞるたび、息が詰まる。
「笑ってる顔が、好きなんだ。……ずっと、見ていたい。そのためなら、俺……何でもする」
ストレートな言葉に、視線を外せなかった。
「俺の隣にいてほしい。もっと近くで、守らせてほしい」
迷いのない瞳に見つめられて、胸がきゅっと締めつけられる。
“守られたい”なんて思ったことなかったのに、今だけは違った。
この人になら、全てを預けたい。
強がりも、不安も、なにもかも——
「……朔さん……」
雫の手が自然と動く。
ぎゅっと、彼の手を握り返していた。
言葉は、選べなかった。
ただ、心のままに——
「私……朔さんの全部、受け入れたいです」
一瞬、朔の瞳が揺れ、すぐに強く温かい力で包み込まれる。
「……不器用なところも、ぶっきらぼうなとこも……それに、こんなふうに優しいとこも」
ぽつり、ぽつりと、こぼれていく言葉。
「全部、大好きだから」
吐き出した瞬間、頬が熱くなる。
朔の耳が、ゆっくりと赤く染まっていく。
視線が絡んだまま、ふいに目を逸らしたかと思えば——すぐ、雫の目の前にしゃがみ込んだ。
両手が、迷いなく雫の頬を包む。
その手つきは、大事なものを扱うみたいに優しい。
近づいてくる顔。
息が混ざる距離。
——そっと、唇が触れた。
短いのに、やけに長く感じる時間。
熱が、体の奥まで広がっていく。
「……朔さんと、ずっと一緒にいたい」
その言葉と同時に、強く抱きしめられる。
「絶対、離さない」
鼓動が、二人の間でやけにうるさい。
朔の腕は、大きくて、あたたかくて。
ぎゅっと抱き寄せられるたび、心臓がどんどん速くなる。
そして──ふいに、朔の指が頬をなぞった。
ゆっくり、やわらかく、撫でるように。
たったそれだけなのに、背筋がピクリと震える。
「雫……そんな顔、されたら……本当にもう、もたねぇよ」
「……どんな顔、ですか」
わざと問い返すと、頬に軽い口づけが落ちる。
「可愛すぎて、やばい。必死で耐えてる」
苦笑いまじりのその言葉に、耳が熱くなる。
笑っているのに、どこか余裕がない。
それが、たまらなく愛しい。
朔の唇が、今度は耳のすぐ近くをかすめた。
「……触れて、いいか?」
雫は答えるかわりに、小さく頷く。
朔の指先が、そっと首筋をなぞる。
ぞくりと走る感覚が、肌をじわじわと染めていく。
「……っぁ……」
思わず、吐息がこぼれた。
「その声、……反則」
朔の指先はためらうように、雫をなぞっていく。
「怖くないか?」
「……うん……でも、なんか……変な感じで……」
「その“変な感じ”も、俺だけに見せろ」
くすぐったくて、恥ずかしくて、なのに身体の奥が、じんわり熱くなっていく。
この人に触れられるだけで、自分がどんどん変わっていくのがわかる。
「もう、全部……朔さんのせいですよ」
朔はその顔を見て、一瞬、息を止めた。
「……ほんと、無理……そんな顔、ずるいだろ……」
雫の首筋に、そっと唇が降りる。
ぬるく、甘く、音を立てながら吸いつかれるたび、体がびくんと反応する。
「……朔さん……っ変になりそう……」
「いいよ、変になって。俺も同じだから」
朔の視線が、じっと雫を見つめる。
それだけで、まるで身体の奥まで見透かされているようだった。
「……やめないで……」
雫の小さな声が、空気をふるわせた。
朔は、言葉を返さない。
けれどすぐに、その唇がふたたび雫の肌に降りる。
そして、唇のすぐ近くで、低く囁いた。
「本当に、いいのか」
雫は、ただ静かに頷いた。
そのまま、朔のシャツの裾を、震える手でぎゅっと掴む。
二人の夜が、そっと、始まりを告げた。
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