恋するこだま食堂 〜一膳に詰めた想い〜

Sena

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第35話 朔の秘めたる独占欲 ①


暖簾が下ろされた夜の「こだま」には、いつもと違う熱気がこもっていた。
懐かしい顔ぶれ。笑い声。酒の匂い──。

朔はカウンターに寄りかかりながら、静かにグラスを傾けていた。

雫には「貸切」とだけ伝えてある。嘘ではない。
……この空間に彼女を入れる気にはどうしてもなれなかった。

見せたい。でも、触れさせたくない。
胸の奥がざらつく。そんなとき──

「なあ朔、お前って今、彼女いるんだっけ?」

唐突に飛んできた質問に、朔はわずかに眉を動かす。

「……別に」

「……あ、今の“別に”は怪しいやつ!」

「絶対いるだろ、お前がその顔で否定すると逆にバレバレなんだよ」

「いるけど、普通の子」

あっさり言いながら、どこか柔らかくなってしまう声。

すると、

一瞬で周囲がざわめき立つ。

「うわ~!“普通”って言い方いちばん惚れてる時のやつ!」

「ほら、惚気けたいけどできないやつだろ!」

「あの朔が、惚気けるとは……これは会わせてもらうしかないな」

「無理だ。あり得ない」

それは本心だった。
けど同時に──名前だけでも、言いたくなってしまう。

「……雫っていうんだ」

「名前出た!お前、マジで好きだな!?」

「これはもう呼ぼうぜ!?俺たちも“朔の大事な人”見たい!!」

「やめ──」

朔は顔をしかめてグラスをあおる。

「おい、図星つかれると酒でごまかすのやめろ」

友人の田中がニヤニヤしながら突っ込む。

「……黙れ」

「なぁ朔、お前さっきから“雫”って言うたびに声が甘ぇんだよ。気づいてる?」

「聞いてるこっちが照れるわ!」

「……っ」

耳まで真っ赤になった朔は、また一口、二口と無心にグラスを傾ける。

「ほら見ろ!飲むペースが上がった!」

「完全に惚気け倒す前に酔い潰れるパターンだな」

周囲は拍手と笑い声で盛り上がる。

「やめろ……もう、やめろって……」

低い声で抗議しながらも、朔のまぶたはだんだん重くなっていく。

「うわ、船漕ぎはじめたぞ!」

「潰れるまで、秒読み入ったな!」

「……ちくしょう……」

ぼそっと呟いたあと、朔はそのままテーブルに突っ伏した。

「やめ──……ろ」

もう、遅かった。
泥酔した朔は、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。

「……よし、今しかねぇ」

ニヤつきながら誰かが朔のスマホを操作する。

表示された【雫】の名前に、ためらいなく指が伸び──



数十分後、引き戸がかすかに音を立てて開く。

「……こんばんは」

現れた雫の姿に、一瞬で場が静まる。

「わっ、本当に来てくれた!」

「いや、ごめんね!でもさ、朔が女の子の名前を口にしたの、俺ら初めて聞いたんだよ!」

「……えっと、朔さんが呼んだって……」

「本人、寝てるけどね!」

どっと笑いが起こる中、雫の視線は自然と朔に吸い寄せられていった。

普段とは違うあまりにも無防備な寝顔に、雫の胸がふわっと熱くなる。

「……かわいい」

こぼれた声に、全員が一瞬固まり──

「うおお!?やばい!」

「雫ちゃんも最高じゃん!ねぇ、本当来てくれてありがとう!」

場がなごみ、差し出された酒に、雫は照れながらも応じた。

知らない人たちなのに、なんだかあたたかい。

けれど次の瞬間──

「……ん……」

突っ伏していた朔が、ゆっくりと顔を上げた。

「……雫……?」

朔の寝ぼけ眼が彼女を捉えた瞬間、すっと鋭く変わった。

「……なんでいるんだ」

ふらつきながら立ち上がり、まっすぐ雫の元へ向かってくる朔。
その気配に、周囲の空気が凍った。

「ちょっ、朔……?」

「……誰にも、渡さねぇ」

耳元に、かすれた声が落ちる。
低くて、熱くて、独占欲そのもの。

雫の身体がびくんと震えた。

「ひゃ、ひゃああ……ご、ごめん雫ちゃん、俺らそろそろ帰るね!?」

「マジでごめん!空気読めなくて!」

「幸せになれよなあああああ!!」

蜘蛛の子を散らすように、友人たちは次々と逃げていった。

そして店の鍵が、カチリと閉まる音。
静まり返った店内に残されたのは、朔と雫、ふたりだけ。
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