36 / 104
第35話 朔の秘めたる独占欲 ①
暖簾が下ろされた夜の「こだま」には、いつもと違う熱気がこもっていた。
懐かしい顔ぶれ。笑い声。酒の匂い──。
朔はカウンターに寄りかかりながら、静かにグラスを傾けていた。
雫には「貸切」とだけ伝えてある。嘘ではない。
……この空間に彼女を入れる気にはどうしてもなれなかった。
見せたい。でも、触れさせたくない。
胸の奥がざらつく。そんなとき──
「なあ朔、お前って今、彼女いるんだっけ?」
唐突に飛んできた質問に、朔はわずかに眉を動かす。
「……別に」
「……あ、今の“別に”は怪しいやつ!」
「絶対いるだろ、お前がその顔で否定すると逆にバレバレなんだよ」
「いるけど、普通の子」
あっさり言いながら、どこか柔らかくなってしまう声。
すると、
一瞬で周囲がざわめき立つ。
「うわ~!“普通”って言い方いちばん惚れてる時のやつ!」
「ほら、惚気けたいけどできないやつだろ!」
「あの朔が、惚気けるとは……これは会わせてもらうしかないな」
「無理だ。あり得ない」
それは本心だった。
けど同時に──名前だけでも、言いたくなってしまう。
「……雫っていうんだ」
「名前出た!お前、マジで好きだな!?」
「これはもう呼ぼうぜ!?俺たちも“朔の大事な人”見たい!!」
「やめ──」
朔は顔をしかめてグラスをあおる。
「おい、図星つかれると酒でごまかすのやめろ」
友人の田中がニヤニヤしながら突っ込む。
「……黙れ」
「なぁ朔、お前さっきから“雫”って言うたびに声が甘ぇんだよ。気づいてる?」
「聞いてるこっちが照れるわ!」
「……っ」
耳まで真っ赤になった朔は、また一口、二口と無心にグラスを傾ける。
「ほら見ろ!飲むペースが上がった!」
「完全に惚気け倒す前に酔い潰れるパターンだな」
周囲は拍手と笑い声で盛り上がる。
「やめろ……もう、やめろって……」
低い声で抗議しながらも、朔のまぶたはだんだん重くなっていく。
「うわ、船漕ぎはじめたぞ!」
「潰れるまで、秒読み入ったな!」
「……ちくしょう……」
ぼそっと呟いたあと、朔はそのままテーブルに突っ伏した。
「やめ──……ろ」
もう、遅かった。
泥酔した朔は、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「……よし、今しかねぇ」
ニヤつきながら誰かが朔のスマホを操作する。
表示された【雫】の名前に、ためらいなく指が伸び──
*
数十分後、引き戸がかすかに音を立てて開く。
「……こんばんは」
現れた雫の姿に、一瞬で場が静まる。
「わっ、本当に来てくれた!」
「いや、ごめんね!でもさ、朔が女の子の名前を口にしたの、俺ら初めて聞いたんだよ!」
「……えっと、朔さんが呼んだって……」
「本人、寝てるけどね!」
どっと笑いが起こる中、雫の視線は自然と朔に吸い寄せられていった。
普段とは違うあまりにも無防備な寝顔に、雫の胸がふわっと熱くなる。
「……かわいい」
こぼれた声に、全員が一瞬固まり──
「うおお!?やばい!」
「雫ちゃんも最高じゃん!ねぇ、本当来てくれてありがとう!」
場がなごみ、差し出された酒に、雫は照れながらも応じた。
知らない人たちなのに、なんだかあたたかい。
けれど次の瞬間──
「……ん……」
突っ伏していた朔が、ゆっくりと顔を上げた。
「……雫……?」
朔の寝ぼけ眼が彼女を捉えた瞬間、すっと鋭く変わった。
「……なんでいるんだ」
ふらつきながら立ち上がり、まっすぐ雫の元へ向かってくる朔。
その気配に、周囲の空気が凍った。
「ちょっ、朔……?」
「……誰にも、渡さねぇ」
耳元に、かすれた声が落ちる。
低くて、熱くて、独占欲そのもの。
雫の身体がびくんと震えた。
「ひゃ、ひゃああ……ご、ごめん雫ちゃん、俺らそろそろ帰るね!?」
「マジでごめん!空気読めなくて!」
「幸せになれよなあああああ!!」
蜘蛛の子を散らすように、友人たちは次々と逃げていった。
そして店の鍵が、カチリと閉まる音。
静まり返った店内に残されたのは、朔と雫、ふたりだけ。
あなたにおすすめの小説
優しいマッチョ先輩とみたらし
羽月☆
恋愛
マッチョの松田先輩ときれいだけど実は腹黒毒舌の百合先輩。
同期のいない私 鴻島みどりはふたりに仲良くしてもらってます。
会社でも並びの席で、飲み会でもたいてい三人一緒にいて。
優しい松田先輩にはお酒を勧められます。
飲み足りない顔をしてると思います。だって私は飲めるんです!
だけど三杯まで、お外では三杯までって決めてます。
今日も部屋で一人二次会。
だって恋活中の私はあふれる期待を胸に参加した飲み会で・・・まったく意識もされず。
なかなかうまくいかない恋活中の私。
どうしてなんでしょうか?
そんなにダメですか?
長い間掲げていた恋活中の看板、やっと下ろすことが出来ます。
緑のちょっと変な恋愛事情の話です。
仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています
小田恒子
恋愛
旧題:私達、(仮面)夫婦です。
*この作品は、アルファポリスエタニティブックスさまより、書籍化されることとなりました。
2022/07/15に本編と雅人編が引き下げとなり、書籍版のレンタルと差し替えとなります。
今井文香(いまいあやか) 31歳。
一児の母でシングルマザー。
そんな私が結婚する事に。
お相手は高宮雅人(たかみやまさと)34歳。
高宮ホールディングスの次男で専務取締役。
「君は対外的には妻であり母である前に、僕とは今後も他人だから」
要は愛のない仮面夫婦を演じろ、と。
私は娘を守る為、彼と結婚する。
連載開始日 2019/05/22
本編完結日 2019/08/10
雅人編連載開始日 2019/08/24
雅人編完結日 2019/10/03
(本編書籍化にあたり、こちらは多大なネタバレがあるため取り下げしております)
史那編開始 2020/01/21
史那編完結日 2020/04/01
2019/08/20ー08/21
ベリーズカフェランキング総合1位、ありがとうございます。
(書籍化に伴い、ベリーズさんのサイトは引き下げた上で削除しております)
作品の無断転載はご遠慮ください。
普通のOLは猛獣使いにはなれない
ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。
あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。
普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~
芙月みひろ
恋愛
ある日のランチで一緒になった男性。苦手だと思っていた彼が、ほとんど話したことのなかった中学の同級生だったことが分かり……