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第36話 熱の残り香
ぼんやりとした頭。
まだ体の奥に、微かに残る火照りと甘いだるさ。
(……あ)
胸元に手を当てた瞬間、昨夜の記憶がふわりとよみがえる。
「……ふふっ」
思わず、口元がゆるむ。
朔の低い声。
触れるたび、揺れるたび、名前を何度も呼んでくれた。
いつもの無口で落ち着いた彼じゃなくて、熱くて、必死で、ちょっと乱暴で。
(……思い出しただけで、キュンってする……)
毛布の端をぎゅっと掴み、足先をもじもじと動かす。
「……本当に、すごかったな……」
ぽつりと漏らして、すぐに自分の顔を両手で覆った。声に出すと、余計に恥ずかしい。
隣を見ると、朔はまだ静かに眠っていた。
落ち着いた寝息、少し乱れた髪、眉間にはしわもなくて――まるで、少年みたいな寝顔。
(……昨日あんなにカッコよかったのに、今はこんな顔で寝てるの、ずるい)
そんなことを思いながら、雫はそっと身体を起こす。
朔の寝顔をちらりと見下ろし、小さなイタズラ心が芽生える。
(……寝てる間に、ちょっとだけ反撃しとこ)
そっと顔を近づけ、耳たぶに、やわらかくキスを落とす。
「……昨日のお返し」
囁き声と同時に、唇がふれると――ぴくん、と朔の肩が動いた。
(……あ、反応した)
面白くなって、今度は首筋に指先で「すき」って書いてみる。
それでもまだ目を開けない朔に、小声で囁いた。
「朔さんの全部も、私だけのものだよ……?」
横で眠っている朔を見つめたあと、
「こだま」の店内へ移動する。
まだ開店前の、静かな空間。
厨房の前を通ったとき、ふいに頭に浮かんだのは、昨夜の“とあるシーン”。
(……ここでも……あんなふうに……っ)
一気に頬が熱くなり、ぶんぶんと首を振る。
(ダメダメダメ! 思い出すな私! 記憶封印!)
軽く自分の頬をぺちぺち叩いてから、小声で誰もいない店内に挨拶をする。
「……お、おはようございまーす……」
*
一方、その頃――
朔も、静かに目を覚ました。
「あ……雫……?」
ぼんやりする頭を振り払って、周囲を見渡す。
隣にいるはずの雫が、いない。
「……っ!」
心臓がきゅっと締めつけられ、背筋が凍る。
(逃げた……? 嫌われた……?)
昨夜の記憶が、断片的に蘇る。
自分でも信じられないほどの熱――そして、我を忘れたような激しさ。
(……最低だ。怖がらせたに決まってる)
「くそっ……!」
床を蹴って立ち上がり、ほとんど駆け出すように店へ向かう。
「雫! 雫……っ!」
声が震える。
二度と顔も見たくないって思われて……。
(……嫌だ、嘘だ、違うって言ってくれ……)
そのとき。厨房の奥に、小さな背中を見つけた。
「雫……っ!!」
思わず駆け寄り、背後からぎゅっと抱きしめる。
「わっ……! さ、朔さん!?」
雫が驚いて振り向くと、朔は彼女を抱きしめたまま動かない。
「……よかった……まだ、いてくれた……」
その声に、雫は目を丸くする。
「ど、どうしたんですか? まだ酔ってる……?」
雫は不思議そうに、でもどこか優しく笑う。
けれど、朔の表情は深刻なまま。
「……昨日のこと……本当にごめん。加減、できなくて……怖かったよな。痛かったかもしれないのに……」
普段は冷静な彼が、取り乱すほど心配している。
――その事実に、雫の胸がきゅっとなる。
「……そんなこと、ないです」
小さな声で紡がれた言葉に、朔が顔を上げる。
「たしかに……ちょっと激しかったけど。でも……朔さんが、私を“欲しい”って思ってくれたの、嬉しかったから」
頬を染め、指先で胸元をそっと押さえる。
「それに……すごく、気持ちよかったから。だから……大丈夫」
語尾がだんだん小さくなる。
自分で言って、さらに赤くなった。
朔は大きく息を吐き、安堵をにじませた。
「本当に、優しすぎるだろ、お前……」
指先で雫の頬を確かめるように撫でる。
「……でも、念のため。痛いとこないか? 無理はしてねぇか? ……どこか、傷ついてないか? ちゃんと見せてみろ」
「うーん……たぶん、大丈夫ですけど……」
雫は少し首を傾げ、朔の目をじっと見つめたあと、ふっと笑う。
「……まさか、ここで“全部見せろ”って言ってる?」
唇の端を上げて、まるで試すように見上げてくる。
朔はぐっと喉を鳴らし、目を細めた。
「勘弁してくれ……我慢できなくなる。散々、抱き潰したばかりなのに……」
「ふふ……」
雫は朔の耳元にそっと顔を寄せ、甘く囁いた。
「……たまになら、いいですよ。抱き潰すの」
その声が耳に落ちた瞬間、朔の喉がごくりと鳴る。
「……雫、ほんと、俺……」
言葉にならない。
溢れ出す衝動を、どうにか抑えながら彼女を抱き寄せる。
もう一度、強く。
この甘く、愛おしい日々が永遠に続けばいいのにと、心の底から願った。
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