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第十一話 聖女入隊
しおりを挟むどうしましょう。
推しがめちゃくちゃ怒っています!
いやまぁ、わたし如きの語彙では推しの素晴らしさを表現するのに足りないということは分かるのですが……褒め足りませんでした?
まぁ、言っていても仕方ありません。
なぜわたしの神聖術が強力になっているかは知りませんが、使えるものはなんでも使う主義です。悪女ですからね。
「《深淵に座す混沌の王。時空を支配せし天魔の覇者よ。今こそ契約によりて顕れよ》」
ギル様の詠唱が始まりました。
今度という今度は本気なのでしょう。
本当に負けず嫌いなんですから……でも好き。
「《聞け王の言葉を。ひれ伏せ力なき者ども》」
わたしの足元と頭上に巨大な魔術陣が出現します。
直径百メルトくらいはあるんじゃないでしょうか?
今から全力で走ってもわたしの体力では逃げきれませんね。
「《我が威光の前に疾く散るがいい!》」
これやばいです。
わたしというよりは周囲の被害が半端ないと思います。
全力を出してくれるのはありがたいですけど、ギル様本気出しすぎでは?
わたしも動きましょう。
「『滅びと終焉の──」
「『浄化の光』です!」
「は?」
わたしは走りながら手を伸ばしました。
その瞬間、ギル様が展開した巨大な魔法陣が砕け散ります。
「く……ッ、ならば無詠唱で──」
「『浄化の光』です!」
「!?」
たとえ無詠唱であろうと魔術を発動していることには変わりません。
ですから、魔術を発動していそうな場所に祈りをぶつければ済みます。
ふふ! まぁこんなことはギル様も分かっているのでしょうけど。
「馬鹿なッ、上級魔術だけじゃなく、特級魔術まで……!」
「ギル様────!」
幸いにもわたしたちの彼我の距離はそれほど離れていません。
間合いに飛び込んだわたしに動揺してギル様は風の魔術を放ちました。
数百本の風の刃がわたしを襲います。
まぁまぁまぁ! なんと優しいことでしょう!
聖女の防護結界と風魔術の相性は悪いのに、あえて打ってくるなんて!
優しさが天元突破しています……! もはや神では!?
「しまっ、やりすぎ──」
「終わりですね」
わたしを包んでいた防護結界が粉々に砕け散りました。
同時にわたしは、ギル様のおでこに人差し指と親指をつけたものを突きつけています。
「は?」
せーのっ、ぱちん!
「これで終わり! です!」
「!?」
お、推しの額に触れてしまいました……この指、一生洗いません!
わたしのデコピンを受けたギル様は呆然自失としたご様子です。
さすがにやりすぎたでしょうか……。
わたしごとき聖女がギル様のご尊顔に触れるのは厚かましかったかもしれません。
ふぅ──……なにはともあれ。
「わたしの勝ちです。ギル様」
「…………」
「というか、いくら草原で誰も居ないとはいえ周りの被害も考えてくださいませ」
ちょっとお小言が混じってしまうのは仕方ないでしょう。
わたしたちが転移してきた草原は大量の水のせいで沼地のようになってますし。
ギル様が放った炎魔術でいたるところが焦げています。
長閑だった草原が戦場跡に早変わりですよ。
こんなに濃い魔の気配を出していたら魔獣が集まってきそうです。
「いくら手加減しているとはいえ、あんな本気の魔術を人に向けてはだめです」
「……じゃあなぜ貴様は無事なんだ」
「ご謙遜を。ギル様が手加減してくださったんですよね。ありがとう存じます」
「…………」
ギル様はしばらくお黙りになっていました。
至近距離でわたしの顔をじっと見つめ、そっと一息。
「……分かった、俺の負けだ聖女」
「ほんとですか!」
か、勝った!?
やったーー! 勝った、勝った!!
飛び上がって喜ぶわたしに「ただし」とギル様は指を持ち上げて私の突きつけます。
「俺は聖女に負けたのであって、魔術師として負けたわけではない。もしも君が魔術師であったなら絶っっ対に俺が勝ってた。そこのところ、はき違えてもらっては困る!」
「はい、もちろんです! ギル様は手加減してくれたのですものね!」
「……っ」
ギル様はまた顔を歪めてしまいました。
悔しそう……? どっちかというと怒っていそうな目ですが。
お可愛らしい……悔しそうな顔を写真にとっておさめたい。
とはいえです。
「ギル様、勝負を始める前のお約束を覚えていますか?」
「………………あぁ、俺に二言はない。貴様の小隊入りを認める」
「ほんとですか!」
言質、いただきました!
これでようやく、あなたを救う第一歩に……あれ?
「……どうした」
頭が重いです。身体がぐらり倒れてしまいました。
あぁ、推しに抱かれていることが嬉しいのに、この幸せを堪能したいのに。
なんだか、すごく熱いです。
意識が朦朧として。
身体が動かなくて。
なんだか、世界が暗くなっていくような──
◆
「おい、どうした。おい!」
俺は突然意識を失ったローズを抱えながら呼びかける。
まさかと思って額に触れれば、予想通り熱があった。
「魔力欠乏の症状……? 神聖術に魔力は使わない筈……つまりあの時か」
俺の最初の魔術を避けた土属性魔術だ。
本来聖女には使えないあれを使うために、相当な無茶をしたに違いない。
「…………そんなに、俺の小隊に入りたかったのか?」
なぜだ。なぜ、あんな顔をする。
俺の小隊に入れるというだけで、なぜそんなに嬉しそうなんだ。
死神の近くになんて──居ないほうがいいのに。
「…………調子が狂うな、まったく」
ため息をつき、俺は指を鳴らして自室に転移した。
ローズを空き部屋に寝かせ、教会から届いた彼女の荷物を近くに置く。
一見何の変哲もない茶革のトランクだが……。
「……………………何も仕掛けてないよな?」
なにせ太陽教会の荷物である。
あの不気味な聖女たちを統率する集団はどんな手段を使うか分からない。
「……念のため確かめておくか」
盗聴の魔具が仕掛けられている可能性もある。
あるいは俺の魔術技術を盗もうとゴーレムが仕込んであるのかも。
その可能性を潰すべく、俺は聖女のトランクを開けた。
「……………………は?」
ボロボロの布切れのような軍服が敷き詰められていた。
服の横には虫の入った瓶が置かれ、強烈な異臭を放っている。
「なんだ、これは」
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