12 / 61
第十二話 推しの怒り
しおりを挟む『ここはもう終わりだ。次の戦場に行かなければ』
荒野の丘に立ちながら、あの人はそう言いました。
夕焼けの光がご尊顔を照らし出し、わたしの心を突き刺します。
『第八魔王はすぐそこまで迫っている。俺が行かなければすべて終わる』
ダメ。行かないで。
そう声に出したかったのにこの時のわたしは愚かにも我慢をしました。
言いたいことを胸に押し込んで、仮面のような笑顔で言います。
『ご武運をお祈りしております。ギルティア様』
『あぁ。君も気を付けて』
風がわたしの髪を巻き上げ、視界が塞がりました。
白い線に覆われた世界の中でただあの人の声だけが耳に届きます。
『──もっと早く、君と出逢っていればよかったな』
わたしもそうです。
今さら言っても遅いのは分かっています。でも、お慕いしていました。
ずっと前にあなたと出逢っていれば、わたしは──
「ギルティア様……」
こんなに手を伸ばしているのに、あの人は空を飛んでいきます。
わたしの手は届きません。どれだけ伸ばしても。どれだけ希っても。
「行かないで」
ただ、そう言いたかっただけなのに。
どうしてわたしは、言えなかったんでしょう。
「死んでほしくないの。だから、お願い……」
「……俺は死なん。どこにも行かん」
温かいものに手が包まれました。
暗くて冷たい冬の風が遮られ、光がわたしの視界を覆っていきます。
「だから、安心して休め」
……これは、夢?
ずっと、そばに居たかった。
ずっと、聞いていたかった優しい声。
思わず頬が緩んで、胸の中が光で満たされていくのを感じます。
「うれしい」
「…………」
あぁ、でも眠いです。
もう少しだけ休ませてもらいましょう。もう少しだけ……。
…………。
……………………。
…………………………。
「んみゅ」
パチリ、と目が覚めました。
意識は冴え冴えとしていて、ばっちり覚醒しています。
「起きたか」
見慣れない天井、現状把握を最優先。
わたしが周りを見渡すと、端正な顔が見えました。
「………………ギルティア様?」
「あぁ」
「ここは」
「君の部屋だ。まぁ、空き部屋の一つに過ぎないが」
ギルティア様はベッドの横に椅子を置いて本を読んでいたようでした。
ぱたりと本を閉じて、わたしの顔を覗き込んできます。
…………って近すぎませんか!?
「もう熱はないようだな」
「はひ」
「だが顔が赤い。やはりもう少し寝ておくか?」
「い、いえ。結構です」
危なかった。推しのご尊顔を近くで摂取しすぎて尊死するところでした。
なかなかに破壊力がありますからね、推しの顔は。
自分の顔が魅力的過ぎることを自覚すべきですよ、まったく。
「そうか。わたしは勝負に勝って……倒れたんですね」
「……驚いていないようだな?」
「無茶をした自覚はありますからね」
実際、第四世代の魔術を使った時は身が裂かれるような苦痛がありました。
そのあとの神聖術も身体に負担をかけていたことは想像に難くありません。
「……そんなに俺の小隊に入りたかったのか」
「もちろんです。わたし、ギル様のファンですから」
「……」
お、推しと見つめ合っています……なにこれご褒美ですか?
「真剣、なのだな?」
「わたしは最初から最後まで真剣です」
真剣に、あなたを助けたいのです。
「……ところで、体調はどうだ」
いゃっほう! 推しの心配、いただきました!
わたしは飛び上がりたい気持ちを抑えながら頷きます。
「完全復活です。ご心配おかけしました」
「……そうか」
「そういえばギル様、なんだか手が温かいのですが……何かしました?」
「いや、何も」
「そうですか?」
もしや夢にうなされるわたしの手を握ってくれたのかと思いましたが。
さすがに都合がよすぎる妄想でしたか。
「ギル様が何もないというなら気のせいですね」
「あぁ」
ギル様は頷き、姿勢を正しました。
「体調に問題ないなら、俺の質問にも答えてもらおう」
「答えられるものなら」
推しが望むならスリーサイズでも答えますよ?
「一つ。君は太陽教会の手先として送り込まれたのか」
「Si。毎日報告書を書けと言われています。従うつもりはありませんが」
素直に答えたわたしに驚いたのか、ギル様が目を丸くしています。
ふふ。この程度のことならいくらでも答えますよ!
「二つ。君個人は教会が嫌いか?」
「Si。滅べばいいと思っています」
「……三つ。君は聖女のはずだ。なぜ魔術が使える?」
「それはわたしにも分かりません」
実際、土壇場で成功したわけですからね。
最初の魔術が成功しなければ神聖術を使うつもりでしたが。
「むしろわたしが教えて欲しいくらいです」
「……四つ。君は俺と会ったことがある?」
「Si。まぁ、ギル様は覚えていないと思いますが」
なにせ『一度目』の世界の出来事ですから。
嘘はついていません。この時間軸じゃないだけで。
もしかしたら、戦場のどこかで会っている可能性もありますしね。
「では最後の質問だ」
ギル様はそう言って、足元のトランクを見ました。
わたしが持ってきた荷物です。ギル様を救うために色々書き物を詰めました。
あとは着替えとか包帯とか。生活に必要なもの小物全般が入っています。
ですが……。
ギル様がトランクを開けると、ボロボロの布切れがありました。
非常食として入れてあったドライベリーの瓶は虫の死骸が詰められています。
「これはなんだ」
「あぁ、それは妹の嫌がらせですね」
「は?」
ギル様が険のある声を出しました。
もしかして……怒ってらっしゃる?
31
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる