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第三十三話 救援活動(?)
しおりを挟むドルハルト高山地帯は標高四千メルトに及ぶ高所である。
強力な魔獣が跋扈する危険地帯ではあるが、その分、山の水は清涼さを保っており、地下には龍脈も通っているため、ここでしか育たない植物は多い。山裾では龍脈の恩恵を受けた大規模な果樹園を運営しているから、収穫物を荒らされないためにも定期的に高所の魔獣を駆除していく必要がある。
魔力による身体強化で目的地に着いたサーシャ小隊は順調に任務をこなしていた。
「フレンダ! そちらに行きましたわ!」
「《大地よ、隆起せよ》『山波』!」
山の斜面でぴょんぴょんと跳ねまわっていた大型魔獣は土の壁に激突する。
直径三メルトを超える分厚い壁を破ろうと体当たりするが、壁はビクともしない。
「テディ! 次ですわ!」
「《風の精よ、焔を届ける船と為れ》『大気変容』
魔獣の周囲が魔法陣に囲まれ、空気の在りようが変わっていく。
空気中に含まれる元素を抽出、分解し、またたくまに酸素が増大。
可燃性の燃焼物質が生まれ、そこに火種を放り込めば──
「終わりですわ。《焔の精よ、出でよ》」
最小限の魔力で、ロウソクほどの火花で。
「『爆炎』!」
A級魔獣すら蒸発させる、大爆発を引き起こす!
ごうごうと燃えさかる爆炎は壁に閉じ込められ、上へ上へと焔の柱が立ち上る。火焔が収まるのを見たフレンダが土壁を解除すると、魔石だけが残された。
「サーシャ様、さすがです!」
「いい連携でした!」
「えぇ、あなたたちも。やりましたわね」
互いの成果をたたえ合ったサーシャたちは次の魔獣を駆除するべく移動する。
「それにしてもリネットの奴、馬鹿ですね。あんなにどんくさいのに」
「よりにもよって元聖女なんかについていくなんて。恩知らずにもほどがあるわ」
「今までサーシャ様に散々守られておいて、あれはないよねー」
「あなたたち、やめなさい」
サーシャはぴしゃりとたしなめた。
「人の悪口を影で言うものではありません。正面から言わなければ品位を疑われますわよ」
「ご、ごめんなさい、サーシャ様」
「……とはいえ、あなたたちの気持ちはありがたく思っています。ありがとう」
「「サーシャ様……」」
尊敬の眼差しを背中に受けながら、サーシャは気を引き締める。
(見てなさいリネットさん。そして元聖女。グレンデル家の実力を見せてあげますわ!)
ドルハルト高山地帯でも遺憾なく実力を発揮できている。
むしろ普段足を引っ張るリネットが居ない分、スムーズに進んでいるくらいだ。
「このまま小隊としてもS級として昇格しますわよ」
「「はい!」」
三人は断続的に出没する魔獣を狩りながら高山地帯を進む。
彼女たちに油断はなかった。慢心もなく、自信だけがあった。
それが仇となった。
「なんか、霧が出てきましたね……」
「ね。視界が悪くなってきた」
「……撤退しましょう。もう十分です」
サーシャは速やかに指示を出した。
霧が出るタイミングが不自然だったため、魔獣の罠の可能性を考えたのだ。
自信に裏付けられた確かな実力、この冷静な判断力こそサーシャがS級魔術師たる所以だ。
「どれくらいやっつけたかな?」
「五十体は堅いわね。報奨金もたんまり出るわよ」
「わーい! 私、帰ったらケーキたべぎゃべ」
「フレンダ?」
不自然に途切れた声に、残りの二人は振り返る。
フレンダの頭がなかった。
先ほどまで喋っていたフレンダの身体から、噴水のように血が噴き出す。
ぴしゃぁぁ……と血の雨を浴びた二人の目の前で、友人だった肉塊が倒れていく。
「きゃぁあああああああああああああああああ!!」
「フレ……っ」
凄まじい葛藤がサーシャの中で渦巻いた。
感情で踏み出しかけた足を、理性が無理やり押しとどめる。
近づくな。嫌。魔獣、友達が。襲撃、でも、ダメ。小隊長。責任。死、守る。
(救急信号……!)
紅い火の玉を打ち上げ、サーシャは涙に濡れた顔を上げる。
「い、いや、フレンダ、フレンダぁぁああ!」
「テディ、近づいてはいけません!」
「さーりゃ……さ、ぁ?」
振り返ったテディの胸から野太い爪が突き出した。
ごふ、と血を吐き出したテディが前のめりに倒れていく。
「サーシャ、さま……ごめん、なさ」
「テディーーーーーーーーーーーーーー!」
一瞬で二人の友を失ったサーシャの心は決壊した。
冷静さをかなぐり捨てた魔術の焔が霧を切り裂くが、手応えはない。
刹那、戦慄。
「…………っ」
サーシャは咄嗟にその場を飛び退いた。
直前までサーシャが居た場所を無慈悲な爪が通り過ぎていく。
「あ? これ避けんのか。意外とやるな、女」
声がした。
見れば、霧の向こうから異形の矮躯が立っている。
狼人間。人が七、犬が三の割合で構成された人ならざる異形──
「魔族……!!」
悪寒がサーシャの背中を駆け抜けた。
「なぜ、ここに……!」
「ハッ! 理由なんているか? 俺ら、戦争してんだぜ」
「……ぁ」
サーシャの記憶によぎる、リネットの言葉。
『ドルハルト高山地帯は、強力な魔獣がたくさん出るし──ま、魔族領域も近いから』
(あぁ、そうだ。そう、だった)
魔獣だけなら対処できる自信があった。高所での戦闘も自信があった。
それだけのものを積んできたと、サーシャ・グレンデルは自負している。
だが、サーシャは失念していた。
──今が戦時下であるという事実に。
「人族いたら殺す。これ、魔族の常識だぜ?」
「……っ、素直に殺されると!?」
「魔術か? 当てれるものなら当ててみな」
「《雷霆よ、迸れ》『雷の──」
後ろから気配がした。
「遅いぜ。女」
「っ!?」
咄嗟に身を翻したサーシャの胸に走る二つの赤い線。
皮一枚。だが、事実だけにとどまらない現実がそこにある。
(まったく、反応出来なかった……!)
サーシャは次々と魔術を放った。
火、水、風、雷、およそ自身に適性のある魔術すべてを試した。
それでも──
「遅い遅い、はっはー! そんなのいつまで経っても当たらねーよ!」
「ぐ……っ」
狼人間の特徴。圧倒的な膂力と素早さ。
魔術を捨てて身体能力を拡張した異形の力にサーシャは手も足も出ない。
思わず後ろに下がると、何か硬いものにぶつかった。
「ぁ」
咄嗟に下を見ると、周囲は血だまり。
踵は友達の頭だったものを蹴っていた。
「フレ……」
手も足も出ない相手、遺体が見上げる虚無の目、無力感。
──心が、折れる。
「わ、わた、くしは。ぁ、あぁああああ!」
「つまんねーの。お前の仲間、これだけか?」
目の前に魔族が居た。
「友達いねーのな、お前」
「……ぁ」
振り上げられる爪、ゆっくりに流れていく時間。
巨大な影が、落下する。
──ドンッ!!
「な、なんですの!?」
爆音、衝撃、土煙。
地鳴りのような震動で尻もちをついたサーシャは土煙の中に影を見る。
「もぉ~~~、死ぬかと思ったじゃない! いくらなんでも無茶すぎだよ!!」
(……っ、この声は!)
サーシャが目を見開いている間にも声は続く。
「第四世代魔術とゴーレムの跳躍力の合わせ技。これはなかなかにいけますね」
「ローズさん話聞いてる!?」
「Si。結果的にうまくいったからいいんじゃないですか?」
「死にそうになったけどね!!」
土煙が晴れ、人影が露わになる。
人型サイズの魔導機巧人形の肩にしがみつく、見慣れた姿。
怯えているのはいつものことだが、こちらを見た顔に安堵が滲んだ。
「り、リネットさん……?」
「そこの。えぇっと、なんでしったけ。サー・縦ロールさん」
「はい!?」
魔導機巧人形から降りて来たのは白髪の妖精だった。
そう見まがうほどに彼女は全体的に白い。
だがその瞳は、薄桃色に輝いていた。
「実験に巻き込まれる前に逃げてください。歩けますよね?」
「救援に駆け付けたわけではないので!?」
ローズと名乗った元大聖女は気だるげに頷いた。
「わたし、ギル様とリネット様以外は割とどうでもいいので」
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