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第三十五話 推しとの大喧嘩
しおりを挟む「ぎ、ギル様……!?」
「「ギルティア様……!」」
わたしと声がハモったリネット様とサー・縦ロールさん。
おそらく、わたしと彼女たちの声に乗った感情は違います。
喜び、安心。いいえ、それだけじゃありません。
わたしだって助けに来てくれて嬉しい。でも、でも、でも、
「なんで、来たんですか、ギル様……!」
ギル様は、ここに来たらいけない人なんです。
『一度目』の時はここに来たせいで足に一生の傷を負いました。
わたしたちを助けるために此処に来たら……また繰り返すことになります。
「君が危険に飛び込んだんだ。助けに来るに決まっているだろう」
「部下が、命令違反をしただけです。放っておけば……」
「俺は君の…………まぁ保護者、だからな」
ギル様は誤魔化すように言いました。
「さっさと逃げろ。ここは俺が食い止める」
「嫌です!」
わたしは血反吐を吐きながら叫びます。
ギル様は愕然と目を見開きました。
「………………今、なんと言った?」
「嫌と、言ったんです。推しを置いて一人で逃げるなんてありえません」
わたしが告げると、推しは固まってしまいました。
なぜそんな顔をされるのか分かりません。当たり前の話でしょうに。
ギル様が吹き飛ばしたとはいえ、狼男たちはほとんど生き残っています。
今はこちらの様子をうかがっているようですが、いつ襲ってくるかも分かりません。
「君は、俺が一人だと魔族に負けると思ってるのか?」
「いいえ。ギル様なら余裕で勝てます」
「ならどうして」
「わたしがギル様の仲間だからです」
「……っ」
推しに仲間だと公言するのは推し活的にどうなんでしょうと思いますけど。
わたしがやりたいのは推しを救うことであって、推しにすべてを押し付けることじゃありません。
大体、気に入らないんですよ。
まるでギル様の怪我が運命みたいじゃないですか。
せっかくリネット様とお友達になって魔導機巧人形を作ったのに……。
もしもこれが運命だとしたら、推しを救えないと言われているみたいで。
「俺は君を仲間だと思ったことはない」
ギル様は冷たく言いました。
感情の読めない表情でわたしを睨んでいます。
「君は元聖女で、放置してはおけない存在だ。だから小隊に入れた。それだけだ」
「それでも、わたしはギル様と戦いたいです」
「断る。共に戦う仲間など、俺には必要ない。それに君は、もう限界だろう」
…………あー、もう!
この推し、分からず屋では!?
推しのくせに生意気です! 強情さの塊ですか!?
限界だろうがなんだろうが、知ったことじゃないんですよ!
わたしはあなたを救いたい。それの何が悪いんですか!?
「グレンデル嬢、リネット。結界は消えてる。もう動けるだろう。そこの馬鹿を連れていけ」
「……ご武運を」
「ちょ!?」
なにわたしを抱きかかえて逃げやがるんですか、このサーなんとかさん!?
さすがのわたしも激おこですよ。もう許しませんよ!
リネット様、あなたも何か言ってください!
「ローズさん、もう逃げよ? わ、私たちには無理だよ」
「あなたまでそんなことを言うんですか」
同担にそう言われると悲しくなってしまいます。
確かに、わたしはもう身体が限界ですけど……。
「ご、ごめん。でも、こわ、くて。魔族があんなに一杯だと、私……」
「……」
まぁ元々、リネット様に戦闘は期待していませんでしたからね。
別にそのことを責めるつもりはありませんよ。
元はといえば、自分の身体が限界なのに気付かなかったわたしが悪いのですから。
…………ていうかこの縦ロール、力強いですね。
さっきから頑張ってるのに引きはがせません。
そろそろ身体に力が入れるくらいには回復してきたんですが。
「今すぐ離してください。その縦ロール引きちぎりますよ!」
「あなた馬鹿ですの!? 事情は分かりませんけど、その身体じゃ足手まといですわ!」
はぁ? 馬鹿って言った方が馬鹿なんですけど?
なんですかこのサーなんとかさん、ただの縦ロールですか。
って痛っ! この縦ロール、後ろ向きに頭突きをしやがりましたよ!?
おでこが腫れています。これは事案です。
「なにするんですか!」
「それはこっちの台詞ですわ! あなただって『死神』ギルティア・ハークレイ様のご勇名をご存じでしょう!? 彼は第三魔王を討ち取った冷血なる豪傑でしてよ!? あなたはもう十分頑張ったじゃないですか! あとはあの方に任せておけばいいんです!」
縦ロールさんは一拍置いて、
「それにあの方は……言ってはなんですけど」
絞り出すように言いました。
「仲間と戦うのが不得手です。あの方の仲間になった方は……全員……」
「『浄化の光』」
「え? きゃぁ!?」
縦ロールさんはわたしを取り落としてごろごろと地面を転びました。
ふぅ。最初からこうすればよかったですね。
彼女は魔術で身体を強化しているのですから、「『浄化の光』」をかけてあげれば魔術は解けます。執拗にわたしを抱きかかえていた腕もほどけるって寸法ですよ。ざまぁみろです。あ、神聖術の無駄遣いでまた鼻血が出て来ちゃいました。
「ちょっと! 何しますの!?」
がばッ、と起き上がりながらサー・縦ロールは叫びます。
わたしも同じく身体を起こしながら髪を払いました。
「ギル様が強いことなんてあなた以上に知っていますよ」
なにせあの方、二年後に第八魔王と渡り合うくらいですからね。
縦ロールさんに言われるまでもなく、彼は最強です。
「じゃあ、どうして」
最強だから、負けたのです。
「そうやって持ち上げて、たった一人にすべて押し付ける気ですか?」
縦ロールさんはひゅっと息を呑みました。
心当たりがあるような目をしていますがどうでもいいです。
「言われたほうがどう感じるか、考えたことないんですか?」
「それは……」
「もう、行かせてあげようよ、サーシャ様」
「リネットさん?」
それまで空気のように黙っていたリネット様が言いました。
「ローズさん、言い出したら聞かないし……それに、私もちょっと同じこと思っちゃったから」
「……あなた」
「私もサーシャ様にずっと寄りかかっててごめんなさい。それを少しでも返せたらと思って……」
それで、助けに来たのだと。
足手まといになっても、その想いを無駄にしてはいけないと。
そう告げたリネット様はわたしに振り向いて言いました。
「行こ、ローズさん。私がおぶってあげる」
「Si。お願いします」
縦ロールさんが意外と速かったせいで三キロルくらい離れてしまいました。
ギル様はまだ戦っているようですね。戦闘音が聞こえますし。
「……間に合うかな?」
「間に合わせます。絶対に助けましょう」
もう二度と、一人になんてさせません。
最強の頂に立つあの人に寄りかかって縋りついて、潰れさせたりしません。
例えギル様が拒絶しようとも、わたしは──
もう我慢しないって、決めたんですから!
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