悪役聖女のやり直し~冤罪で処刑された聖女は推しの公爵を救うために我慢をやめます~

山夜みい

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第三十七話 ギルティア・ハークレイ前編

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 ギルティア・ハークレイは天才である。
 誇張でもなく、驕りでもなく、それは歴然たる事実であった。
 生まれた直後に魔術を使い、分娩室を水浸しにした逸話はあまりに有名だ。

 一歳にして空中浮遊をやり遂げた。
 二歳にして眠りながらにC級魔獣を撃退してのけた。
 三歳にして現存する言語をすべて習得し、披露してみせた。

 天才、神童、魔術の申し子、ギルティアにはさまざまな異名がついた。

 ギルティアは五歳で新たな魔術を開発し、従来とまったく異なる新機軸の魔道具を開発する。この発明は国の魔導技術を十年推し進めたと言われている。

 とはいえ、別に優れた魔術師の家系ではなかった。
 両親は公爵でこそあったが魔術師としての位階はいいところ第五位階どまり。五歳にして魔術師協会から第一位階の頂きに立つことを許されたギルティアとは対極の平凡さだ。

 だからこそ破綻した。
 両親が喜んでいたのは最初だけだった。

 周りの貴族たちのやっかみに端を発し、次第にギルティアの大きすぎる才は疎み始めた。ギルティアが父親の提唱した魔術理論を否定したことが決定的な転機だろう。父は恥をかかされたとして息子を殴りつけた。

 それ以来、父は酒に溺れ公爵の仕事をすべて押し付けるようになった。
 社交界にも出ず、下町に出ては遊び歩くような毎日。

 母は我が子がもたらした莫大な収入に酔い、流行のドレスや宝石を買いあさるようになる。公爵夫人としての義務を忘れ、使用人にきつく当たり、贅沢の奴隷と化した。

 さらに五年が経ち、ギルティアは親子の縁を切り、貴族位を返上して連合軍に入隊することに決めた。そうしなければ領地も両親もすべてがダメになるという判断だった。悪化し続ける家庭環境から一度離れてみてはという従姉の意見もあった。

「ギルティア・ハークレイだ。俺の足を引っ張らないように気を付けてくれ」
「はは! 生意気な奴が入って来た!! いいねいいね、嫌いじゃないよ!」
「ここじゃ天才は珍しくないから安心しなよ~。心折られないようにね~」

 ギルティアが入隊したのは連合軍独立特務小隊『絶火』。
 各国のエリートが集まる対魔王部隊だ。

 自他ともに天才を自負するギルティアは傲岸不遜な物言いだったが、隊員たちにはむしろ好反応だった。それほどの天才でなければ務まらない。全員が天才で全員が主力、それが『絶火』の理念だった。

(ま、悪くはないな)

 口では生意気な口を聞きつつも、仲間を見つけたような気分だった。
 この世で自分は一人ではないのだと、肩の力が抜けた。

 天才を自負する者達だけあって隊員たちの魔術は素晴らしく、ギルティアも参考に出来るところが多々あった。ギルティアはそのすべてを吸収し、磨き上げ、実戦を重ねていくうちに『絶火』のエースと呼ばれるようになった。

 彼らに頼られることが誇らしかった。
 絶火だけが天才が天才らしく居られる唯一の居場所だった。

 ──第三魔王が襲撃してくるまでは。

『暴食』の魔王グラント・ロア。
 一万の魔獣を従え、食べた相手の魔力を自分のものに出来る強敵だった。
 エースであるギルティアは魔獣に囲まれ、仲間たちと引き離された。

『ようギルティア。分断されちまったなぁ。ははっ、まぁ安心しろよ。こっちで魔王倒しておくから!』
『あとで魔王と戦いたかったってべそかかないでよね~』
『あんたが魔獣を突破するのと私たちが魔王を倒すのどっちが早いか競争ね!』
「馬鹿どもめ。喋る暇があるならさっさと戦え」

 軽口を叩き合いながら通信を交わしたことを覚えている。
 一万の魔獣に囲まれながら、ギルティアの口元に笑みが浮かんだ。

 ギルティアは苦戦しつつも魔獣の壁を突破し、仲間たちの元に駆け付けた。
 少し前から通信妨害が入っていたが、戦闘音は続いている。
 勝負は俺の勝ちだな、と呑気に思っていた。

「よ、う。ギルティア……遅かった、な」
「ーー」

『暴食』の魔王に頭を掴まれた仲間は死に際に笑った。

「わり。あとは頼むわ」
「ぁ」

 べちゃ。
 ぐちゃごりじゅべごりべちゃごりべちゃごりべちゃぐちゃ……。

 仲間が咀嚼されるさまを、ギルティアは呆然と見ていた。
 いつも軽口を叩いて兄貴面していた仲間の頭は魔王の腹におさまった。
 ゆっくりと周りを見渡せば、魔王の周りには首を失った死体が転がっていた。

「げふ」

 血に濡れた口元を拭った魔王はにやりと笑った。

「ごちそうさま。あとはお前だけか?」
「────────────っ!」

 その後のことは無我夢中で記憶に残っていない。
 ただ第三魔王が魔術を吸収する力を持っていたことは覚えている。
 ミスリルの剣を駆使し、ただひたすらに相手に力を消耗させるよう立ち回った。

 戦いは三日三晩に及んだ。
 気付けば、ギルティアの前に細切れになった魔王の死体が転がっていた。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 連合軍の歓声も魔族の悲鳴も何も聞こえなかった。
 顔は蒼褪め、手足が震え、身体から力が抜けて膝をつく。
 勝利の喜びや達成感など微塵も沸かなかった。

「ハァ、ハァ…………は、はは」

 十人の仲間は団結して魔王の前に悉く倒れた。
 ギルティアはたった一人で魔王に立ち向かい、勝利した。

「はっはははははは! ははははははははははははははは!」

 笑いがこみあげて止まらなかった。

 何が部隊。何が仲間、何が助け合いだ。
 一人でも勝てた。勝ててしまったではないか。

 天才たちのなかにあっても異常にして世界の理から外れた逸脱者。
 ギルティア・ハークレイに勝る天才はどこにも居なかった。

『絶火』はギルティア一人になった。
 連合軍は天才と呼ばれる者達を送り込んできたが、次々と任務で死んだ。
 かろうじて生き残った者達もおのれの才能に絶望して去っていった。

 魔王を倒してさらに力をつけたギルティアの強さに誰も付いてこられなかったのだ。そのうち、敵味方から『死神』と呼ばれるようになった。
 仲間殺しのギルティア・ハークレイ、と。

 もうたくさんだった。どうでもよかった。
 自分に仲間など邪魔なだけ。どうせ誰も付いてこられない。
 たとえ仲間になっても、天才だ死神だと言って離れていくのだから──。

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