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第九話 シスコン公爵
「もう、もう! ユフィリア様がこの部屋にいらっしゃるなら言ってくださればいいのに! 兄様のばか! はしたないところを見せちゃったじゃない!」
ミーシャ様はルガール様の腰をぽんぽん叩いた。
じゃれあう妹にルガール様は笑顔でこたえる。
「はは。驚く顔が見たかったんだ。ミーシャは今日も可愛いな」
「もう耳にタコが出来るほど聞きました。シスコンもほどほどにしてください」
「俺はミーシャの為なら一生を捧げられるのに」
「きもちわるっ」
「ぐはぁっ」
蔑んだ目を向けられてルガール様は崩れ落ちた。
ちょっと可哀そうだけど……仕方ないのかな?
私もお兄様があんな風だったら同じことを言ってる気がするし。
「はぁ、もう」
ミーシャ様は私に向き直って行儀よくカーテシー。
「申し訳ありません、ユフィリア様。ばか兄が恥ずかしいところを」
「とんでもない。妹想いならいいお兄さんだと思いますよ」
「アレはただのシスコンです。わたしは兄様を引き取ってくれる方をいつでも募集しています」
「あはは……」
返答に困ることを曖昧に誤魔化す。
ルガール様は「ミーシャぁ」と涙目で崩れ落ちていた。
……ちょっと可愛い。
「ユフィリア様、こんなばか兄は放っておいて食事にいたしましょう?」
「えぇ……でも」
「いいんです。兄様は放置プレイでも喜ぶド変態ですから」
「妹の扱いがひどい……でも怒ってるミーシャも天使だな?」
うんうんと頷くルガール様。
ミーシャ様はうんざりした顔で私を見上げる。
「ほら、これですよ」
「あはは……私は仲が良くて羨ましいですけど……」
「兄様の愛情は半分程度でちょうどいいんです。さ、行きましょう」
ルガール様の隠れ家で食べる食事は最高のものだった。
侯爵家で食べる食事も悪くはなかったけど、夫の好みに合わせて肉類中心にしていたから私にはちょっと重い。その点、公爵様はサラダやパン、オニオンのスープなどあっさりしたものを選んでくれて、私の胃は久しぶりに重くならずに済んだ。
「ミーシャ様はこちらに住んでらっしゃるんですか?」
「はい。公爵邸よりもこちらのほうが落ち着きますから」
「そうなんですね……普段は何を?」
「魔法薬の研究をしています。たまーに社交界に出たりもしますけど。ほら、ご存知の通り兄様はわたしにしか目がない困った兄なので、女性たちから言い寄られてもすげなく断っちゃうんですよ。なのでひどくなった時はそのフォローに回ったりとかです」
「なるほど……」
他愛ない話をしながらミーシャ様の人となりを知っていく。
口では馬鹿とか気持ち悪いとか言いつつ、ルガール様を大事に思っているようだった。ルガール様もミーシャ様が話すところを遮らず、全部聞いてから感想を言ったり何か言ったりしている。夫婦と兄妹、形は違うけど、こんなにも仲が良い家族を私は見たことがない。
(……いいなぁ)
「ユフィリア様、今日は何か予定はありますか?」
唐突にルガール様が聞いてきた。
「はい? えぇっと、そうですね。特にはありませんが……」
「そうですか。では俺に付き合ってくれますか」
「はい。構いませんが、どちらへ?」
「ダカール公爵領で買い物したいものがありまして」
「分かりました。ではミーシャ様も……」
「あ、わたしはやることがあるので……ユフィリア様には兄様のお世話を押し付けて申し訳ありませんが、お二人で行ってくれませんか?」
「私は構いませんけど……」
ダカール公爵領であれば私を知っている人もいないだろうし。
ルガール様が人妻の私なんかと歩いてもいいなら、だけど。
「俺は歓迎ですよ。夫人のような綺麗な方と歩けるなんて光栄です」
「ふふ。お世辞がうまいですね」
「……お世辞ではないんですが」
「またまた、本当にお上手ですね」
こんな私をからかうのもほどほどにしてほしい。
十二歳も年上の私にそんな口説き文句を言っても無駄なんだから。
頑張って甘い言葉を言ってくれているみたいで、ちょっと可愛い。
こんなことを言ったら失礼だけど、私から見たルガール様は年の離れた弟に見える。
にこりと笑ってお世辞を返すと、ルガール様はなぜか胸を押さえていた。
と、私たちがやり取りする傍ら──
「……あらあら?」
ミーシャ様が意外そうに顎に指を当て、首を傾げるのだった。
◆◇◆◇
朝食を終えて支度をする。
実家の伯爵領と侯爵領以外に行ったことがない私たちは少しだけワクワクしていた。
「奥様、公爵領ってどんなところなんでしょう?」
「そうね……」
アルマーニ侯爵領の領都アレンドラも国内で五指に入る大都市だ。
領主の意向が反映されたかのような派手で華美な街並みは観光名所にもなっており、大鐘楼の音色を聞こうと年中人が集まっている。王都を除けば、レガリア大陸における人族の栄華の象徴にも数えられている。
「私はそれより、公爵様が何を買うのか気になるわ。魔法使いの買い物かしら?」
くす、とシェリーは笑った。
「奥様ったら、相変わらず魔法がお好きなんですね」
「し、仕方ないじゃない。だって私には使えないんだもの……」
私は顔が赤くなって俯いてしまう。
魔法使い。塔から輩出される彼らの技術は謎に包まれている。
なんでも生まれながらに魔力を持っていなければならないとか、なんとか。
神代文字を理解するために凄まじい勉強が必要だとか、選ばれし者しか塔の門を開けないとか。
「奥様も精霊に愛されてるんですから、使えるかもしれませんよ?」
「そうかしら」
シェリーが私の肩に手を置きながら言った。
「ルガール様に教えてもらえばいいじゃないですか!」
「ううん……そうね……考えておくわ……」
玄関に行くとルガール様と数人の使用人たちが待っていた。
使用人たちの中には人族ではなく、犬耳や狐耳が生えた獣族もいる。
その中には先日出会ったメイドもいて、目があった彼女はぺこりと会釈してくれた。
「準備出来ましたか」
「はい」
ルガール様は魔法使い特有の長衣を纏っている。
ストライプ柄のスーツに毛皮のコートを羽織る様は彼の野性的な魅力を醸し出している。これは令嬢たちが放っておかないわけだわ……
(こんな地味な布に包まれてる私が恥ずかしくなってきた……)
お義母様が用意したドレスの中では一番マシな水色のロングドレス。
コルセットを締めなくていいのが気に入っているけど。地味で目立たない。
ルガール様のような方と隣で並んで歩くには、おしゃれ度が低すぎる。
「ユフィリア様、兄様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「あぁ。ミーシャもいい子にしてるんだぞ」
「何歳相手に言ってるんですか、もう」
ミーシャ様はぷくりと頬を膨らませる。
そんな子供っぽい仕草が余計に庇護欲をそそるのだろう。
ルガール様も、ミーシャ様の前ではデレデレだ。
「兄様、兄様。少しお耳を貸してください」
「うん?」
ミーシャ様は膝を曲げたルガール様の耳に何かを囁いた。
何事かを聞いたルガール様は目を見開く。
「なっ、ミーシャ!?」
「大丈夫です。わたしは応援しますから!」
ミーシャ様はぐっと親指を立てた。
一体何の話をしているのか、私のほうをちらちらとみている。
「……はぁ。まったく、余計なこと言わなくていいから」
「兄思いな妹を持ってよかったですね?」
「そうだな。ミーシャは世界一可愛い」
「はいはい、分かっていますから」
ミーシャ様はルガール様の背中を押して、
「それではユフィリア様。兄様のこと、よろしくお願いします」
「はい、任されました」
「ユフィリア様まで……?」
釈然としない公爵様をよそに私たちはくすくす笑い合う。
なんだかミーシャ様とは仲良くなれそうだ。
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