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第二十六話 魔法使いの怒り
侯爵領は帝国で三指に入る都市とあって、真夜中でも道を歩く人はちらほらいた。トランク数台を持って出て行く私は、さながら夜逃げする妻そのものだろう。精霊を連れているからちょっと目立つかもしれない……
(あら?)
侯爵家からだいぶ離れて、もうすぐ宿に着こうとするとき。
辻馬車駅の近くで一台の馬車が私たちの側に止まった。
こんこん、と窓を叩く音がする。
なんだろう、と思っていると、お嬢様、とシェリーが囁いた。
私がそちらを見ると、窓の中にルガール様が待っていた。
(ルガール様だわ!)
馬車の扉が開き、そっと中に入る。
ルガール様は微笑んだ。
「迎えに来ました。ご迷惑でしたか?」
「いいえ、あの、どうして……」
「その子が知らせてくれました」
ルガール様は私の横に浮かぶ精霊を指差した。
精霊はのんきに瞬く。精霊ってそんなことも出来るの?
疑問に思う私にルガール様は言った。
「あとユフィリア様に早く会いたかったので。セーフハウスで待ってました」
「もう……でも、ありがとうございます」
本当は不安だったのだ。
侯爵領に出るためには騎士団の屯所の近くを通らなければならない。
もし万が一、浮気相手に出会ったらどうしようかと思っていた。
「目立たないようにこのまま移動しますね。適当なところに行って魔法で移動します」
「はい、分かりました」
ぁ、と馬車が一瞬浮いて、私はルガール様に抱き着く形になってしまう。
その瞬間、かぁぁあああ、と顔が熱くなって、バ、と馬車の一番端まで飛び退いた。
「す、すいません!」
「いえいえ、びっくりしましたね」
御者の席でシェリーが「もっと静かに走らせてください!」と怒る声がする。
どくん、どくん、と高鳴る心臓の上を抑えながら、私はそっと息をついた。
(うぅ、いい年こいてこんなことで照れるなんて……生娘じゃあるまいし)
ちら、とルガール様を見る。
ルガール様は口元を抑えて窓の外を見ていて、耳元がほんのり赤い。
(あ……照れてるのは私だけじゃないんだ……)
自然と口元が緩んだ。
同時に胸の奥がくすぐったくて、口元が緩んでしまう。
(可愛い……なんだかホッとする)
「あの、これからのことですが」
年上の余裕を取り戻した私はルガール様と向き直った。
真面目な雰囲気にルガール様の背筋が伸びる。
「はい」
「一度実家に戻ろうと思います」
ルガール様は目を見開いた。
「実家のほうに? わが家へは」
「もちろん、後日伺わせては頂きますが」
こほん、と私は咳払いして、
「さすがに離婚届を出した翌日から公爵様の下に転がり込むのは外聞がよろしくありません。それに、万が一子供が出来た場合、どっちの子なんだとトラブルにもなり得るでしょう。ルガール様にそのような醜聞がついてほしくないのです」
「それは……」
ルガール様は口を開きかけ、
「いえ、そうですね。軽率でした」
恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ようやくユフィリア様と一緒に居られるかと思うと、つい」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」
これまで借金のこともあって実家には頼れなかったけど。
借金を帳消しにした今なら、堂々と実家に帰れるかしら。
もう十年も帰っていないし……喧嘩別れしたから、ちゃんと迎えてくれるか分からないけど。
「ユフィリア様は……大人ですね」
「まぁ、三十歳のおばさんですから」
「とんでもない。包容力があって魅力的だと思います。俺は大好きです」
「……っ」
(こ、この人は……! 若いんだからもう!)
十八歳という若さがそれをさせるのだろうか。
社交界ではもっと迂遠な好意の示し方をするというのに、この人は直球過ぎる。
場所が場所なら黄色い悲鳴が上がっているところだ。
(しかも、自分で言ってるくせに恥ずかしがってる)
ほっぺを真っ赤にして口元を抑えている姿が可愛くて仕方ない。
本心で言ってくれているのが伝わってくるから、すごく嬉しい。
(ふん。そんなこと言うならこっちだって)
私はルガール様の隣に座り直した。
「ユフィリア様?」
「半年くらい会えないと思います。でも、必ず迎えに来てくださいね」
「……じゃあ」
ルガール様は私の手にそっと触れた。
「半年後の豊穣祭のパーティー。そこであなたを迎えに行ってもいいですか」
「……はい」
待っています、と私は彼の肩に頭を預ける。
「……っ、ユフィリア様、この体勢は」
「少し、このまま疲れました。このまま眠っていいですか?」
「それは、構いませんが」
「ありがとうございます。では……」
ルガール様には悪いけど、肩を貸してもらおう。
なんだか今日は、本当に色々ありすぎた。
ふふ。恥ずかしいことを言った罰なんだから。
「……おやすみなさい、ユフィリア様」
「はい、おやすみ……なさい……」
ルガール様の肩は温かくて、頼もしくてホッとする。
私の意識はあっという間に眠りの世界に旅立っていった。
◆◇◆◇
静かに揺れる馬車の中で、ユフィリアが眠りについている。
穏やかに眠る彼女を起こさないようにしながら、ルガールは耳元に手を当てた。
遠隔通信魔法。異なる場所にいる者と声を繋げる。
『兄様、首尾はいかがです?』
「ミーシャか。ユフィリア様は迎えに行った」
割と色々と辛抱たまらん状況ではあるが。
ここで手を出したらあのクズ夫と同類なので、ルガールは自制した。
何より彼女がそばにいるのだ。これ以上何を望む。
ルガールは、自分に頭を預けて眠るユフィリアをそっと抱きしめる。
んん、と身じろぎしながら自分の胸元を掴む彼女に、愛おしさがこみ上げた。
この人は、穏やかな眠りの裏にどれだけの痛みと悲しみを背負っているんだろう。
あれだけの酷いことをされながら自ら関係を清算した彼女の気高さに、ルガールは感嘆の念を覚えた。
出逢ってまだ一ヶ月と経っていない。
けれども、今やルガールにとってユフィリアはかけがえのない存在だ。
自分がこんなにも一人の女性に焦がれるなんて思わなかった。
だからこそ...
「ユフィリア様は半年ほど実家に戻られることになった」
『では、予定通りに?』
「あぁ。ユフィリア様が実家にいる間に終わらせる」
だからこそ、許せない。
許してはならない。
(これだけ心の清い人を、奴らは食い物にした)
ルガールはダカール家の名において奴らを許すつもりはなかった。
目には目を、歯には歯を。
放っておいても侯爵家は落ちぶれるだろうが、没落程度で許すつもりはない。
ルガールはユフィリアには見せない凶暴な笑みを浮かべた。
「奴らに地獄を見せてやる」
(あら?)
侯爵家からだいぶ離れて、もうすぐ宿に着こうとするとき。
辻馬車駅の近くで一台の馬車が私たちの側に止まった。
こんこん、と窓を叩く音がする。
なんだろう、と思っていると、お嬢様、とシェリーが囁いた。
私がそちらを見ると、窓の中にルガール様が待っていた。
(ルガール様だわ!)
馬車の扉が開き、そっと中に入る。
ルガール様は微笑んだ。
「迎えに来ました。ご迷惑でしたか?」
「いいえ、あの、どうして……」
「その子が知らせてくれました」
ルガール様は私の横に浮かぶ精霊を指差した。
精霊はのんきに瞬く。精霊ってそんなことも出来るの?
疑問に思う私にルガール様は言った。
「あとユフィリア様に早く会いたかったので。セーフハウスで待ってました」
「もう……でも、ありがとうございます」
本当は不安だったのだ。
侯爵領に出るためには騎士団の屯所の近くを通らなければならない。
もし万が一、浮気相手に出会ったらどうしようかと思っていた。
「目立たないようにこのまま移動しますね。適当なところに行って魔法で移動します」
「はい、分かりました」
ぁ、と馬車が一瞬浮いて、私はルガール様に抱き着く形になってしまう。
その瞬間、かぁぁあああ、と顔が熱くなって、バ、と馬車の一番端まで飛び退いた。
「す、すいません!」
「いえいえ、びっくりしましたね」
御者の席でシェリーが「もっと静かに走らせてください!」と怒る声がする。
どくん、どくん、と高鳴る心臓の上を抑えながら、私はそっと息をついた。
(うぅ、いい年こいてこんなことで照れるなんて……生娘じゃあるまいし)
ちら、とルガール様を見る。
ルガール様は口元を抑えて窓の外を見ていて、耳元がほんのり赤い。
(あ……照れてるのは私だけじゃないんだ……)
自然と口元が緩んだ。
同時に胸の奥がくすぐったくて、口元が緩んでしまう。
(可愛い……なんだかホッとする)
「あの、これからのことですが」
年上の余裕を取り戻した私はルガール様と向き直った。
真面目な雰囲気にルガール様の背筋が伸びる。
「はい」
「一度実家に戻ろうと思います」
ルガール様は目を見開いた。
「実家のほうに? わが家へは」
「もちろん、後日伺わせては頂きますが」
こほん、と私は咳払いして、
「さすがに離婚届を出した翌日から公爵様の下に転がり込むのは外聞がよろしくありません。それに、万が一子供が出来た場合、どっちの子なんだとトラブルにもなり得るでしょう。ルガール様にそのような醜聞がついてほしくないのです」
「それは……」
ルガール様は口を開きかけ、
「いえ、そうですね。軽率でした」
恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ようやくユフィリア様と一緒に居られるかと思うと、つい」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」
これまで借金のこともあって実家には頼れなかったけど。
借金を帳消しにした今なら、堂々と実家に帰れるかしら。
もう十年も帰っていないし……喧嘩別れしたから、ちゃんと迎えてくれるか分からないけど。
「ユフィリア様は……大人ですね」
「まぁ、三十歳のおばさんですから」
「とんでもない。包容力があって魅力的だと思います。俺は大好きです」
「……っ」
(こ、この人は……! 若いんだからもう!)
十八歳という若さがそれをさせるのだろうか。
社交界ではもっと迂遠な好意の示し方をするというのに、この人は直球過ぎる。
場所が場所なら黄色い悲鳴が上がっているところだ。
(しかも、自分で言ってるくせに恥ずかしがってる)
ほっぺを真っ赤にして口元を抑えている姿が可愛くて仕方ない。
本心で言ってくれているのが伝わってくるから、すごく嬉しい。
(ふん。そんなこと言うならこっちだって)
私はルガール様の隣に座り直した。
「ユフィリア様?」
「半年くらい会えないと思います。でも、必ず迎えに来てくださいね」
「……じゃあ」
ルガール様は私の手にそっと触れた。
「半年後の豊穣祭のパーティー。そこであなたを迎えに行ってもいいですか」
「……はい」
待っています、と私は彼の肩に頭を預ける。
「……っ、ユフィリア様、この体勢は」
「少し、このまま疲れました。このまま眠っていいですか?」
「それは、構いませんが」
「ありがとうございます。では……」
ルガール様には悪いけど、肩を貸してもらおう。
なんだか今日は、本当に色々ありすぎた。
ふふ。恥ずかしいことを言った罰なんだから。
「……おやすみなさい、ユフィリア様」
「はい、おやすみ……なさい……」
ルガール様の肩は温かくて、頼もしくてホッとする。
私の意識はあっという間に眠りの世界に旅立っていった。
◆◇◆◇
静かに揺れる馬車の中で、ユフィリアが眠りについている。
穏やかに眠る彼女を起こさないようにしながら、ルガールは耳元に手を当てた。
遠隔通信魔法。異なる場所にいる者と声を繋げる。
『兄様、首尾はいかがです?』
「ミーシャか。ユフィリア様は迎えに行った」
割と色々と辛抱たまらん状況ではあるが。
ここで手を出したらあのクズ夫と同類なので、ルガールは自制した。
何より彼女がそばにいるのだ。これ以上何を望む。
ルガールは、自分に頭を預けて眠るユフィリアをそっと抱きしめる。
んん、と身じろぎしながら自分の胸元を掴む彼女に、愛おしさがこみ上げた。
この人は、穏やかな眠りの裏にどれだけの痛みと悲しみを背負っているんだろう。
あれだけの酷いことをされながら自ら関係を清算した彼女の気高さに、ルガールは感嘆の念を覚えた。
出逢ってまだ一ヶ月と経っていない。
けれども、今やルガールにとってユフィリアはかけがえのない存在だ。
自分がこんなにも一人の女性に焦がれるなんて思わなかった。
だからこそ...
「ユフィリア様は半年ほど実家に戻られることになった」
『では、予定通りに?』
「あぁ。ユフィリア様が実家にいる間に終わらせる」
だからこそ、許せない。
許してはならない。
(これだけ心の清い人を、奴らは食い物にした)
ルガールはダカール家の名において奴らを許すつもりはなかった。
目には目を、歯には歯を。
放っておいても侯爵家は落ちぶれるだろうが、没落程度で許すつもりはない。
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