5 / 44
第五話 旅立ちと別れ
しおりを挟む準備に三日をかけ、わたしは侯爵家の門前に立っていた。
見送りにはフィオナを始め、侍女たちが居並んでいる。
「お姉さま、本当に行っちゃうんですか……?」
「ごめんね。出来ればあなたが貴族院に入るまでは居たかったんだけど」
「……そんな、私のことはどうでもいいんです! おね、お姉さまが……」
フィオナは感極まったようで、わっと泣き出してしまった。
長年仕えてくれている使用人たちも、わたしとの別れを惜しんで涙を流してくれる。
……馬鹿ね。涙なんて一銭の得にもならないのに。
(それでも嬉しくなってしまうのだから、私も馬鹿だわ)
「お父様をよろしく、フィオナ」
「……手紙」
「ん?」
侍女に涙を拭いてもらったフィオナは顔を上げ、胸の前でぐっと拳を握った。
「手紙っ、絶対書いて下さいね。書いてくれなかったら攫いに行きますから!」
(この子、勇ましすぎないかしら?)
わたしは苦笑しながらフィオナの頭を撫で、馬車に乗り込んだ。
これから一人で公爵領に向かうのだ──そう思っていたのだけど。
「お嬢様、失礼します」
「え?」
馬車に乗り込んで対面に座ったのは亜人の少女──
シェン・ユーリンだ。
「シェン? どうして……」
「私もお供させていただきます。よろしくお願いしますね」
「ダメよ、付いてきたら……」
破産寸前になった時に限界まで侍女を解雇した都合上、侯爵の家はぎりぎりの人数で回している。シェンは亜人として差別されているけれど、一生懸命で、屋敷の立派な戦力だ。
「あなたは残って良いのよ。わざわざ辺境についてくることないわ」
「いえ、ついて行きます。私がお仕えしているのは侯爵家じゃなくお嬢様ですもの」
「お給金を払っているのは侯爵家よ? わたしは給料は出せないけど」
「出世払いでお願いします!」
侯爵家が落ち着くまで待ってくれるということだろう。
それだけの『価値』をわたしに感じてくれるとしたら、ちょっと嬉しい。
わたしは思わず笑みをこぼして言った。
「無償で働かせてくれなんて無責任なこと言ったら叩きだしてたわ」
「…………はい!」
え、何。いまの間。
もしかして言おうとしてたのかしら?
「シェン?」
「御者さん、そろそろ出発してください」
「主の話を無視するなんて、あなたも偉くなったものね」
「ふふ。お嬢様の侍女ですから」
得意げに胸を張られてどう反応していいか困ってしまった。
ともあれ、わたしたちを乗せた馬車はこうして走り出す。
どんどんと遠ざかる家族の姿を、わたしはしばらく目に焼き付けていた。
「また戻って来ましょうね、お嬢様」
「……そうね」
そうだ。前を向かないと。
悔やんだってどうにもならないんだから。
パシ、と両手で頬を叩いたわたしは明るい口調で問いかけた。
「オルロー公爵の領地はソルトゥードだったわね?」
「はい」
デリッシュ帝国との国境に接している、領地の半分が荒野の辺境だ。
魔獣がたくさん徘徊していて、戦争難民だった亜人たちが住み着いていると聞く。山にも面しているから鉱山にも面しているだろう。もしかしたらそこで資源が──
……って駄目だわ。もうわたしには何の権限もないのに。
ラプラス領とは違うのだから、口出しするわけにはいかない。
それに、お金のことで口出しして婚約破棄されたばかりだ。
慰謝料も貰えなかったし、しばらくは大人しくしているほうがいいはず。
「どんな方なんでしょうね。オルロー公爵という方は」
「わたしも対面したことはないのだけど……」
噂は色々と聞こえている。
先日、フィオナがまくしたてた通りのことだ。
(女癖が悪いだけならまだしも、特殊な性癖の持ち主だったらどうしようかしら……)
「お嬢様、私、部屋の外で控えてますから……何かあったら呼んでくださいね」
「結構よ。公爵に逆らったらあなたもタダじゃすまないわ」
「お嬢様……おいたわしや。婚約破棄されたばかりの身の上で鎖に縛られるなんて……」
さすがにそこまで変態的なプレイはないと思いたい。
そんなとりとめもない話をしながら、宿場町を経由すること三日。
わたしたちはついに、オルロー公爵領までやってきた。
車窓から見える景色はひたすらに荒野が広がっている。
かといって、完全に作物が育たないわけではないのか、獣人たちが畑を耕しているのが見えた。
街に入って覚えた最初の印象は、寂れた街。
とてもじゃないけど侯爵領とは比べ物にならないほど活気がない。
だけれど、わたしは落胆するどころかちょっぴり安心していた。
「……思ったより治安は悪くなさそうね」
馬車が野盗に襲われることもなかったし、物乞いが徘徊しているわけでもない。
路地裏にもちゃんと兵士が歩いていて、治安を維持しようという気概を感じる。
正直に言って、聞いていたほど印象は悪くない。
オルロー公爵の館はそんな街の一番奥にあった。
「お待ちしておりました。ラプラス領の方々」
門前に居たのは恰幅のいい貴族服の男だ。
その後ろに執事や侍女が控えていることからも、彼がこの館の主だろう。
──どうやら、豚公爵の噂は本当だったらしい。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる