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第十三話 わたしの光
しおりを挟む「僕の婚約者が君で良かった。ありがとう、ベアトリーチェ嬢」
(……それは、わたしの台詞ですよ。公爵様)
目尻をそっと拭い、わたしは顔を背ける。
胸を満たす熱いなにかを大事にしまうように、そっと手を当てた。
(……心臓、うるさい。早く落ち着きなさい)
「それで提案なんだけどさ」
公爵様はわたしの前に回り込んできて言った。
「君さえよければ、これからも力を貸してもらえないかな。まだ正式に籍を入れたわけじゃないけど……君なら情報を漏らしたりしないだろうから、信用できる。どう?」
(こんなわたしでよければ……って、普通の令嬢なら言うんでしょうけど)
別にアルフォンス様に手を貸すことが嫌なわけじゃない。
むしろ、こんな風に頼ってもらって内心ではものすごく嬉しい。
だからというか……なんとなく、欲が出た。
ここまで受け入れてくれたんだから、もういっそのことわたしの素を受け入れてくれないかな……みたいな欲が。
「お話は承りました」
「ほんとかい!? ありがとう! じゃあ早速だけど……」
「で、いくらですか?」
「はい?」
公爵様はきょとんとしている。
わたしは成金令嬢らしい欲まみれの笑みで手を差し出した。
「領地運営のコンサルタント料です。公爵様が仰った通り、わたしたちはまだ正式に籍を入れたわけではありません。そのような状況下で婚約者のわたしが公爵領の情報を他領に売るかもしれませんし、また、わたしが持っている情報だけ搾取されてあなたに捨てられる可能性もあります」
「いやそれは」
「何より、お金がなければ責任が発生いたしません」
わたしはぴしゃりと言い切った。
良い意味で、もうどうにでもなっちゃえという気分だった。
「お金は、責任と信用です。たとえいずれ夫になる相手であろうと払うものは払っていただきます」
「分かった」
「もちろん公爵様が拒むなら構いません。わたしは大人しく……え?」
思わず顔を上げると、公爵様は微笑んだ。
「君の言い値で払うよ。いくら欲しいんだい?」
「……いいんですか? 自分で言っておいてなんですが、めちゃくちゃな理屈ですけど」
筋は通っているが、現在のわたしの立場と状況を無視した論法だ。
わたしは公爵様の嫁にならなければ支度金が貰えず、家が潰れることが確定している身。いわばお父様に売られたようなもので、ぶっちゃけわたしに選択肢なんてものはない。
だから彼が強行すれば、わたしは有無を言わさず手伝う必要があったのだけど……。
「僕は侯爵令嬢じゃなく、君という女性自身を選んだからね」
「……っ」
平然と、彼は言った。
それがどれだけわたしを喜ばせる言葉なのか、きっと彼は知らないのだろう。
「それで、いくら欲しいんだい?」
「えっと……」
わたしが金額を提示すると、後ろでシェンが息を呑む気配。
「お嬢様、それ、あの、もしかして、私の……」
「シェン。野暮なことは言わないでよろしくってよ」
「……っ、はい」
本人に勘づかれてしまったけど、わたしが要求したのはシェンの給金だ。
シェンはお父様の意向に逆らってわたしについて来たから、侯爵家からもお給金が出ていない。さすがに婚約者に侍女のお給金を支払わせるわけにはいかないから、こうしてコンサルタント料として請求出来て良かった。
(……バレちゃったのは格好付かないけど)
どことなく気恥ずかしくなりながら、わたしは咳払いする。
「コンサルタント料は毎月払いで、末日締めの翌月十日払いでお願いいたします」
「分かった。契約書はいるよね?」
「もちろん。一言一句確かめさせていただきますわ」
「うん。そのほうが僕としても助かる。君は本当にしっかりしてるね」
「……っ」
(だからこの方はそういうことを気軽に言い過ぎなのよ!)
今確信する。この人は女たらしだ。
女たらしだからわたしが喜ぶ言葉が分かるし、いちいちわたしをドキッとさせるんだ。
(……まぁ喜んでしまってるあたり、わたしもチョロい女だけど)
その分、彼の信頼には応えたい。
公爵領が潤えば城の修復代金も稼げるし、フィオナに仕送りだって出来る。
結局、わたしにとってもメリットのある話なのだ。
「では明日からよろしくお願いいたしますね、公爵様」
「よろしく、ラプラス嬢。と、言いたいところだけど……」
わたしが差し出した手を、公爵様はじっと見つめて、
「アルフォンスでいいよ。君には名前で呼んで欲しいな」
「え?」
「その代わり、僕も君をベアトリーチェ嬢と呼ぶから。どう?」
「……そう、ですわね」
別に断る理由なんてないはずだ。
婚約者なのだし、契約関係にあるのだし、きっと他の男女は当たり前にやっている行為だ。
「ほら、名前で呼んでおかないと使用人たちを不安にさせるだろ? 俺とベアトリーチェ嬢が不仲なんじゃないかってさ」
「……確かに」
「これは公爵城を円滑に運営するための必要経費なんだよ」
「なるほど。そういうことなら」
一銭の得にならない話でもなさそうだ。
今はほとんどシェンしか関りがないわたしも使用人たちからの信頼は欲しい。
信頼・信用はお金に繋がるのだと知っているから。
(なんだかもっともらしい理由を与えられた気がするけど……)
きっと気のせいだろう。
わたしは手を差し出した。
「では改めて。よろしくお願いしますわ、アルフォンス様」
「うん。よろしくね、ベアトリーチェ嬢」
彼とは良いビジネスパートナーになれそうな気がした。
(ふふ。さぁ、どんどん稼いじゃうわよ!)
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