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第三十八話 勝負の行方

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「ジョゼフィーヌ様は亜人族の奴隷制度を撤廃したくらいですから、わたしが言っている意味──分かりますよね?」
「言葉には気を付ける事ね、ベティ」

 ジョゼフィーヌ様が扇で口元を隠した。
 その扇の下に笑みがないことは目を見れば分かる。

「いくらあたくしがあなたを気に入っていると言っても限度がある。あなたの言いようによっては……あたくし、素敵・・な勘違いをしてしまうかもしれないわ」

 わたしはすかさず切り返した。

「そこは信頼していますよ。ジョゼフィーヌ様とわたしの関係ですから」
「……」

 わたしとジョゼフィーヌ様が睨み合う。
 視線と視線がぶつかり、火花のようなものが散った。

 ジョゼフィーヌ様が恐れていること。それは。

(──亜人戦争の再来。わたしを不遇に扱うことで亜人族が決起することを恐れている)

 これほど国を思う彼女のことだから、かの亜人戦争がどれだけ愚かな行いだったか憂いているに違いない。当時宰相だった人は既に亡くなっているが、そこから国を立て直したのはジョゼフィーヌ様の手腕あってのもの。現国王が王妃様の傀儡と言われる所以でもある。

(オルロー公爵領の黒字化でマシになったとはいえ、それはわたしとアルフォンス様が間に入って傭兵業で生計を立てているから。わたしたちが居なくなれば今の騎士団が搾取され、オルロー公爵領の民が苦しむことは間違いない。しかも、それが王妃様の手によるものだとしたら?)

 亜人たちは思うはずだ。このまま人族をのさばらせていいのかと。
 オルロー公爵領を独立させるため、再び反乱に乗り出すかも・・しれない。

(ふふ。さながら今のわたしは、自分の幸せを守るために王妃を脅す悪女ね)

 これで状況は五分五分といったところだろうか。
 わたし達を無理やり別れさせたところで亜人たちが決起する確証はない。
 だけど、国を第一に思う王妃様はその可能性を無視できないはずだ。

 だからこそ、こうして怖い顔で睨みつけてくるのだから。

「あなたのそういうところ、一体誰に似たのかしら」
「お母様ではないでしょうか。したたかな商人の娘ですから」
「亡くなった御母堂ね。一目会いたかったわ。いい友達になれたでしょうに」

 王妃様とお友達なんて、考えるだけで恐ろしい。

「……あたくしはここであなた達を捕えることも出来るわ」
「そういうことであれば、全力で抵抗させて頂きますよ、伯母上」

 わたしの肩を抱きながら、アルが不敵に言った。

「ですがそれが悪手であることは。あなたが一番分かっているのでは?」
「そうかしら」

 ジョゼフィーヌ様は余裕を取り戻したように笑う。

「確かにね、ベティが投じた一石は確かに脅威ではあるけれど……西方諸国の問題に比べたら些末なことよ。いっそのこと亜人族全員をオルロー公爵領に閉じ込めて処分することもできるわけだし」
「隣人であり、貴重な労働力である彼らを追い出すと?」
「それほどの国難が迫っているのよ。碌に社交界にも出ず、公爵としての役目を放棄していたあなたには分からない話だろうけれど」

 痛烈な批判にアルは黙り込んだ。
 アルが公爵領に引きこもっていたことは事実で、王妃側からすれば『国のためにならない』ことのなのだろう。

(……どうしたものかしら。面倒な事態になった……)
「……どうしたものかしら。面倒なことになったわ……」

 わたしはギョッと顔を上げた。
 自分の思考を読まれているかと思ったけど、ジョゼフィーヌ様は扇で顔を仰ぎながら思案しているようだった。

「無理やり別れさせることは簡単だけれど亜人領のこともある……第三王子に嫁がせてあたくしの側近になってもらうのがベスト……いっそのこと国王愚図を処分して私との同性婚を認めさせようかしら……駄目ね。面倒が多すぎる。はぁ、それもこれもラプラス領の愚図がベティをアルフォンスに嫁がせたから……ほんと男って愚図ばっかり……」

 いや、あの。
 同性婚とか聞こえたのだけど、聞こえなかったことにしていいかしら。
 ジョゼフィーヌ様、どれだけわたしを手に入れたいのよ……さすがにドン引きだわ。

(でも、それほど国の危機が迫ってるということかしら。西方諸国連合……お父様は上手く貿易を続けてくれればいいけど……)

 わたしたちの間に痛いほどの沈黙が降りる。
 どちらも一歩も引かない状況。
 それでも退かないジョゼフィーヌ様の意地にわたしが物申そうとした時だった。

 コンコン、とノックの音が響いた。

「王妃様。お手紙が届いております」

 扉の向こうから聞こえた声にジョゼフィーヌ様は苛立たしげに扇を叩く。

「あたくしは今忙しいの。誰も入るなって言ったわよね?」
「それが……内容が内容だけに、至急見せたほうがいいかと」
「……? 分かったわ、いらっしゃい」

 扉が開き、ジョゼフィーヌ様の専属侍従であろう女性が入ってくる。
 女性は手紙を渡すと、一礼して去って行った。

「一体何なのかし…………ら?」

 手紙を開いたジョゼフィーヌ様は目を見開く。
 愕然と固まった彼女は一拍の間を置き、

「あはっ」

 ──笑った。

「あっははははははは! あはははははは!」

 突然笑い出したジョゼフィーヌ様にわたしはアルのほうを向く。
 けれど、アルは安心したように頬を緩めているだけだった。

「アル、何か……?」
「うん。どうやら間に合ったみたいだ」
「……?」

 わたしが頭に疑問符を浮かべると、

「はぁ──……」

 ジョゼフィーヌ様は笑いを止め、深くため息を吐いた。
 脱力した彼女はわたしを見て苦笑い。

「もういいわ。行きなさい」
「え?」
「行きなさいって言ったの。あなた達の結婚を認めてあげる」
「!?」

 あれほど強情にわたしを手に入れようとしていたのに……。
 疑うわけじゃないけれど、わたしは驚きのあまり声も出なかった。

「まったく。やられたわ。愚図だ愚図だと思っていたけれど……とんだ食わせ者だったみたいね」
「あの、何が……」
「言っておくけれど、あたくしはまだあなたを諦めたわけではないわよ」

 ジョゼフィーヌ様は立ち上がった。

「あなたは国のために必要な人材なの。公爵領なんかで燻っていられたら困るわ」
「……ジョゼフィーヌ様」
「あなたを王家に取り入れるのは別のやり方で行くことにする。それじゃあね」

 最初から最後まで自分のペースを貫き通し、ジョゼフィーヌ様は居なくなった。
 ばたん、と扉の閉められた応接室で、力の抜けたわたしはソファに崩れ落ちる。

「ベティ」
「はぁ~~………………生きた心地がしませんでした」
「僕もだよ。本当に、あの人は怖いよね」

 わたしは頷いて、

「ただ……女性の身で国を支えるあの人の在り方は……ある意味、すごいと思います」

 そう、本音を吐露した。
 アルは苦笑して同意する。

「それも分かる。さすがは『国母』と呼ばれるだけあるよ」

 でも、とアルは笑った。

「そんな相手に一歩も引かなかったベティもなかなかにかっこよかったよ」
「……っ、い、いえ……アルの仕掛けがなかったら最後にやられてたかもですし」

 最後にジョゼフィーヌ様を引かせたのはアルだ。
 何やら仕掛けていたようだけど……

「あれは結局、なんだったんですか?」
「それは……」

 アルが言いにくそうにした、その時だ。

「──お姉様!」

 応接室に息を切らして少女が駆け込んできた。
 王宮を走るなんて無礼な真似をした愚か者は、わたしを見つけて顔を輝かせる。

「お姉様、よかった、まだ居てくれた!」
「フィオナ……?」

 貴族院の制服を着たフィオナにわたしは苦言を呈した。

「フィオナ。久しぶり。わたしも会いたかったけれど、さすがに王宮を走るのは……」
「ちゃんと許可は頂いています!」
「あ、そ、そうなの? それなら……あ、紹介するわね、フィオナ。この方が」
「申し訳ありませんがお義兄様との挨拶はまた後で。それよりも」

 フィオナは胸に手を当て、息を整えながら言った。

「落ち着いて、聞いて下さい、お姉様」
「……なんなの?」

 そして彼女は懐から手紙を取り出した。

「お父様が危篤です。今すぐ一緒に来てください……!」
「──え?」

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