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第一話 婚約破棄
しおりを挟む「アイリ・ガラント。貴様との婚約を破棄する」
すべての始まりは元婚約者が発したこの言葉だった。
誕生日の前夜祭として開かれたパーティーで唐突に告げられたのだ。
言うまでもなく、私は混乱した。
「り、リチャード様、あの、どういうことでしょう……?」
「言葉以上の意味はない」
金髪の王子は眼鏡をクイ、と上げて鼻を鳴らした。
「僕、リチャード・ヒューズ・フォン・エルシュタインは君との婚約を破棄する」
……百歩どころか一万歩くらい譲って私がそれを許したとしても。
私の誕生日の前夜祭を開いた主催者がそれを突きつけるのはどうなのかしら?
「不満そうな顔だな」
私が口を開く前にリチャード様がため息を吐いた。
「君はいつもそうだ。そうやって口に出さず、態度ですべてを察してくれと言わんばかりに黙り込む。こうして僕が意図を察してやらなければ喋れない場面が、今までいくつあった?」
「あ、あの。私は、その」
べ、別に察してほしいわけじゃないわ。ちゃんと考えてから喋ろうとしているだけで……。
下手なことを言って相手を傷つけたり嫌われちゃうのは嫌だから、ちゃんと考えてから喋りたいのだけど、周りの人たちはいつも痺れを切らして私との会話を打ち切ってしまう。今までちゃんと話せたのは家族くらいじゃないかしら。
あ、そうだ。
家族といえば、両家の許可は取ってあるのかしら?
特に殿下は王族なのだから勝手に婚約破棄なんてしたら王家の信用にかかわるのだけど。
ほら、周りの人たちもひそひそと囁いてらっしゃるわ。
「リチャード様、大丈夫なのですか?」
「貴様のような悪女と婚約を続けているよりマシだ」
「悪女!?」
いろいろな言葉をすっ飛ばしての疑問だったけど、リチャード様は別の意味で捉えたようだ。
身に覚えのない風評被害に戸惑っていると、彼は虫を見るような目になった。
それから隣にいる令嬢の腰を抱き寄せ、私から被害者を庇うよう糾弾する。
「君はここにいるエミリア男爵令嬢に嫌がらせの数々を繰り返した。お茶会の茶葉を腐ったものとすり替えたり、貴族学校では物を隠したり、僕との婚約を飾り者のように見せつけ、周りを脅していたようじゃないか。そんな君が悪女でなくてなんなんだ?」
「!?」
(全部身に覚えのないことだわ!)
そう叫びたかったけど、あまりに驚きすぎて口がパクパクとしか動かなかった。
確かにエミリアが紅茶が嫌いなお客様に紅茶を出そうとしていたから、コーヒー豆を渡したり、忘れ物をした彼女のために物を貸したり、体調を崩した彼女のお母さんのためにお薬を煎じたり、そういうことをしたことはあったけど、彼女を陥れようとしたことは一切ない。
そもそも貴族学校で話しかけてきたのはエミリアのほうだ。
ただでさえ爵位が低いうえに元平民で会話が得意じゃない私は貴族学校で浮いていて、同じ子爵令嬢のエミリアは一緒に過ごそうと提案してくれた。図書館にいる王子を紹介してくれたのもエミリアだ。そんな恩人であるエミリアに私が心を許すのも時間がかからなかった。会話が下手な私なりに、エミリアのために何かをしてあげたいと思ったものだ。
それなのに、どうして……。
「エミリア……? うそ、よね?」
私は一縷の望みをこめて、リチャードが抱き寄せている令嬢──エミリア・クロックに言ってみるのだけど……。
「リチャード様がおっしゃったことはすべて事実です」
エミリアの言葉は周りの人たちに聞かせるようだった。
「私はこれまでアイリ・ガラントから嫌がらせを受けてきました。彼女は同じ子爵令嬢の身でありながら王子に選ばれた自分を誇りに思っていたようなのです。そのせいで、いろいろと辛い思いもしました。家族も……私は、彼女の行いを糾弾するためにあえて王子にこの場を開いてもらったのです」
周りから怒りの声が上がった。
家族も……ですって? エミリアは具体的なことは何も言っていないわ。
けれど、桃色の髪を伸ばした彼女の涙ぐんだ姿は見る者の想像を掻き立て、目の前にいる私のイメージが見る間に書き換わっていくのが分かる。違う。嘘よと私は言いたかったのだけど、いつものように言葉にしたい言葉はなかなか声になってくれなくて。
「待って……待ってください。何かの間違いです!」
そう叫ぶのが精一杯だった。
必死の抗議もむなしく、リチャード様は不意に悲しい顔になって、
「君は物静かだが、知的な女性だと思っていた……まさかこんなことをするとはな」
「殿下!」
「本当なら宮廷魔術師殿に頼んで自供魔術をかけてやりたいところだが、今までの君に免じて勘弁してやる。実は最初から、その銀髪が気持ち悪いと思っていたんだ……もう二度と、僕の前に現れないでくれ」
リチャード様が私の横を通り過ぎて、膝から崩れ落ちた。
身に覚えのない罪で私を見る軽蔑の眼差しが突き刺さり、体中から気力が奪われてしまう。
もう、立ってなんていられなかった。
「どうして、私は……」
「アイリ」
エミリアは王子のあとを追いながら、すれ違いざまに耳に顔を近づけて。
一瞬、これは何かの冗談なのかと思った私は粉々に打ち砕かれた。
「今まで引き立て役、ご苦労さま、アイリ」
「エミ、リア……?」
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「え……」
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もはや私は、何一つ信じることが出来なかった。
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