冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

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第七話 はじめての侍女、でも……

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 アッシュロード家はエルシュタイン西部にある小さな領地を治めている。
 数十年前から小競り合いを続けている西南のレオグランド帝国と北西のドルトヴァン共和国の国境にあり、峻厳な山から吹き下ろす風が冬のような寒さを運んでくる。何度も戦争の現場となったせいか、領地には魔獣が徘徊し、それゆえに作物ができにくく、お世辞にも豊かとは言えない領地だった。

「──引き受けてくれたのはありがたいが、すぐに逃げ出すかもしれないな」
「それを真正面から私に言うのですか」
「隠していても意味はない。それが──」
「合理的ですか?」
「そういうことだ」

 この人はシン・アッシュロード・ゴーリさんに改名したほうがいいと思う。
 そんなことを思いながらドレスに着替えた私は丈の合わないスカートを揺らした。
 今度買いに行かなきゃいけないけど、お金貰えるのかな。

「では、食堂に行こう」
「はい」

 辺境伯様の家とあってちょっと緊張したけど、平民より少し大きな家という感じだった。
 家の面積より庭のほうが広くて、二階建てで、部屋の数は六個くらいしかない。
 本当に必要最低限にしか用意していない感じだ。

(なぜかと聞かれれば、それが合理的だからだ)

 心の中でアッシュロード様の声真似をして楽しむ。
 ちょっと笑いそうになった私が席につくと、侍女の方が食事を用意してくれた。

「アイリ。紹介しよう。この家の侍女の一人で、君の専属となるリーチェ・ファルナだ」

 茶髪のおさげが可愛いリーチェはにっこりと笑みを作る。

「初めましてアイリ様。わたしはリーチェです! なんでもお申し付けくださいましね♪」
「あ、うん……はい。よろしく、お願いします」
「はーい♪」

 軽い人だなぁ、主人と侍従は似るのかなぁ。
 そんなことを思いながら食事を見る。
 今日の食事はサラダにライ麦パン、かぼちゃスープというものだった。

 アッシュロード様は申し訳なさそうに言った。

「すまん。我が家はあまり裕福じゃなくてな……これだけしか出せない」
「え、これ全部食べて良いんですか?」
「……? 当たり前だろう」

 私はかぼちゃのスープに触れてみる。
 入れたばかりのスープは暖かくて、ほっこりした。

(スープなんて飲むの、三年ぶりくらいだわ)
「………………やっぱりここは天国では?」
「は?」
「いえ、なんでもありません」

 いけない。今の私はアッシュロード様の偽装妻。
 つまり辺境伯の妻らしく振舞わなきゃいけないんだから、いちいち食事くらいで驚いていたらキリがない。

「なんでもありません」
「……そうか」

 うわぁ、これめちゃくちゃ美味しいわ!
 かぼちゃの甘みが口のなかに広がって、とろんと蕩けちゃう。
 え、なかに何か入ってる。クルトン? すごい、こんなものまで!?
 辺境伯領ではかぼちゃが取れるのかしら。
 レシピが知りたいのだけど料理人は奥にいるの? 気になるわ!

「あの……」
「なんだ」
「いえ……」
「……」
「……」
「……」
「……やっぱりなんでもないです」
「そうか」

 いろいろと喋りたかったけど、控えることにした。
 私なんかが感想なんて言っても誰も喜ばないしね。
 エミリア相手にはめちゃくちゃ喋っていたけど、今思えばアレが嫌われた原因かもしれない。何がどうなってあんなことになったのか分からないのだし、私は出来るだけ喋らないほうがいいわ。

「そういえば君のスケジュールだが」
「はい」
「子爵令嬢として教育を受けているのは知っている。ただ、辺境伯夫人になるには少し足りない」
「……つまり教育ですか?」
「あぁ。家庭教師をつけるから、ダンスや礼儀作法、基礎教養を身に着けてほしい」
「分かりました。そういうことなら」
「今後のことを話すのは、それからだな」

 元より平民上がりな私である。礼儀作法がおぼつかないことは知っている。
 むしろ、家庭教師をつけてくれるならありがたいくらいだ。

「明日から始めるから、ゆっくり過ごしてくれ」
「分かりました」
「ではリーチェ。あとは頼む」
「はい」

 食事を終えた私は自室に戻った。
 アッシュロード様はお仕事に出かけたので、今日の妻役は終わりだ。
 ばたん。と扉が閉まる音が聞こえる。どうやら旦那様が家を出たらしい。
 私はベッドにちょこんと座りながら、リーチェさんと向き合う。

(ゆっくり過ごせとは言われたけど……何をしようかしら?)

 世の中の婦人たちはどういう風に過ごしているのかしら。
 お茶会? ダンス? 読書?
 あ、読書はいいわね。一人で集中できるし、本は好きだし。

 読書。うん、いいんじゃないかしら。
 よし、まずはリーチェさんに本の場所を聞かないと。
 えぇっと、ジャンルは何にしようかな。それから……

「あの、リーチェさん」
「はぁぁ~~~、くそダリ―」

 ………………え?
 私が呼ぶのとリーチェさんがため息を吐くのはほぼ同時だった。
 さっきまでのニコニコとした顔は消えうせ、めんどくさそうな顔で鼻をほじってる。

「まじダリーです。リーチェが箱入り貴族娘に仕えなきゃいけないなんて」
「え? え?」
「あ、これ洗濯しておいてくださいです。私は読書するのでご自由に過ごせです」

 ゴミのように放り投げられたネグリンジェ。
 明らかに私を見下したような侍女は先ほどとは別人のように冷たかった。


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