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第十話 真夜中の対談
しおりを挟む苦労の甲斐もあって私の食生活は格段に向上をはじめていた。
採れたての野菜は瑞々しく、生で食べても美味しいくらいだった。
このノウハウがあれば旦那様に捨てられても生きていけそうだ。
それと、もう一つ変化があったのが……。
「奥様奥様、こちらのラディッシュはどうしますか?」
「そうですね。オリーブオイルに漬けて食べましょうか」
「分かりましたっ!」
私を嫌いだったはずのリーチェさんが激変した。
子犬のように私のあとをついて来ては、
「奥様、これ魔術でやれば簡単に出来るですよ」
鍬を持つ私の代わりに魔術で土地を耕してくれたり。
「こうしたら生育が早くなるんじゃないですか? やってみましょう!」
自分の意見を言って喜々として畑に手を出してくれたり。
とてもありがたいのだけど、変化が唐突すぎて戸惑ってるのも本音だ。
何か、あったかしら。彼女が変わるようなことが。
あの子を虐めていた侍女は旦那様が解雇したけど、それくらい当然のことだし……。
ともあれ、私はアッシュロード様がいない間、快適に過ごせていた。
「ワン、ツー、ワン、ツー。はい。奥様お上手ですよ!」
「ありがとうございます」
「筋がいいですね。子爵の教育が行き届いています」
「奥様、タオルをどうぞなのです」
「ありがとうございます、リーチェさん」
「もぅ、リーチェでいいって言ってるです。リーチェは奥様の侍女ですよ?」
「……そうね。ありがとう、リーチェ」
「はいです♪」
家庭教師の人も優しくて、物覚えがいいと褒めてくださったし。
まさかリーチェさんがタオルを差し出してくれるようになるとは……。
人間って、何がどう転ぶのか分からないものね。
少なくとも、貴族学校に居る時より幸せな日々だった。
まぁ私を連れてきて放置している彼にはちょっと一言言いたい気分だったけど。
その機会が巡ってきたのが、まさに今夜だった。
「失礼します。いいですか?」
「あぁ。来たか、入ってくれ」
扉をノックして入ると、執務椅子に座ったアッシュロード様が居た。
「何か御用ですか?」
「ここ数日、君と話せていなかったと思ってな」
「はぁ」
「とりあえず、君の家族の保護は完了した」
「!?」
私は目を見開いた。
アッシュロード様は淡々と続ける。
「少なくとも君の冤罪のせいで家族に類が及ぶことはない。そのように世論を誘導した」
「もしかして、ここ数日いなかったのは……」
「それの対処と、婚姻届の提出、君の身辺周りの仕込み、だな」
(……全部私のことじゃないですか)
てっきり宮廷魔術師としての仕事をしていると思っただけに、ちょっとだけ申し訳ない気分になった。偽妻として迎えたのはいいものの、放置していたのだと。
「ありがとうございます。それで、家族は……」
「君のことを心配していた。正直、隣国に避難を進めたのだがね。君の妹は社交界に残ると言ったよ」
「……そうですか」
気の強い妹の姿を思い浮かべて私は苦笑してしまう。
あの子に危害が及ばないなら、それもいいかもしれない。
「何か、言いたそうな顔だな」
「はい。まぁいろいろと」
「言ってみろ」
顎をしゃくられて、私は深呼吸する。
「私が来た初日のことですが……」
「うん」
「……」
「……」
アッシュロード様は辛抱強く私の言葉を待ってくれる。
まっすぐに目を見つめて私は言った。
「料理を質素にしたのはわざとですよね?」
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アッシュロード様は笑みを深めた。
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