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第十九話 義母の困惑

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 いや、待って。
 落ち着くのよアイリ。
 これはあくまで建前の話で、本音じゃないわ。

 動揺してしまったけど、よく考えたらこんな言葉で喜ぶのはおかしいし。
 俺女って。

 むしろ『私は物じゃないわよ!』って憤慨するところじゃない?
 もちろん辺境伯様に憤慨するような度胸は持ち合わせていないけれど。
 でも、髪に口づけを落とすのはやりすぎだと思います!

「……ずいぶんと気に入っているのね、シン」
「妻ですから」
「へぇ、そう。ふ~ん。」

 ……なんだかものすごく敵視されているみたい。
 すっごく睨まれてる。
 大丈夫だよね? 私、明日には死んでないよね?
 不安になって旦那様を見上げると、リザ様の目が光った気がした。

「あなたのほうはそうでも、そちらのお嬢さんはそうではないようだけど?」
「アイリ?」

 旦那様が笑顔のまま頬を引きつらせた。
 疑われているのだからなんとかしろと言っている。
 うぅ、だって恥ずかしいんだもの……!

 どうしよう。人前で抱き合えばいいの?
 それとも旦那様みたいに口付け? 
 いやいやいやいや。好きじゃない人とそういうの無理だから。
 こちとら元平民ですよ?

 私はこの場を逃れるために言い訳を探し、

「辺境伯夫人たるもの。夫への愛はしかるべき場所でのみ見せるべきかと」
「は?」
「人前では仏頂面だけど自分の前でだけ甘えてくれる……そんな姿に、男性は心を惹かれるのではないでしょうかっ?」

 ……なーんて、全部私の妄想なんだけど。
 でもそうよね。人前でいちゃいちゃは辺境伯夫人として違うわよね。
 エミリアじゃあるまいし。
 私がまくしたてるように言うと、リザ様は「くッ」と奥歯を噛みしめた。

「そんな平凡な感性で辺境伯夫人が務まると思って?」
「いえ、無理です」
「「は?」」

 私はきっぱりと言った。
 旦那様とリザ様は同じような顔になっているけど……
 だって無理なものは無理だもの。私、ただでさえどんくさいし。

「今のままでは無理です」
「なに言って」
「ですので、若輩者ながらお義母様のご指導を賜れればと存じます」

 ぺこりと私は頭を下げる。
 リザ様はなぜか唖然としていた。

「ぶふッ」

 と噴き出したのは旦那様である。
 人が真剣に話しているのに笑うのは失礼だと思う。

「旦那様?」
「あぁ、悪い。君を笑ったわけではないんだが。ただ……ふはッ」

 めちゃくちゃ笑っていますけど。

「あなた……何のつもり? 私、あなたを攻撃していたつもりなのだけど」
「リザ様が大事な息子を思ってのことだとは、私も分かっています」

 顔合わせもなくいきなり妻だと連れて来た女を怪しむのは当然だ。
 そもそも本当の妻じゃないしね。
 さすがにそれを知ったら殺されちゃうと思うので言わないけど。

「なんでそう思うの?」
「人を貶めたり、嘲笑う人は……笑顔の裏に刃を隠すものです」

 エミリアがそうだったように。
 普通に攻撃してくる人は、むしろまだやりやすい。

「だから、私がお義母様を憎いと思う事はありません。どうか私とシン様の関係を認めてください」
「……」

 深く頭を下げると、リザ様が私のことをじっと見つめている気がした。
 静かな時間だ。使用人たちまでもが注目しているのが分かる。
 緊張に耐えきれず、私が詰めていた息を吐きだそうとしたその時──

「きゅお!」
「え?」

 私のドレスに隠れていたシィちゃんが飛び出した。
 私とお母様の間に立ち、威嚇するように唸っている。

「「「魔物!?」」」
「シィちゃん、ダメ!」
「全員動くな! この子は妻が調教した魔物だ!」

 使用人たちの悲鳴、怒号。
 物々しい雰囲気に一瞬で喝を入れた旦那様。
 私はシィちゃんの身体に飛びついてその身体を押さえた。

「大丈夫。この人は敵じゃないから。大丈夫だよ」
「ぐるる……」
「ありがとね。守ってくれようとしたんだね。シィちゃん素敵だねぇ」

 頭の先から尻尾の先まで順に、ゆっくりと撫でてやる。
 すると、毛を逆立てていたシィちゃんは落ち着きを取り戻し、甘えるように私の頬を舐め始めた。

「もう、くすぐったいってば」
「……ねぇ。本当にあなたが調教したの?」

 驚きに固まっていたリザ様に、私は頷いた。

「はい。といっても最近の話なんですけど」
「……魔物を調教」
「私、昔から動物に懐かれやすくて」
「いやいやいやいや……」

 リザ様はなぜか何度も首を横に振り、ぶつぶつと呟いている。

「ありえないでしょ……それってどれだけの……」
「お義母様?」

 リザ様は信じられないような目で私を見ていた。

 ……あれ? 私なにかやっちゃった?
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