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第二十一話 ラブラブ夫婦(偽)

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 翌日の朝。

「アイリさん、今日一日私に下さいな」
「はい?」

 朝食の席でお義母様は私にそんなことを言った。
 本当なら顔合わせして一晩泊まったあとはすぐアッシュロード領に帰るつもりだったけど、どうやら旦那様も王都でお仕事が入ったらしく、もう一日だけ滞在することになった。ちなみに『お仕事』は表のほうの仕事である。ちょっとだけ意外だったけど、まぁ、そんなほいほい裏の仕事をやっていたら今ごろ王都の人口は激減しているものね。

「私は構いませんが」
「そ。仕立て屋を呼んであるの。一緒にドレスを選びましょう」
「ドレスならリーチェさんが選んでくれたものが……」

 と言おうとすると、リーチェが耳元に囁いて来た。

「奥様、奥様、リーチェが選んだ服を大事にしてくれるのはちょーありがたいですが、ここはお言葉に甘えやがれです。そのドレスもサイズが合ってないですし、ちゃんとしたもの着て欲しいです」
「そう……? それなら、まぁいいけど」

 そういえばサイズが合ってなかったのだっけ。
 腰のあたりが少しきついし袖も長いのだけど気にしていなかったわ。
 エミリアに「アイリのファッションセンスは皆無」ねと冗談交じりに言われたっけ。

 ん? もしかしてあれって本気だったのでは?

「それまでは何をしましょうか」
「そうね。好きに過ごしてくれて構わないわ」
「……掃除でもしようかな?」
「「それはダメ」」

 お義母様とリーチェの声が重なった。
 掃除を禁じられると読書ぐらいしかないのだけど。

 あ、シィちゃんのお家を作ろうかな?
 完成の理想図と設計だけしておけば、領地に帰ったあとすぐ手をつけられるし。
 こう、犬小屋のちょっと開放的なやつ。
 家の中でも欲しかったのよね。シィちゃんの居場所があるみたいで素敵だし。

 そんなこんなで朝を過ごしていると、すぐに仕立て屋さんがやってきた。

「毎度お引き立てのほどありがとうございます」
「えぇ。今回はこの子の服を見繕ってもらおうと思って」

 仕立て屋さんは恰幅のいい男の人だ。
 顔立ちの似た息子さんらしき人も傍に居て、私のことを上から下まで眺めていく。金髪の息子さんが愛嬌のある顔で言った。

「お美しい奥様ですね」
「そうでしょう?」

 リザ様が口元に手を当てて笑う。
 この人、なんだか昨日までと態度が違うのは気のせいかしら。
 異様に優しいというか、気遣われるというか。
 私は嬉しいけど、ここまで至れり尽くせりだと逆に怖いわ。

「でも、ファッションに疎くてね。今までロクなもの着ていないの」
「それはそれは、腕が鳴りますな」

 仕立て屋さんが快活に笑う。
 リザ様は割と辛辣だ。
 持ち上げといて落とすところになぜか安心してしまった私だった。

「奥様は素材が良い分、どんな生地でも合いそうですな」

 仕立て屋さんが持ってきた箱にはさまざまな布がおさめられていた。
 旅行カバンが五つくらい並んでいる。
 蓋を開けると色とりどりの布が姿を見せた。
 赤や青や黄色、花柄や樹の柄、刺繍入りの生地……。

 ……というか、すごい種類ね。

「あなたの銀髪ならこっちの布かしら。いえ、でも明るめのドレスも捨てがたいわね……」

 布と私を見比べながらリザ様が言う。
 やっぱり昨日と全然違う。なんだか娘に対する母親みたい。

「ひとまず採寸せていただこうと存じます。大奥様、こちらで布を見て頂いてよろしいでしょうか?」
「えぇ、分かったわ」

 リザ様と仕立て屋さんたちは別室で待機。
 さすがに淑女の肌を他人に見せるわけにはいかないからだ。
 私も恥ずかしいのでかなり助かる。

「奥様、素晴らしい体つきですね。羨ましいですわ」
「そ、そうかしら」
「何かコツがございますの?」
「……そうね。自給自足の生活を試してみると運動になると思うわ」
「は?」

 仕立て屋さん付きのメイドさんと会話しながら採寸していく。
 自宅で野菜を育てていることを言ったら驚かれてしまった。
 あれ? これ言っていいのかな?
 まぁいいか。
 別に悪いことしてるわけじゃないし、お野菜美味しいし。

「終わりました」

 そんなこんなで採寸を終えると、

「ただいま帰った……っと、間に会ったか」
「旦那様?」

 朝に仕事に出かけたはずの旦那様が帰って来た。
 思わず戸惑いの声をあげた私に旦那様は悪戯っぽく微笑む。

「母上から君がドレスを買うと聞いてな。早めに切り上げてきた」
「え? なんでですか?」
「なんでも何も、妻だから当然だろう」

 旦那様の意味ありげな視線に気付いて私は慌てて口を開いた。

「わ、私のために早く帰ってきてくださったんですね! とても嬉しいですわ!」
「ふふ。我が愛しの妻よ。お前のためならなんてことないさ」
「旦那様……」

 甘えるように上目遣いで旦那様を見つめる私。
 チラ、と仕立て屋さんのメイドを一瞥する。
 彼女の頬はうっとりと紅潮し、口元に手を当てていた。
 旦那様は顔立ちが整ってらっしゃるから、見惚れるのも無理はない。

 ふぅ。でもおかげで仲睦まじい夫婦を演じられたかな。
 偽の妻としての役目はきちんと果たさないとね。
 そう思った瞬間、私は旦那様の胸のなかにいた。
 耳元でささやく声。

「君は芝居が下手だな」
「!?」
「これは罰だ」

 ちょ、抱きつくのは禁止!
 さすがに近すぎるし色々な意味で駄目だし人前だし!

 確かにちょっと棒読みだったかもだけど……。
 ていうかニヤニヤ笑ってる。旦那様、絶対面白がってるでしょ!?
 ほら、メイドさんとか顔が真っ赤だし今にも黄色い悲鳴あげそうだし!


 ほんとに性格悪いんだから、もー!
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