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第二十八話 愛してるあなたへ
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『拝啓 リヒム・クルアーン様』
春の山菜が煌めく美味しい季節、いかがお過ごしでしょうか。
貴殿に置かれましてはますますご健勝のことと確信しております。
なーんて。
堅苦しいこと書いてみたけど、どうかな? 似合う?
久しぶり、リヒム。
わたしたちが出会ってからもう十年以上経つんだね。
こうして手紙のやり取りをするのも何回目かな。
律儀に返事をしてくれるリヒムに会いたいです。
そうそう、リーネは元気?
きっと今でも強気で料理してるんだろうな。
あの子にも会いたいよ。また料理勝負を挑まれるんだろうけど。
でもね……きっともう会えないと思う。
わたしね。病気らしいの。
今の医学では治らない類のやつなんだって。
ゴルディアスの秘宝を使ってもダメみたい。
やっぱり万能の料理なんてこの世には存在しないんだね。
ちょっぴり期待したけど、たぶんもう半年も生きられない。
だからね。厚かましいお願いなんだけど。
わたしが死んだあと、リヒムに妹……シェラのことをお願いしたいの。
きっとわたしが死んだ後、シェラはよくないことになると思う。
お母さんやお父さんも研究のことばかりで、子供に目もくれないし。
村や神殿のみんなはシェラのこと馬鹿にしてる。
ほんとありえないよね!!!
シェラはあんなに頑張り屋さんで、とっても優しい子なのにさ!
みんなわたしのこと天才だ、神童だ、なんて褒めるけど……。
本当に天才なのは、ずっと努力を続けられるシェラのほう。
本当のわたしはドジで、一度やったことも明日には忘れちゃうような間抜けなのに。誰にも見られないところで泣きわめいてみっともなく蹲っちゃうような子供だよ。
ただお姉ちゃんとしてシェラにカッコ悪いところ見せたくなかったから……。
だから、ずっと天才を演じ続けてきた。
五歳までお父さんやお母さんに叩かれたことは内緒にしてるし。
作ったことのない料理は何度も黒焦げにして覚えるまで練習もした。
本当は辛かった。泣きたかった。
天才って言われるたびに嫌だったんだ。
わたしは天才なんかじゃないって、叫んでしまいたかった。
わたしはこんなに頑張ってるのに、天才の一言で片づけられちゃうんだもの。
きっとわたしの努力なんて、天才という言葉の前じゃゴミ屑同然なんだ。
……でもね、嫌なことばっかりじゃないんだよ。
わたしが包丁を握ると、シェラがすっごく喜んでくれるの。
わたしの料理を食べたらすっごい笑顔で「美味しい」って言ってくれるんだ。
お姉ちゃん凄いって、褒めてくれるの。
その笑顔を見るだけで、とっても勇気が湧いてくる!
あぁ、わたしはこの子のために産まれてきたんだなぁ……って。
わたしの大好きな妹。
シェラがいたからわたしは頑張れた。生き続けてきた。
目に入れても痛くないくらい、可愛くて仕方ない妹なんだよ。
たぶん、アナトリアじゃシェラは幸せになることは出来ない。
だからお願いリヒム。
わたしが死んだあと、シェラをイシュタリアに連れて行って。
あの子は素直じゃないから最初は反発すると思う。
でも根っこのところでは、きっとあなたと合うはず。
シェラは言いたいことをズバっと言っちゃえる、強い子だから。
あなた、強気な子が好きでしょ?
ふふ。手紙とはいえ長い付き合いだもの。知ってるんだから。
久しぶりの手紙なのに、こんなこと頼んでごめんね。
わたしだって、もうちょっと生きたかったんだよ?
お父さんたちには内緒だけど、そのために王都に行く手配もしてるし。
もしわたしが生きていたら、この手紙は破り捨ててね。
あまりにも恥ずかしいもん。
でも、もし死んだら……
シェラのこと、よろしくお願いします。
シェラは努力家で、意地っ張りな優しい子です。
頼みごとをされたら断るくせに結局助けちゃうくらい、素直じゃないけど。
何度怒られてもめげなくて、嫌なことにも立ち向かっていける子なんだ。
ふふ。小さい頃、悪口を言った男の子の股間を蹴り上げた時は笑っちゃったよ。
あれは誰に似たんだろうね? わたしには出来ないなー。
わたしね。もし長生きできたらシェラと一緒にお店を開こうと思うの。
一緒にアナトリアから抜け出して、イシュタリアで姉妹経営をするんだ。
シェラはねー、すっごいんだよ!
幼い頃に教えられたことも覚えてるし、包丁さばきも綺麗。
そしてそして、なんと暗算も出来るの!
わたし、いつまでたっても暗算だけは出来なかったなぁ。
……イシュタリアに行けたら、全部打ち明けたいな。
本当のわたしはダメダメで不安ばっかりの情けないお姉ちゃんだって。
シェラは、それでも受けいれてくれるかな?
わたしと一緒に、お店してくれるかな?
わたし、シェラがお姉ちゃんって呼んでくれるだけで満たされるの。
シェラが一緒に買い物に付き合ってくれるだけで最高の日になる。
こんなにいっぱい温かいものを貰ってるのに、わたしはシェラに何も返せない。
何も返せないまま、死んでしまう。
わたし怖いんだ。
わたしが死んだあと、一人ぼっちのシェラがどうなるか……。
そのことを考えただけでも夜ベッドで泣いちゃうくらい怖い。
わたしに残された時間はあと一ヶ月。
一ヶ月経って手紙が届かなかったら……リヒム。シェラを迎えに来て。
どうか、お願い。お願いします。リヒム。
わたしを少しでも友達だと思ってくれるなら、シェラを助けてください。
こんなことを最期に頼んじゃってごめんね。
あなたのような友達と出逢えて、本当に幸せでした。
ありがとう。
さようなら。元気でね。
あなたの友。アリシアより。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お姉ちゃんが、病気……?」
ぽた、ぽた、と手紙に斑点が出来ていく。
視界が滲むシェラは巨大な感情に呑み込まれていた。
「そんなこと……聞いたことも」
だってアリシアはずっと気丈に振舞っていた。
病気なんてそぶり見せなくて。王都に行くって言った時も元気で。
「わたしはお姉ちゃんのこと、何も……」
シェラは書斎をひっくり返すように手紙を探した。
そして手紙の束を見つける。
『今日はね、シェラが初めてお姉ちゃんって呼んでくれたんだよ!』
「ぁ」
『まだ言葉足らずで、ねーちゃ!だって! 可愛すぎない!?』
まだ拙い字だけど、確かに姉の字で。
どれもこれも、シェラのことばかり書かれていて。
『シェラが初めて料理を作ったの。めちゃめちゃ美味しかった!』
『うちの妹、天才じゃない? わたしのお嫁さんになってほしいなぁ』
『お母さんと喧嘩した。シェラを叩くなんて絶対に許せないんだから!』
くしゃり。と手紙が歪む。
思わず力が入った拳に涙が零れ落ちていく。
『今日はシェラと一緒に買い物したよ。プレゼントあげたら照れてた。可愛い』
『シェラが男の子と喧嘩して勝っちゃった。うちの妹がカッコよすぎる!』
『今日はシェラの誕生日です。ふふ。ケーキを作ったんだけど、シェラ喜んでくれるかなぁ』
『誕生日おめでとう、シェラ。大好きだよ。ほら、リヒムも一緒に祝って!』
もう、ダメだった。
視界がぐちゃぐちゃに歪んで手紙なんて読めなくなった。
「ぐす、うぅ、う˝ぅうう……っ!」
自分はなんて、愚かだったのだろう。
こんなにも愛情を注いでくれているのに、どうして大嫌いなんて言ってしまったんだろう。
「わ˝、わ˝たし、だってぇ……」
本当は大好きだった。愛していた。
世界でたった一人の、最高の姉だと誇りに思っていた。
いつも手を引いてくれる姉に助けられたことが、何度あっただろう。
それだけじゃない。
自分の知らないところで、一体どれだけ助けられていたんだろう。
それなのに自分は、姉のことを天才だと言い続けて。
何気ない言葉が姉を苦しめているだなんて思いもしなかった。
「わ、私、本当に馬鹿だ……大馬鹿だ……!」
袖でどれだけ拭っても涙は止まってくれなかった。
何より嫌だったのは。
姉を傷つけていた過去でも、愚かだった自分でもない。
この手紙を読んで、喜びを感じてしまっている自分こそ嫌だった。
そんな資格、あるわけないのに──。
「……ぐす……すん…………ルゥルゥ」
「なんですか」
シェラは涙を流したまま顔を上げた。
「私を、リヒムのところに連れて行って」
彼に会わなきゃ。
会って、聞かなきゃ。あの時、あの場で何があったのか。
なぜ姉を殺すことになったのか──真実を。
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