宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい

文字の大きさ
34 / 34

エピローグ

しおりを挟む
 

「あんたは本当にトラブル体質だねぇ。色んな意味で」
「私だって好きで巻き込まれてるわけじゃないし」

 月の宮で仕事をしながら、シェラはリーネに悪態をつく。

「そもそもトラブル体質じゃないから」

 実際、ラークの一件以降は何も起きていないのだ。
 というのも、知らない誰かがシェラにが近付こうとするとどこからともなく身内の誰かが現れて引っ張っていくのである。おそらくリヒムの采配だと思うが、自分にそこまでする価値はないとシェラは思う。

「私はただの料理官なのに……」
「ただの料理官……ね。こっちの自覚のなさも問題だねぇ」
「なによ」
「いいや。さ、口を動かさずに手を動かす! 今日は忙しいよ!」
「あなたが喋りかけてきたのだけど……?」

 釈然としないシェラはため息をつき、仕事に戻った。

 ──あれから一ヶ月が過ぎた。

 ラーク・オルトクはひと知れず処刑され、火の宮は没落の一途を辿っている。
 逆に月の宮は皇帝からの信頼がうなぎ上りに上昇し、今では皇帝の食事をすべて任されているほどだ。食聖官ガルファン率いる精鋭たちが作る料理にシェラも興味津々なのだが、近くで見ていたら、ガルファンに絶対にダメだと言われた。

「本当は儂の後任に育てようと思ってたんだが……お前は、あれだ。ヒラのほうが気楽だろ?」
「まぁ、うん」
「皇帝の料理に興味があるわけじゃなく俺たちが作る手法に興味があるんだろ?」
「うん。皇帝は嫌い」
「それ絶対に表で言うなよ……こっち来い。見るならいいぞ。触らせねぇけど」
「私がアナトリア人だから?」
「……下手に触ってお前の存在がバレたらヤバいからな」
「は? なんて?」
「なんでもね」

 何やら不審な様子ではあったものの、興味があることを好きにさせてもらえるのはありがたい。リヒムとは和解したものの、火の宮の件もあってイシュタリア人が苦手なのは相変わらずだ。月の宮で働く者達は別だが。

「シェラ」

 一日の仕事を終えると、リーネに呼ばれた。
 振り向くと、親指で裏口を指差した彼女がにやにや立っている。

「お迎えが来た。上がっていいぞ」
「分かった」
「いいねぇ、恋だねぇ。青春だねぇ。いやーまさかあの野良猫がこんなに懐くとは……」
「リーネうっさい」
「あたしはお前の先輩なんだが!?」

 くすくす笑いながら手早く着替えて、髪を整える。
 服の乱れはない。爪もちゃんと手入れしている。良し。

「……お待たせ」

 裏口に行くと、壁に背を預けていた男が顔を上げた。

「遅かったな。何をしていた?」
「……じょ、女子には色々あんのよ」
「そうか」

 ふっ、とリヒムは笑う。

「では帰るか」
「うん」

 そういえば、迎えがルゥルゥじゃなくリヒムになったのはいつからだったか。
 ラークの件の直後はルゥルゥが迎えに来ていた気がするけれど。

「仕事は?」
「終わらせた」
「そっか」
「あぁ……月の宮はどうだ。居心地は」
「おかげさまで。ずいぶん馴染んでる」
「そうか」
「ん」

 お互い、元から口数が多いほうではない。
 すぐに話題も尽きてしまうけれど、不思議と嫌な心地はしなかった。

(あ、もうすぐ着いちゃう)

 この曲がり角を曲がればすぐに家だ。
 内心で名残惜しく思っていると、リヒムが手を引いて方向を変えた。

「今日はこっちから行こう」
「……そっち、街のほうなんだけど。家はあっちだよ」
「君ともう少し二人で歩きたいと思ってな。ダメか?」
「…………駄目じゃない」
「なら、少し付き合ってくれ」
「うん……」

 それはどういう意味なの? とリヒムを見上げる。
 端正な顔。いつも仏頂面の口元が緩んでいるのを見てシェラは頬を染めた。
 思わず俯くと、握られたままの手が目につく。

「あ、あの、手」
「嫌か?」
「…………嫌じゃない」
「なら、このままで」
(だからそれどういう意味なの!?)

 内心で絶叫してしまうシェラだった。
 先ほどは沈黙が嫌じゃなかったけれど、今は別の意味で落ち着かない。

 ひと気のない道で二人っきりということもあって、なぜかドキドキする。
 悶々と考えていたシェラは、もう開き直って聞いてみることにした。

「ねぇ、これどういうこと」
「これとは?」
「その、手とか、私と、帰ることとか……色々!」
「君はどう思う?」
「ぶん殴るわよ」
「冗談だ」

 質問を質問で返してくる手合いは好きじゃない。
 思わず拳を振り上げたシェラにリヒムは笑った。
 それから前を向いて、言葉を選ぶように黙り込んでしまう。

「……その、な」
「なに。ハッキリ言えば?」
「馬鹿。心の準備くらいさせろ」
「私のほうは準備出来てるんだけど」

 告げると、リヒムは立ち止まった。
 シェラは真っ赤になった顔を逸らしながら、ぼそぼそとつぶやく。

「だから……準備、出来てるんだけど」
「……俺でいいのか?」
「じょ、女子にそれを聞くのっ?」
「……そうか。悪い」

 リヒムは頬を緩め、その場で膝をついた。
 騎士が姫にするように手を取り、蒼い瞳がまっすぐシェラを見上げる。

「シェラザード。俺は君が好きだ」
「……っ」
「君の意地っ張りなところが好きだ。頑固なところも、素直になれないところも、頑張り屋なところも、負けず嫌いなところも好きだ。ふとした仕草が好きだ。君の、笑顔が好きだ」
「…………うん」

 顔が熱い。頭がふわふわして足元がおぼつかない。
 こんな風に熱烈に愛を囁かれるなんて、夢みたいで。

「君を生涯守る権利を、俺にくれないか?」
「……………………はい」

 シェラは熱に浮かされたように頷いた。
 ふと我に返って、

「え、いや、生涯!?」
「当たり前だろう。嫌か?」
「嫌っていうか色々順序を踏みたいというかその、」
「俺は君以外を好きになることはないからな。問題なかろう」
「~~~~~っ、そ、それここで言うの反則っ! 私だって……」
「私だって、なんだ?」

 悪戯っぽく微笑むリヒムが憎たらしくて。
 ぐぬぬ、と唸ったシェラは、立ち上がった彼の胸にぐりぐりと頭をこすり付けた。

「だから、女子にそれを言わせるのは、だめだってば……」
「言葉にしなければ分からないものもある。俺たちはそれを学んだはずだが?」
「……そう、ね。それは、うん」

 すぅ、はぁ、と息を吸い、吐く。
 シェラは顔を上げた。

「あなたが好きよ」

 言ってから、これ以上ないくらい顔が熱くなった。
 俯こうとすると顎を持ち上げられて。

「俺もだ」
「……っ」

 目と目があったと思った時には、唇を重ねていた。
 触れ合うだけの軽い口づけ。名残惜しむように、二人は互いを抱きしめた。
 ぷは、と息継ぎをして、シェラは俯いた。

「……長いんだけど」
「すまん。加減が聞かなかった。ずっと我慢していたから」
「……馬鹿じゃないの? これからも……その、機会があるでしょ」

 シェラが手を伸ばすと、リヒムの手を絡み合った。
 ひと気のない路地で影を重ね合う二人の逢瀬を、邪魔する者はいない。
 リヒムはシェラの頭に口づけを落とし、笑った。

「次は溺れるほど愛してやるから覚悟しろ」
「……うん」

 たたん、とステップを刻むように歩き出して、シェラは振り向いた。
 逆光となった彼女の後ろから光が差し込んでいる。

「これからもずっと、一緒にいてね」

 幸せいっぱいに、シェラは笑った。


 完


--------------------------------------------------------
作者あとがき

ご愛読ありがとうございました!
今回はここまでおしまいとさせて頂きます。
近いうちに新作も投稿しますので、ぜひまたお会いしましょう。

では!
しおりを挟む
感想 31

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(31件)

とまとさん
2022.09.22 とまとさん
ネタバレ含む
2022.09.22 山夜みい

ご愛読ありがとうございました!

解除
   環
2022.09.22
ネタバレ含む
2022.09.22 山夜みい

ご愛読ありがとうございました。
食レポ熱いって言ってもらえて嬉しい~~!

こちらこそ、楽しんでいただけてよかったです!
ぜひまた次回作もよろしくお願いします!

解除
くろこ
2022.09.21 くろこ
ネタバレ含む
2022.09.21 山夜みい

おぉ、ありがとうございます!
その二つの漫画の食レポ目指してるので嬉しいです。
いいですよね、食欲そそられますよね。笑
ぜひ今後ともよろしくお願いします!

解除

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~

黒崎隼人
恋愛
前世で香水の研究員だった記憶を持つ見習い調香師のリリアーナ。 彼女の持つ特別な能力は、眠ると「運命の相手の香り」を夢で予知できること。 ある日、王命によってクロフォード公爵エリオットの元へ派遣される。 彼はあらゆる香りを拒絶する特異体質で、常に無表情な「鉄仮面公爵」として恐れられていた。 しかも、彼自身からは何の匂いもしない「無臭」だった。 リリアーナの作る自然な香りだけがエリオットの痛みを和らげることが判明し、二人は体質改善のための「偽りの契約婚約」を結ぶことに。 一緒に過ごすうち、冷徹だと思っていたエリオットの不器用な優しさに触れ、リリアーナは少しずつ心を開いていく。 そして、彼女の調合した「解毒の香り」が、公爵の体に隠された恐ろしい呪いと陰謀を解き明かし――!? 匂いを感じない公爵が、やがて愛しい人の香りに目覚め、極上の溺愛を見せる。 香りに導かれた二人が紡ぐ、甘く切ない異世界ラブファンタジー!

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。