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エピローグ
しおりを挟む「あんたは本当にトラブル体質だねぇ。色んな意味で」
「私だって好きで巻き込まれてるわけじゃないし」
月の宮で仕事をしながら、シェラはリーネに悪態をつく。
「そもそもトラブル体質じゃないから」
実際、ラークの一件以降は何も起きていないのだ。
というのも、知らない誰かがシェラにが近付こうとするとどこからともなく身内の誰かが現れて引っ張っていくのである。おそらくリヒムの采配だと思うが、自分にそこまでする価値はないとシェラは思う。
「私はただの料理官なのに……」
「ただの料理官……ね。こっちの自覚のなさも問題だねぇ」
「なによ」
「いいや。さ、口を動かさずに手を動かす! 今日は忙しいよ!」
「あなたが喋りかけてきたのだけど……?」
釈然としないシェラはため息をつき、仕事に戻った。
──あれから一ヶ月が過ぎた。
ラーク・オルトクはひと知れず処刑され、火の宮は没落の一途を辿っている。
逆に月の宮は皇帝からの信頼がうなぎ上りに上昇し、今では皇帝の食事をすべて任されているほどだ。食聖官率いる精鋭たちが作る料理にシェラも興味津々なのだが、近くで見ていたら、ガルファンに絶対にダメだと言われた。
「本当は儂の後任に育てようと思ってたんだが……お前は、あれだ。ヒラのほうが気楽だろ?」
「まぁ、うん」
「皇帝の料理に興味があるわけじゃなく俺たちが作る手法に興味があるんだろ?」
「うん。皇帝は嫌い」
「それ絶対に表で言うなよ……こっち来い。見るならいいぞ。触らせねぇけど」
「私がアナトリア人だから?」
「……下手に触ってお前の存在がバレたらヤバいからな」
「は? なんて?」
「なんでもね」
何やら不審な様子ではあったものの、興味があることを好きにさせてもらえるのはありがたい。リヒムとは和解したものの、火の宮の件もあってイシュタリア人が苦手なのは相変わらずだ。月の宮で働く者達は別だが。
「シェラ」
一日の仕事を終えると、リーネに呼ばれた。
振り向くと、親指で裏口を指差した彼女がにやにや立っている。
「お迎えが来た。上がっていいぞ」
「分かった」
「いいねぇ、恋だねぇ。青春だねぇ。いやーまさかあの野良猫がこんなに懐くとは……」
「リーネうっさい」
「あたしはお前の先輩なんだが!?」
くすくす笑いながら手早く着替えて、髪を整える。
服の乱れはない。爪もちゃんと手入れしている。良し。
「……お待たせ」
裏口に行くと、壁に背を預けていた男が顔を上げた。
「遅かったな。何をしていた?」
「……じょ、女子には色々あんのよ」
「そうか」
ふっ、とリヒムは笑う。
「では帰るか」
「うん」
そういえば、迎えがルゥルゥじゃなくリヒムになったのはいつからだったか。
ラークの件の直後はルゥルゥが迎えに来ていた気がするけれど。
「仕事は?」
「終わらせた」
「そっか」
「あぁ……月の宮はどうだ。居心地は」
「おかげさまで。ずいぶん馴染んでる」
「そうか」
「ん」
お互い、元から口数が多いほうではない。
すぐに話題も尽きてしまうけれど、不思議と嫌な心地はしなかった。
(あ、もうすぐ着いちゃう)
この曲がり角を曲がればすぐに家だ。
内心で名残惜しく思っていると、リヒムが手を引いて方向を変えた。
「今日はこっちから行こう」
「……そっち、街のほうなんだけど。家はあっちだよ」
「君ともう少し二人で歩きたいと思ってな。ダメか?」
「…………駄目じゃない」
「なら、少し付き合ってくれ」
「うん……」
それはどういう意味なの? とリヒムを見上げる。
端正な顔。いつも仏頂面の口元が緩んでいるのを見てシェラは頬を染めた。
思わず俯くと、握られたままの手が目につく。
「あ、あの、手」
「嫌か?」
「…………嫌じゃない」
「なら、このままで」
(だからそれどういう意味なの!?)
内心で絶叫してしまうシェラだった。
先ほどは沈黙が嫌じゃなかったけれど、今は別の意味で落ち着かない。
ひと気のない道で二人っきりということもあって、なぜかドキドキする。
悶々と考えていたシェラは、もう開き直って聞いてみることにした。
「ねぇ、これどういうこと」
「これとは?」
「その、手とか、私と、帰ることとか……色々!」
「君はどう思う?」
「ぶん殴るわよ」
「冗談だ」
質問を質問で返してくる手合いは好きじゃない。
思わず拳を振り上げたシェラにリヒムは笑った。
それから前を向いて、言葉を選ぶように黙り込んでしまう。
「……その、な」
「なに。ハッキリ言えば?」
「馬鹿。心の準備くらいさせろ」
「私のほうは準備出来てるんだけど」
告げると、リヒムは立ち止まった。
シェラは真っ赤になった顔を逸らしながら、ぼそぼそとつぶやく。
「だから……準備、出来てるんだけど」
「……俺でいいのか?」
「じょ、女子にそれを聞くのっ?」
「……そうか。悪い」
リヒムは頬を緩め、その場で膝をついた。
騎士が姫にするように手を取り、蒼い瞳がまっすぐシェラを見上げる。
「シェラザード。俺は君が好きだ」
「……っ」
「君の意地っ張りなところが好きだ。頑固なところも、素直になれないところも、頑張り屋なところも、負けず嫌いなところも好きだ。ふとした仕草が好きだ。君の、笑顔が好きだ」
「…………うん」
顔が熱い。頭がふわふわして足元がおぼつかない。
こんな風に熱烈に愛を囁かれるなんて、夢みたいで。
「君を生涯守る権利を、俺にくれないか?」
「……………………はい」
シェラは熱に浮かされたように頷いた。
ふと我に返って、
「え、いや、生涯!?」
「当たり前だろう。嫌か?」
「嫌っていうか色々順序を踏みたいというかその、」
「俺は君以外を好きになることはないからな。問題なかろう」
「~~~~~っ、そ、それここで言うの反則っ! 私だって……」
「私だって、なんだ?」
悪戯っぽく微笑むリヒムが憎たらしくて。
ぐぬぬ、と唸ったシェラは、立ち上がった彼の胸にぐりぐりと頭をこすり付けた。
「だから、女子にそれを言わせるのは、だめだってば……」
「言葉にしなければ分からないものもある。俺たちはそれを学んだはずだが?」
「……そう、ね。それは、うん」
すぅ、はぁ、と息を吸い、吐く。
シェラは顔を上げた。
「あなたが好きよ」
言ってから、これ以上ないくらい顔が熱くなった。
俯こうとすると顎を持ち上げられて。
「俺もだ」
「……っ」
目と目があったと思った時には、唇を重ねていた。
触れ合うだけの軽い口づけ。名残惜しむように、二人は互いを抱きしめた。
ぷは、と息継ぎをして、シェラは俯いた。
「……長いんだけど」
「すまん。加減が聞かなかった。ずっと我慢していたから」
「……馬鹿じゃないの? これからも……その、機会があるでしょ」
シェラが手を伸ばすと、リヒムの手を絡み合った。
ひと気のない路地で影を重ね合う二人の逢瀬を、邪魔する者はいない。
リヒムはシェラの頭に口づけを落とし、笑った。
「次は溺れるほど愛してやるから覚悟しろ」
「……うん」
たたん、とステップを刻むように歩き出して、シェラは振り向いた。
逆光となった彼女の後ろから光が差し込んでいる。
「これからもずっと、一緒にいてね」
幸せいっぱいに、シェラは笑った。
完
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作者あとがき
ご愛読ありがとうございました!
今回はここまでおしまいとさせて頂きます。
近いうちに新作も投稿しますので、ぜひまたお会いしましょう。
では!
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