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幕間 英雄の会合
しおりを挟む煌びやかな照明がダンスホールに降り注いでいる。
二階から見下ろす先には大勢の男女が踊っていた。
表向きは戦勝記念のパーティーということだが、この国の貴族たちは年がら年中、何かしらの理由をつけてパーティーを開いている。
豪華な食事は下々の民を踏みつけて得た結果であり、魔族との戦争は彼らには遠い世界の出来事だ。
「いつ見ても嫌なものね。ほんっとに胸糞悪くなるわ」
手すりに膝をつきながら、金髪の美女はそう言った。
長い金髪をかきあげると彼女の長く鋭い耳が露わになる。
ひらひらの神官服を鬱陶しそうに払いながら、エルフの女はため息をついた。
「正装も好きになれないし。動きにくいったらありゃしない」
「──聖女アリシア・フォーベルク様」
美女──アリシアに声をかけたのは貴族服を着たエルフの男だった。
確か、帝国南南東、ユーグリット平野を納める伯爵だったか。名前は忘れた。
アリシアは伯爵に向き直り、聖女らしくカーテシー。
「ごきげんよう。伯爵」
「私めを覚えていてくださり光栄に存じます。いと尊き聖女様」
伯爵は恭しくアリシアの手を取り、軽く口づけた。
吐き気がするようなおぞましさを覚えながら、アリシアは笑顔の仮面を張りつける。
「よろしければ一曲、お相手願えますか?」
見上げる目はアリシアの身体を舐めまわしている。
まるで想像の中で犯されているような気がしてアリシアは頬を引きつらせた。
(我慢、我慢よ。アリシア。これも仕事、聖女としての役目だから……)
「申し訳ありません。今はこうして平和な光景を眺めていたいのです」
「貴方様が作られた光景、ですな」
「私と仲間が、です」
少し語気を強めると、伯爵は「謙遜なさらず」と食い下がった。
「四英雄の中でもあなた様の功績は一番大きいと聞いております。あなた様が魔王の力を抑えなければ、他の四英雄は魔王の前に立つことすら出来なかったでしょう」
(我慢よ。アリシア。相手は同族。これは仕事、仕事……仕事、だから……っ)
「魔王は強大でした。仲間がいなければどうにもなりませんでしたよ」
「もちろん他の四英雄の方々を軽視するわけではありませんよ。ですが、あなた様の神聖な力は不可欠だった。これは事実です。あぁ、仲間といえば、剣聖のことは非常に残念でした」
アリシアの顔から笑顔が消えた。
能面のように感情が抜け落ちた聖女に気付かず、伯爵は続ける。
「彼は人族にしてはなかなか使える男でしたが、やはり魔王の力には敵いませんでしたな。他の三種族からも信頼の厚い彼を亡くしたのは非常に惜しい。生きていれば、種族間の友好の懸け橋となってくれたものを」
彼の言葉からにじみ出る、人族への蔑視。
女神の恩寵を授かった彼らへの嫉妬、剣聖を軽んじる発言。
そのすべてがアリシアを苛立たせる。
燃えさかる怒りの炎に薪をくべ、油が注がれていく。
「結局、最後に立っていたのは人族以外の三種族。これも神の示した道だとは思いませんか、聖女様」
アリシアは息を大きく吸い込み──
『あんたみたいなクズが、あいつを語るなっ!!!』
『あいつは、がさつで、剣ばっかり振って、いちいち口うるさくて、女心の分からない鈍感野郎で、なんでも剣で解決しようとする脳筋野郎で、食事にうるさかったけど、』
『それでも、あたしの友達だったのよ!!』
『エルフ? ドワーフ? 妖精族? 勝手にやってろ、バー――――カ!!』
──と、言いたいことの全てを吞み込んで。
「四英雄はすべて平等、それが最高神イルディス様の思し召しです」
「神の意図はその解釈によって……」
「聖女の解釈をあなたが変えられると?」
吹雪のような言葉を浴びた伯爵は肩を震わせ、慌てたように頭を下げた。
「申し訳ありません。そのようなつもりは……」
それからこそこそとこちらへ近づき、小声でささやく。
「聖女様。実は元老院から伝言が……」
「少し、気分がすぐれませんわ」
アリシアはにっこりと言った。
「風に当たってきます」
「あ、お待ちを──!」
すたすたと、制止の声を無視してアリシアは歩いていく。
無理やり止めようとした伯爵だが、次の瞬間、光の膜が彼を吹き飛ばした。
悲鳴、ガラスが割れる。戸惑い、混乱。
聖女の怒りに触れた伯爵になすすべはない。
彼とてレベル1000に達するエルフの重鎮。
しかし、無意味。
創造神エウレシアの防御は、魔王ほどの魔力がない限り討ち破ることは出来ないのだ。
「分不相応の力を授かっただけの問題児め……!」
去り際、そんな毒づきが聞こえた気した。
◆
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
特大のため息を、アリシアは吐いた。
女神の結界を張った彼女の周りには誰もおらず、夜の風が聞かれてはならない聖女の声を溶かしてくれる。
「どいつもこいつも、ろくでもないわね、ほんと……」
「よう、アリシア嬢。お疲れのようじゃな。うぃ~」
アリシアの結界に無造作に踏み込める者は数少ない。
その中の一人、ドワーフの《匠聖》、ラガン・ボルボスは酒を片手に言う。
「こんな月夜には酒がよく合う。お主も一杯どうじゃ?」
「そうね……いただこうかしら」
アリシアは酒瓶を受け取って一気に呷った。
ごくり。ぷはっ。
口を離し、しかめっ面になる。
「ひどい火酒ね。酒精が強いだけで味を突き止めてない。ドワーフの趣味がうかがえるわ」
「がはは! 小娘にはまだ早かったようじゃのう」
「……ふん。どうせ私は小娘よ。クソジジイ」
聖女に似合わぬ言葉を吐くエルフにラガンは「ふむ」と顎髭を撫でる。
「よっぽど参っているようじゃの。アリシア」
「……帝国だけじゃない。魔王を倒してから一ヶ月、もう何回パーティーに誘われたと思う?」
「五回じゃな」
「そうよ。そのたびに言われるの」
『エルフの聖女はすごい』
『人族はクソだ』
『他の三種族よりエルフが優れてる』
『世界を主導するのはエルフであるべきだ』
『エルフ以外は支配すべき』
「故郷にいたときは私を問題児扱いしてた癖に、魔王を倒した途端コレよ!」
地団駄を踏むように言ったアリシアは再びため息を吐いた。
「エルフだけじゃない。ドワーフもそうでしょ」
「まぁ、同じようなことは言われちょるのう」
「私たち四英雄の──もっといえば、四大種族のどの種族が魔王討伐に貢献したか、『四種族連合』は紛糾してる。こうして招かれるパーティーでは他種族に潜入した工作員があたしを祭り上げ、どうにか他の種族を落とそうと画策している……エルフの国の指示でね」
三度、ため息。
「どの種族も、自分たちのことばっかり」
「ため息が多いのう。幸せがにげちょるぞ?」
「ため息もつきたくなるわよ」
アリシアは自嘲気に笑い、虚ろな目でラガンを見た。
髭面のドワーフの、黒瞳の視線とまっすぐ向き合って。
「ねぇラガン。あたしたち。何のために戦ったんだろうね」
「……しっかりせい。あやつが今のお主を見たら説教飛ばしてきよるぞ。『何しけた面してやがんだおてんば聖女』ってのう」
「あはは! 確かに、あいつが言いそうなことね」
聖女は懐からペンダントを取り出した。
数奇な運命で集まった彼らが、魔王を倒して平和な日々を手に入れると誓った思い出の品だ。
太陽と三日月の上に剣と槌を重ねた、仲間を象徴するペンダント。
魔王を倒してからは彼を思い出すから見ていなかったが。
「鬱陶しかったけど、今となっちゃあの口うるさい馬鹿がなつか」
突然、アリシアは言葉と途切れさせた。
蒼玉のようだと謳われる瞳がゆっくりと見開かれていく。
一拍の間を置き、言葉を失った彼女にラガンが首を傾げた。
「どうした、アリシア」
「…………光ってる」
「あん?」
「あんたが作ったやつよ! ほらコレ、光ってる! ほらコレ! 剣のとこが、光ってる!」
その意味を理解し、ラガンは目を見開いた。
「まさか、ありえん」
「でも光ってる! つまりはそういうことよ!」
「じゃが、儂らは確かに死を確認した! あやつが死ぬのをお主もみちょるじゃろう!?」
「そうだけど!? 死体は!? 魔王領域から帰ったあと、すぐに神殿の奴らが持ち去ったでしょ!?」
「……それは」
反論する材料を、ラガンは探しているようだった。
だが、自分の作ったものを否定する材料はないはずだ。
アリシアに根負けしたのか、ラガンは懐からネジと金属板を取り出した。
「仕方ない。技への疑いは技で確かめるしかありゃあせんの」
両手に十個以上の道具を持ったラガンはスキルを発動させる。
「神技発動。『匠聖の工房』」
次の瞬間、バルコニーの風景が様変わりした。
もくもくと焚かれた炉、金属板の作業台、ところせましと並ぶ道具類。
おのれの領域を具現化した匠聖は真剣な目でつぶやいた。
「さぁ、行くぞ」
しゅばばばばば! と目にも止まらぬ速さで道具が作られていく。
匠聖の手に掛かればどんな材料も一線級の魔具となる。
スキル光があたりを満たし、アリシアが気付いた時、その場はバルコニーに戻っていた。
「完成じゃ。これで確かめちゃる」
ラガンの手には片眼鏡がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:魔の片眼鏡
価値:伝説級
魔力の性質を見極めることに特化した片眼鏡。
世界録に接続し、過去、現在、未来、あらゆる魔力の波長を見極める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「相変わらずとんでもないのさらっと作るわね……何よ世界録って。最高じゃない」
「ふん。女神と精霊女王に愛されたお主にそう言われるは光栄じゃき」
じゃれ合うように肘を小突き合い、ドワーフは片眼鏡を使用。
ペンダントを覗き込むその目が徐々に開かれ、「うむ」と一言。
「間違いない。あやつは……」
「──発見。二人とも」
ドワーフの言葉を遮り、妖精族の少女が現れた。
いつもの眠たげな目をどこに置き忘れたのか、彼女の表情は真剣だ。
アリシアは王宮の警備を難なく潜り抜ける仲間に驚くこともなく頷いた。
「そっちでも何かあったようね」
「ん。オリバーの家に何者かが侵入してた」
「「!」」
「入り口が壊された様子はない。鍵も正常に動作して開けられている」
「あやつの家は儂らがおふざけで大陸最高のセキュリティにしたはずじゃが?」
「そう。私のスキルを無理やり突破するわけでもなく正常に解除し、ラガンの魔具の性質を完璧に理解し、アリシアの精霊たちに怒られず、私の神技すら追跡を許さなかった。そんなことは世界中の誰だって不可能……たった一人を除いて」
「じゃあ、やっぱり」
「ん」
「そういうこと、じゃな」
四英雄は顔を見合わせ、頷き合った。
彼の中に抱いた疑念は今、はっきりと確信に変わった。
「「「オリバーは生きている!」」」
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