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第一章
第三話 追手
しおりを挟む「おー、待ってたぜ」
山賊まがいの連中を、オリバーは歓迎した。
脅し文句にも関わらず気軽に返すオリバーを彼らは胡乱げに見てくる。
「なんだこいつ」
「状況分かってねぇのか?」
「命乞いじゃないっすか、兄貴」
手下らしく男が言うと、兄貴と呼ばれた男は納得したように頷いた。
「なるほど。素直にそいつを渡すから命だけは助けてくれってことか」
「ダッセェ! ダサすぎるだろ!」
「男ならちょっとは戦う気概見せろや!!」
愉快そうな男たちとは裏腹にシェスタは尻尾を逆立てていた。
「貴様……この下衆が……!」
「あ? なんで怒ってるんだ」
「『待っていた』と言っていただろう。そいつらを私に引き渡すためだったのだな! ハァ、ハァ、この私を弄んでいたのだろう!」
「いやいや、誤解すんなよ?」
興奮したようにまくしたてるシェスタにオリバーは肩を竦めた。
そしてシェスタの首についている鎖を指差して、
「それを見たとき、遅かれ早かれ来ると思ってたんだ。どうせ潰すなら、早いほうがいいだろ。そのためにステータスを上げたのもあるんだ」
「え?」
シェスタはきょとんと目を丸くした。
オリバーは一歩前に進み出て、山賊たちを眺めまわす。
「雑魚ばっかみたいで安心したよ。これなら楽勝だ」
「雑魚、だと……!?」
「他人の話を悠長に聞いているあたり、雑魚だろ」
「ふざけやがって……テメェ、俺様が誰だか分かってんのか!?」
「いや、知らんけど」
「兄貴はなぁ!」
手下が兄貴を称えるように前に出た。
「かの有名な『鷹の団』の白金級冒険者にしてレベル50、『暴腕』の二つ名で知られた男だぞ!!」
白金級といえば冒険者の上から三番目に数えられる。
冒険者の中でも古株と呼ばれ、パーティーの中でも頼りにされる存在だ。
「ほほう。どれどれ」
『鑑定師』などがステータスを覗き見るのはマナー違反だと言われているが、まぁ言っている場合ではあるまい。オリバーは『大いなる心眼』を発動させた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:50
名前:リーガル・エース
種族:人族
天職:剣闘士
《技能》
体術Lv5:身体の使い方が上手くなる。
斬撃Lv10:斬撃を飛ばす。
血飛沫Lv6:切りつけた対象に出血効果を付与する。
怪力無双Lv9:一定時間身体能力が上昇する。
怒髪天Lv10:怒りをトリガーにステータス値が三倍になる。
生存の嘘Lv5:死を偽装して相手を油断させる。
《ステータス》
体力:S
魔力:C
敏捷:A
幸運:D
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ふぅん。近接戦闘能力特化の脳筋か……)
オリバーが顎に手を当てていると、部下がまくしたてた。
「テメェみたいなやつが敵うわけねぇだろ! 何様だ、あぁ!?」
「ん? 俺はオリバー・ハロック。レベル1の美食家だけど」
水を打ったような静けさがその場に広がった。
男たちは顔を見合わせ、肩を震わせる。そして、
「「「ぎゃーははははははははははははははは!!」」」
大爆笑。
腹を抱えた男たちの哄笑がカイゼル大森林に響きわたる。
「れ、レベル1!? 子供にも劣る雑魚・オブ・雑魚じゃねぇか!」
「そんなんでよく兄貴に勝とうなんて思ったな、馬鹿じゃねぇの!?」
「おいおい、そう笑ってやるな子分たち。こんなやつ、雑魚と呼ぶのも失礼だぜ」
兄貴と呼ばれた男──リーガルは鼻で笑う。
「オリバー・ハロックね。大方、死んだ『剣聖』と同じ名前で浮かれている愚か者だろ。その名前を出せば俺たちがビビるとでも思ったか? 考えが浅いんだよ、ば~~~か!」
リーガルは舌なめずりする。
「さっさとテメェを殺してみぐるみ全部吐いて、それから銀狼族だ。苦労して捕まえた上物……絶対に逃がすか」
「……っ」
逃げようとした後ずさったシェスタが嫌悪に顔を歪ませた。
「仕方ない。さっさと終わらせるか」
オリバーは前に出た。
リーガルと呼ばれた男が剣を抜き、目にも止まらぬ速さで飛び掛かってくる。
「終わるのはテメェだよ!!」
──下心に支配された男たちは気付かない。
オリバーのレベルが異常であることにだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
通常、どんなに普通に生きていても10くらいまではレベルが上がるものだ。
レベルとは、食べ物や水に含まれている万物のエネルギー、マナを取り込み、魂の器であるオドを拡張させること。故に、若く見られがちなオリバーのような若者でも、レベル10はいっていないとおかしい。
だから彼らは間違えた。
「格の違いってやつを見せてやる!!」
白金級冒険者リーガルの剣が、オリバーの脳天に振り下ろされ──。
「そうか。じゃあ来世で見せてくれ」
次の瞬間、彼の首筋から血が噴き出していた。
「「「は……?」」」
シェスタと、山賊たちの声がはもる。
血しぶきをあげたリーガルがどさりと倒れ、オリバーは奪った剣を弄んだ。
(……重い。やっぱ剣士だった時みたいに剣は振れないか)
ともあれ、彼らを殺すには充分だろう。
「クズで助かった。良心の呵責を覚えなくて済むからな」
「嘘、だろ。兄貴はレベル50だぞ!? あの速さが見えるわけ……!」
「どんだけ速くても来ることが分かっていたら余裕だろ」
レベル差が絶対とは言えない理由がここにある。
足の動き、呼吸の回数、筋肉の収縮、そういった諸々を考慮すれば、動きを読むことは可能だ。
オリバーは山賊が動く前に動き始め、どういった動作をするのかを予期。
手首を強く打って剣を強奪し、同時に首を切ったのである。
「う、うわぁああああああああああああああああああああ!」
「よっと」
恐らくはレベル20前後だと思われる男の一撃を軽く避ける。
すれ違いざまに振ったオリバーの剣は盗賊の首を両断した。
重いものが落ちる音が響き、オリバーは剣を投げ捨てる。
「一人逃がしたか」
視線の先、仲間を見捨てて走る男の背中。
既に二十メートル以上離れている。さすがにこちらから追いつくことは無理だ。
オリバーがやっていることは戦いの中で培われたもので、純粋な身体能力というわけではない。
(林檎も届かなさそうだなぁ)
「たった一人で、あの者達を……」
驚きの声を漏らしたシェスタに振り返り、オリバーは笑う。
「おう、もう起き上がれるか?」
「貴様は、一体……?」
「だから言ったろ。オリバー・ハロックだ」
シェスタは確かめるように問う。
「……………………まさか、本当に剣聖とでもいうのか?」
「そう呼ばれていたこともあったな。ガジャルの奴は元気か?」
シェスタは目を見開いた。
「長老の名前を……! では、本当に」
「もウ終わったことだ。気にすんな」
肩を竦めつつ、リーガルの死体から懐を探る。
「あったあった」
見つけたのは、シェスタのものと思しき首輪の鍵だ。
もしも壊れていた時を考慮したのか、ご丁寧に首輪まである。
「ちょっと動くなよ……っと、うまく入らないな」
シェスタの首輪を外そうとするが、上手くいかない。
首をひねるオリバーの手を、他ならぬシェスタの手が掴んだ。
「待て。いや待たれよ」
シェスタは睨みつけるように言う。
「よくも余計なことをしてくれましたね」
「は?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
思わず手を止めたオリバーの顔を見上げながら──
興奮したように顔を上気させたシェスタは言う。
「せっかくこの私が人族に捕まって弄ばれるプレイに興じていたというのに! よくも助けてくれましたね!」
「え、ええぇええええ……」
ドン引きするオリバーはおずおずと問いかけた。
「わ、わざと捕まってたのか? なんで?」
「いたぶられるのが気持ちいいからに決まっているでしょう! わざとでもなければ人族程度に捕まる私ではありません!」
「変態かよ」
オリバーは首輪に手をかけた手を離そうとするのだが、シェスタの力は思いのほか強い。
獲物を見つけた狼のような顔をするシェスタに、オリバーは問いかけた。
「じゃあ俺が初めて見かけたときはどうだったんだよ。魔獣に食われかけてたじゃねぇか」
「それは……獣姦される女の気分を味わいたくてっ」
駄目だコイツもうどうしようもない。
「でもいざとなったら獣姦どころじゃなく普通に食べられそうになったのでそこは助けていただきありがとうございますこんちくしょうめ」
「礼を言うのかけなすのかどっちかにしない?」
「というわけで!」
シェスタはぐい、とオリバーに顔を近づけて言った。
「こうして出会ったのも何かの縁! 奴らのところは劣悪な環境でしたし、オリバー様、私をあなたの犬にしてください!」
「いや、無理」
オリバーは即答した。
「変態の犬なんて要らないし。他を当たれ。つーかアレだ、あいつらまた追ってくるだろうから、そこでわざと捕まればいいんじゃないか?」
「いいえ! 私は優しく鞭で打たれたり放置プレイをされたり緊縛プレイで辱めを受けたいだけで、不味い飯を食べさせられたり人族に犯されたいわけではないのです! 確かに最初は少し興奮しましたが、すぐに冷めました。あいつらはサドのなんたるかを分かっていません!」
「そんなもの俺も分からねぇよ」
「大丈夫です。私があなたを最高のご主人様にいたします。げへ、げへへへ」
「気色悪い笑い方!?」
上気した顔で息を荒立てられても困る。
とんでもないやつを助けてしまったとオリバーは頭を抱えた。
シェスタは決意したように言う。
「もし私を犬にしてくださらなければ……あなたの生存をばらします」
「!?」
得意げな顔でシェスタは言った。
「大陸中に死んだという報が回っているのを見るに、オリバー様は自身の生存を隠しているのでしょう? であれば、私に言いふらされるのは困るのではないでしょうか? 他の四英雄の方々は知っているのですか?」
「変態の癖に頭が回るなコイツ……」
オリバーは苦い顔になった。
確かに自分の生存が四英雄に知られるのは困る。
せっかく手に入れた平穏な日々なのに、またあの問題児の世話をするのは勘弁だ。
「さぁ、私を犬にするか! それともこの私にひどいことをして口封じするか! 選んでください、剣聖オリバー・ハロック様! 私としては後者をおすすめします!」
オリバーは降参のポーズ。
「分かった、分かった。犬にはしねぇけど、お前を仲間にするよ」
「それはつまり、お友達から始めましょう?的な感じですね。最初は少し焦らしてそのあとに思う存分、この私に辱めをするという……ふふ、さすがはオリバー様。私が見込んだ男……!」
でゅふふふふ。
と気持ち悪い笑みを浮かべるシェスタにオリバーはため息を吐いた。
「こんなに嬉しくねぇ仲間は初めてだな……」
「では、まずはなにをしましょうか? 肩を揉みましょうか? それとも椅子に? 足を舐めろというなら即座に──」
「やめろ馬鹿! 今日からお前はあれだ、えーっと、あれだ」
とにかく犬であることはやめさせたくて思考を巡らせる。
肩を揉むのも椅子になるのも舐めるのも勘弁だ。
だが、そばに置いておく以上、この変態を抑えることも自分の役目だろう。
「よし。お前は今日からあれだ、料理係だ!」
「りょうり、がかり」
「そうだ」
「つまりメイドですね!」
目を輝かせて両手を握るシェスタだった。
違うといいたいところだが、役回りとしては非常に近い。
先ほども自分の狩猟に文句を言いたげなシェスタだったから、料理周りを任せるのが一番いいと思ったのだ。
「……まぁ、それでいいよ」
「お任せください。こう見えて故郷では料亭を営んでおりました。料理には自信があります!」
「よぉし、任せたぞ」
「よ、夜のお世話は初めてですが……がんばります!」
「それはしなくていいから!」
「そうですか……」
残念そうにつぶやいたシェスタだった。
彼女は気を取り直したように顔を上げ、
「今さらですが、なぜ死んだふりを?」
「本当に今さらだな……まぁ、あれだ。女神から休暇をもらったんだ。今はのんびりと旅をしている」
オリバーは立ち上がり、シェスタに手を差し出した。
「美味いものを探して食う旅だ。最高だろ?」
シェスタはきょとんと目を丸くして、口元を緩めた。
「はい。最高ですね」
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