悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~

山夜みい

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第二十七話 薬草採取(後編)

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 狼の皮を剥ぎ終わり、何度か魔獣と遭遇したあと目的地に到着した。
 森のちょうど真ん中に開けた場所は両手を上に伸ばしたみたいに葉を広げるアロエの群生地だ。

 日当たりのいい場所に赤々と花を咲かせるアロエがずらりと並ぶ。
 さらに奥に行けば珍しい薬草や山菜、薬の原料となる魔獣もいる。
 身体を癒す素材に特化した魔の領域──これが癒しの森と呼ばれる所以である。

 アロエの放つ匂いのせいで魔獣も寄り付かなくなってる、実質的な安全地帯。
 ちょっと周りを見てみると、私たち以外にも何人かの探索者たちが来ていた。

(ここまで来れるってことは高位探索者かしら。関わるのは面倒ね)

 出来るだけ早く終わらせよう。
 採取箱を開ける私にジャックが言った。

「何か手伝うか」
「お前、アロエの採り方分かるの?」
「これでも絶級だからな」
「そう。じゃあ役割分担しましょう。私はこっち。お前はあっち。十分後に集合」
「了解」

 手短にやり取りしてアロエ採取を始める。

(……これだけあればしばらくもってくれるかしら)

 アロエは医者いらずと呼ばれるほどの万能薬草だ。
 擦り傷はもちろん、火傷、胃腸薬、湿疹、肌荒れ、抜け毛、捻挫にも効く。

 他の薬草との薬効成分を繋げたりすることもできるから、とにかく数を使う。
 私の作ってる薬の半分くらいはアロエを使っているくらいだし。

(昔、お母様と一緒に採りに行ったこともあったっけ)

 ジョキ。はさみでアロエの根元を切り、薬箱へ入れていく。
 いつも思うけど、このトゲが手袋をしていても痛いのよね。
 ふと顔を上げれば、私に背を向けて黙々と薬草採取をするジャックが見えた。

(……もう一息っと)

 下僕がサボっていない以上、主人だけ休むわけにはいかない。
 私がアロエに視線を戻すと、頭上に影が差した。

「やぁやぁ、お嬢さん。こんなところにお一人かな?」
「……」

 不遜にも私を見下ろしているのは栗毛にピアスをした男だった。
 仕事を覚え初めてちょっと調子に乗ってる新人みたいな雰囲気をしている。
 ジャックのそれとは違い、立ち姿が隙だらけで緩み切っていた。

(……さっきは見なかった顔ね。今来た連中かしら)

「あれ? もしかしてこっちの話聞こえない? おーい」
「黙ってくれるかしら。耳が腐るわ」
「え?」

 いいや、無視しよう、無視。
 早いところアロエを採取して次の場所まで行かなきゃなんだし。
 そうね。あとちょっとかしら。あと五本くらい切れば当分は持つでしょ。

「聞き間違いかな……あのさ、この探索者証が見えない? 俺、銀だよ。銀」

 下を向いてるから見える筈がないのに、虚栄心の強い男ね。
 銀等級と言えば絶級の三個くらい下じゃなかった?

 ……ジャックのほうが強いんだ。

 ふーん。さすが私の下僕。

「よー、どうした?」
「いやさー。このお嬢さんが一人だったから声をかけたら無視するんだよね」
「マジかよ。今をときめく探索者ギルドのエースにすげぇ態度だな」
「なー? 俺はただ優しくしてやってるだけなのにさー」

 はぁ。なんかぞろぞろお仲間が近づいてきたのだけど……。
 どいつもこいつも無駄にピアスとかあけてかっこいいと思ってるのかしら?
 ふと周りを見てみれば、遠巻きに女性探索者のパーティーが私を見ているのが分かる。

 その目にあるのは怯えと不安、ちょっとの恐怖。

(……ふぅん。なるほどね)

 私は息をつき、水筒を取り出して振り返った。

「ごめんなさい。あなた達のお顔がとても整っていらっしゃったから、緊張してしまって……」

 男たちは虚を突かれたみたいに顔を見合わせた。
 ニヤァ、と口元が発情した猿みたいに緩んだ。

「そっかぁ。それならしょうがないね」
「えぇ。こんな所にいらっしゃるくらいですもの。とても高位の探索者なんでしょう。えっと、銀、だったかしら」
「そうそう! 俺たち探索者のエースでさー」

 私はふわりと笑って見せる。

「そうなんですの。宜しければもっとお話を聞かせてくださる?」
「いいよいいよ、じゃああっち行こっかー」
「えぇ、その前に喉が渇いたわ」

 水筒に口をつけて、喉をこくりと鳴らしてから、男たちに差し出した。
 水筒の縁にあるスイッチをぽちっと。

「あの、飲みかけでよろしければこちらをどうぞ……」
「お? いいの? 悪いねー!」
「あ、ずりぃぞテメー! 一人だけ!」
「俺も飲む!」

 こぞって私が口をつけた水筒を奪い合う猿たち。
 ひと通りの発情行為が終わると、男たちは気色の悪い笑みを浮かべた。

「ありがとね。じゃ、あっち行こうか」
「えぇ、ぜひ」
「そういえば君は、ここには一人で──」
「オイ」

 鋭い声。
 一瞬でその場の雰囲気が変わったように感じた。
 見れば、獰猛な顔つきをした私の下僕がチャラ男と愉快な仲間たちを睨みつけている。

「オレの女に何か用かよ」
「あ? 誰だよお前、俺らは忙し──げぇえっ!!」

 栗髪をした男はジャックに指を差した。

「おおおお、おま、凶犬……! 最近見ないと思ったら……!」
「あー?」

 ジャックは首を傾げ、「あぁ」と嗤う。

「誰かと思ったら、オレが新人の時に威張って来たオランド先輩じゃねぇか。テメー、まだ銀級にいるのか? 七年も探索者続けて銀なら止めちまえよ。街中で女をナンパしてるほうが似合ってるぞ」
「お、お前、絶級になったからって調子に」
「どうでもいいんだけどよォ」

 ジャックはオランドと呼んだ男の胸倉を掴み上げ、片手で持ち上げた。

「ぐッ……!」
「次に俺の女に声かけてみろ。その玉蹴り潰してぶち殺すぞ」
「わ、悪かった! お前の女だとは知らなかったんだ!」
「そもそも探索者が森の中でナンパしてんじゃねぇよ。性根が腐ってんじゃねぇのか、あぁ?」
「や、それは、単に親切にしてあわよくばって思っただけで」
「ならもう用は済んだな」

 ジャックはくわッ、と犬歯を剥き出しにした。

「とっとと失せやがれ。噛み殺されたくなかったらなぁ!」
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいい!」

 オランドとその配下は悲鳴をあげて森の奥へ消えていった。
 ダサすぎるけど自覚はあるのかしら……。

「大丈夫か」

 幾分声が柔らかくなったジャックを見上げ、私は毒瓶を揺らした。

「誰がお前の女よ。なんで助けたの」
「俺が助けたのはお前じゃなくてあいつらだよ」

 ジャックはため息をついた。

「お前、すぐに手ぇ出すからな……問題になったら困るだろ」
「あら。私のことよく分かってるのね」
「たりめーだろ。毎日一緒にいるんだし……おい、待て」

 私の顔を見たジャックは頬に汗を流して、

「まさか、もう?」

 私はにこりと笑った。

「あら、何のこと?」
「……今度は何の毒を」
「ちょっと便通が良くなる薬をね。そろそろじゃない?」

 ジャックと私は黙って周りの音に耳を澄ませる。
 ほどなく茂みの向こうから悲鳴が聞こえて来た。

「ぎゃぁああああ! おま、臭っ! 臭すぎるだろ! なんでこんなところで漏らしてんだよ!?」
「は、腹が痛ぇええ……もう無理……出る……」
「止まらねぇ……止まらねぇよぉ……助けてくれぇ……」

 ふむ、効果のほどは上々っと。
 これはあれね、女性の探索者に護身用として持たせたら売れるんじゃないかしら。そう思っていると、ジャックが頬を引き攣らせた。

「便通って、どれくらい続くんだ?」
「そうね、一週間くらいかしら」
「いっしゅ……」
「食べても食べてもお尻から出て行く感覚ってどんな気分でしょうね?」

 ジャックはドン引きである。

「何もそこまでしなくても」
「愚かね。私に触れていいのは私が認めた男だけよ。銀だか銅だか知らないけど、お山の猿が調子に乗ってこの私をナンパしてくるなんて万死に値するわ」
「おっかねぇ女だ」
「それで、そっちはアロエ取り終わった?」
「ん。終わったよ」
「そ。じゃあ帰りましょ」

 私は大量のアロエを採取した箱をジャックに差し出す。
 何も言わずに受け取ったジャックに両手を広げた。
 ジャックは警戒したように身を引いて、

「……何やってんだ」
「猿のせいで疲れたわ。背負って頂戴」
「はぁ?」
「ん」

 早く、と急かせば、ジャックは頭をガシガシ掻いて、

「……はいはい、お嬢様」

 私はジャックの背中におぶさり、来た道を戻る。
 アロエの採取は終えたから次は違う場所に行かなきゃ。

「ねぇ、お腹空いた」
「三時間前に食っただろ」
「歩いたらお腹が減るのよ。私、体力ないから」
「自慢げに言うなよ……じゃ、帰ったら何か作るか」
「たまには外で食べてもいいのよ?」
「んだよ、俺の飯が食えねぇってのか」
「そう言うわけじゃないけど」

 私はそっぽ向いた。

「……まぁいいわ」
「変なやつ」
「ふん。お前に言われたくないわよ」
「テメーに言われたくもねぇからな!?」
「ばーか」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだぞ、この馬鹿」
「愚かね、その言葉が既に馬鹿なのよ」
「釈然としねぇ……」

「ふふ」

 不貞腐れたようなジャックに、私は自然と笑ってしまう。

「ばーか」

 ジャックの口元もほんのり緩んでいた。


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