21 / 27
番外編
シャーリーの誕生日⑤
しおりを挟む
シャーリーとは最近話していないカレンだが、顔だけは頻繁に見ていた。
彼女には転移魔術があるため、物理的な距離など関係がないのだ。
それこそ三日に一回、公爵城に転移しては顔だけ見て帰っている。
カレンは今日もそのつもりだった。
「……よし、誰も居ないわね」
公爵城の薄暗い物置部屋、そこにカレンは転移した。
自分にしか使えない転移魔術陣を書いてあるから、ひと気の有無も確認できるのだ。めったに人が来ない場所にこの陣を作った自分にカレンはご満悦。
だが、勤勉なメイドがこれを見つけていることをカレンは知らない。
実のところカレンが公爵城に無断で出入りしていることは確認されている。
それは公爵城で働く者たちにとって周知の事実で、だからこそお茶会の席でお姉さまに会えるかと聞いたシャーリーに、イリスやイザベラ、ゲルダは顔を見合わせていたのだ。まさか顔だけ見てシャーリーに会っていないなどとは誰が思うだろう。
「あの子の魔力は……あそこか」
公爵城全体に魔力感知をめぐらせシャーリーの位置を察知する。
既に夕暮れに差し掛かっているが、珍しくこの時間はお茶会部屋にいるようだった。
(この時間にお菓子でも食べてるのかしら。さすがに控えさせないと健康に悪いわ)
今まで辛い思いをしてきたのだからちょっとぐらいは構わない。
ただ、何事も過ぎることはよくないとカレンは知っている。どうせ自分は悪女。たとえ嫌われてもシャーリーのためなら一言言わねばと、お姉ちゃん心を働かせてカレンは行く。そういうきっかけがなければ何を話せばいいか分からないのだ。
お茶会部屋から光が漏れている。
まずは様子を見るところからだ。カレンは扉の裏に隠れて部屋の中を覗き見た。
金髪の淑女と向かい合う、シャーリーの後ろ姿があった。
「──それにしても、味もさることなら綺麗なお菓子ね。まるで星空を包んでいるようだわ」
「そうでしょう? アリアさまが感じた通り、このお菓子はカンテンという素材が使われていて、ゼリーとは似て非なる不思議な食感を楽しめるんです。公爵領で加工しているんですが、いかんせん、原料となる海藻の輸送コストが高くて……もしルーンベルク領で海藻を加工していただけるなら、こちらとしてもある程度の融通は効くのですが」
どうやらお菓子の製造に関する交渉を行っているようだ。
金髪淑女の目が、ぎらりと光った。
「融通、ね。それはどの程度かしら?」
「月が満ちて欠けるくらいには」
つまり一割ということだ。ならば関税のことだろう。
(シャーリー、こんな迂遠な言葉が使えるようになったのね)
扉の影に隠れながらそっと涙を拭うカレン。
だが敵もさるもの、シャーリーに負けじと扇で口元を隠した。
「……少し物足りないわね。絵画のない美術館のようだわ」
(は? 肝心なところを寄こせって……あの女なにさま?)
ふつふつと怒りを滾らせたカレンだが、金髪淑女の顔には見覚えがある。
(あいつどこかで……ぁっ!!)
何様というか、王妃様だった。
アリア・フォン・ルーンベルク・ウル・オータムだ。
(王妃様と交渉を……しかも公爵城で!?)
王族との取引では王妃側から王城に招いて交渉を行うのが普通だ。
だが、話を聞くかぎり今回の交渉はこの国ではなく、隣国のベルクシュタインに関することだろう。だからシャーリーは王妃としてのアリアではなく、ベルクシュタイン出身の、力あるルーンベルク家としての彼女を招いたのだ。そんなことまで考えられるなんて、うちの妹はなんて賢いのか!
(シャーリー……大きくなって)
感涙でむせび泣きそうになるカレンだった。
思わず浮かんできた涙を拭うと、床を歩いていた黄金の双眸と目があった。
「にゃ~ぉ」
シャーリーの飼い猫、ジルである。
しぃ、と唇に指を当てるカレンだが、ジルは甘えるようにすり寄ってくる。
(こら、離れなさい!)
「にゃぁ」
これ以上ジルに鳴かれるとシャーリーにバレる可能性がある。
地下牢で暮らしていたことで音に敏感になったのか、シャーリーは耳が良いのだ。
(傷つけるわけにはいかないから、こうなったら魔術で転移を……)
カレンが指先で魔術陣を描こうとしたその時だった。
「ぁ」
声が聞こえて、目の前の顔を見たカレンは「げぇ」とおのれの失態を悟る。
華やぐような金髪の美女。いま、カレンが最も苦手とする女だ。
(エリザベス第三王女……!)
彼女には転移魔術があるため、物理的な距離など関係がないのだ。
それこそ三日に一回、公爵城に転移しては顔だけ見て帰っている。
カレンは今日もそのつもりだった。
「……よし、誰も居ないわね」
公爵城の薄暗い物置部屋、そこにカレンは転移した。
自分にしか使えない転移魔術陣を書いてあるから、ひと気の有無も確認できるのだ。めったに人が来ない場所にこの陣を作った自分にカレンはご満悦。
だが、勤勉なメイドがこれを見つけていることをカレンは知らない。
実のところカレンが公爵城に無断で出入りしていることは確認されている。
それは公爵城で働く者たちにとって周知の事実で、だからこそお茶会の席でお姉さまに会えるかと聞いたシャーリーに、イリスやイザベラ、ゲルダは顔を見合わせていたのだ。まさか顔だけ見てシャーリーに会っていないなどとは誰が思うだろう。
「あの子の魔力は……あそこか」
公爵城全体に魔力感知をめぐらせシャーリーの位置を察知する。
既に夕暮れに差し掛かっているが、珍しくこの時間はお茶会部屋にいるようだった。
(この時間にお菓子でも食べてるのかしら。さすがに控えさせないと健康に悪いわ)
今まで辛い思いをしてきたのだからちょっとぐらいは構わない。
ただ、何事も過ぎることはよくないとカレンは知っている。どうせ自分は悪女。たとえ嫌われてもシャーリーのためなら一言言わねばと、お姉ちゃん心を働かせてカレンは行く。そういうきっかけがなければ何を話せばいいか分からないのだ。
お茶会部屋から光が漏れている。
まずは様子を見るところからだ。カレンは扉の裏に隠れて部屋の中を覗き見た。
金髪の淑女と向かい合う、シャーリーの後ろ姿があった。
「──それにしても、味もさることなら綺麗なお菓子ね。まるで星空を包んでいるようだわ」
「そうでしょう? アリアさまが感じた通り、このお菓子はカンテンという素材が使われていて、ゼリーとは似て非なる不思議な食感を楽しめるんです。公爵領で加工しているんですが、いかんせん、原料となる海藻の輸送コストが高くて……もしルーンベルク領で海藻を加工していただけるなら、こちらとしてもある程度の融通は効くのですが」
どうやらお菓子の製造に関する交渉を行っているようだ。
金髪淑女の目が、ぎらりと光った。
「融通、ね。それはどの程度かしら?」
「月が満ちて欠けるくらいには」
つまり一割ということだ。ならば関税のことだろう。
(シャーリー、こんな迂遠な言葉が使えるようになったのね)
扉の影に隠れながらそっと涙を拭うカレン。
だが敵もさるもの、シャーリーに負けじと扇で口元を隠した。
「……少し物足りないわね。絵画のない美術館のようだわ」
(は? 肝心なところを寄こせって……あの女なにさま?)
ふつふつと怒りを滾らせたカレンだが、金髪淑女の顔には見覚えがある。
(あいつどこかで……ぁっ!!)
何様というか、王妃様だった。
アリア・フォン・ルーンベルク・ウル・オータムだ。
(王妃様と交渉を……しかも公爵城で!?)
王族との取引では王妃側から王城に招いて交渉を行うのが普通だ。
だが、話を聞くかぎり今回の交渉はこの国ではなく、隣国のベルクシュタインに関することだろう。だからシャーリーは王妃としてのアリアではなく、ベルクシュタイン出身の、力あるルーンベルク家としての彼女を招いたのだ。そんなことまで考えられるなんて、うちの妹はなんて賢いのか!
(シャーリー……大きくなって)
感涙でむせび泣きそうになるカレンだった。
思わず浮かんできた涙を拭うと、床を歩いていた黄金の双眸と目があった。
「にゃ~ぉ」
シャーリーの飼い猫、ジルである。
しぃ、と唇に指を当てるカレンだが、ジルは甘えるようにすり寄ってくる。
(こら、離れなさい!)
「にゃぁ」
これ以上ジルに鳴かれるとシャーリーにバレる可能性がある。
地下牢で暮らしていたことで音に敏感になったのか、シャーリーは耳が良いのだ。
(傷つけるわけにはいかないから、こうなったら魔術で転移を……)
カレンが指先で魔術陣を描こうとしたその時だった。
「ぁ」
声が聞こえて、目の前の顔を見たカレンは「げぇ」とおのれの失態を悟る。
華やぐような金髪の美女。いま、カレンが最も苦手とする女だ。
(エリザベス第三王女……!)
1
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。