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たまの事 1
しおりを挟む「本当に、僕がここに住めるんですか?」
聞いていた年よりも幼げに見える少年はそう呟いて、遠目に映るその屋敷に猫のような大きな目を見開いて固まってしまった。
その白でコーティングされた木の柵に囲まれた広い敷地の中、そびえ立つ建物が自分の相続した家だなどとは、ハッキリと言葉にされるまではまさか夢にも思わなかったのだろう。
この敷地に出入りするための、観音開きのゲートを通過するだけでも腰が引けていた少年だ。
自分にもたらされた物の思いがけない大きさを前にその声が震えていたのは、彼の生い立ちから考えても仕方のない事ではある。
おそらく実際に屋敷を目にするまでは、敷地の隅に建てられた物置のようにこじんまりした小屋でも想像していたのではないだろうか。
「柵から内側は全部、玉生君の物だという手続きはこの間のサインで済んでいるからな。遺言でも、“ちゃんと本人が住む事”という条件だったろう?」
「はい。はい、あのー……まさかこんな立派な建物だとは、思ってなくて―――」
和平三十三年、日の本の国とも称される、大大和帝国。
全国の神社仏閣を帝の血統の一門が御幸し、その地で執り行う儀式によって保たれる結界にて列島ごとを囲い、現在は鎖国状態にある国である。
例外は、海中に建立した鳥居に帝が祈祷する事により無人の小島や海沿い近隣の埋立地へと海路を開き、諸外国との貿易のためのいわゆる出島を作っての対応だ。
その輸入品を扱う貿易商人の中には、華族としての地位を得る者もいれば大枚をはたいて二束三文の品にしてしまう者もいて、目利きでなければ運次第といった面が大きいため山師のうちに数えられていたりもするのだ。
空路の方も神風と呼ばれる強い風が作る壁が日本上空への侵入を遮断し、外界からの干渉を防いでいる。
国内の空ならば神風が吹くよりも低い空域を飛ぶ、回転するプロペラを持つ回転翼機という特徴そのままの名の飛行機の存在はあるが、基本的に国や都市で緊急時に一直線に対応できる機体として配備されているものであって、民間での所持はなかなかにハードルが高い。
それに地上の移動も、都市ごとに交通網が構築されて公共の電車やバス利用が推奨されており、隣の県へ行くにも国を横断する列車に乗るのが一般的だ。
ただしその列車も往路と復路の二車線は絶対的な本数が少なく、日常で県を跨いだ移動をするのはそう楽な事ではない。
それ以外にも時間がある者は長距離バス、地位や金で公用車や自家用車を持つという選択肢もあるにはあるが、訳あってそれもあまり一般的ではなく気軽に利用できるものではない。
それでも儀式の関係から帝の御所を中心とした発展をとげたのが、東の首都である江都と西の首都である京都である。
つまり、大和国は東都と西京を中心とした二都制なのである。
そして古くから神へ捧げる祭りが各地で行われ、八百万の神を讃えるゆえか実りも豊かなので、生きるに必要な物は足りて土地に根付く国民性だ。
おまけに古くから市民にも絡繰・戯画などの文化、食に対する追求などの一人遊びが好きな民族性でもあり、その華やかな文化は知る人ぞ知るという独自性を持って噂に聞いた外の国の人々を「不思議の国」として驚嘆させている。
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