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たまの事 2
しおりを挟むその大和国に住む蔵持玉生は、理由あって孤児院で育った子供であった。
今現在、父親の所在はハッキリしないが、母親の方はつい最近まで健在であったにも関わらず院にあずけられていたのは、彼女の性質からして当然の成り行きのようなものだった。
その母親である蔵持玉子はまだ少女の頃、突然の両親の死によって弟の宝と共に親戚の家にあずけられたが、そこではあまり歓迎されなかったのだという。
それでも当初、姉弟は二人で励ましあってそこですごしていたのだそうだ。
ところがある日、その弟がどこかへと忽然と消えてしまい、親戚の方は放置気味だったとはいえ痛くもない腹を探られ、以後の玉子の扱いは疫病神としてより粗雑になっていった。
その結果、玉子は何も満たされないガリガリの少女に育っていったのだという。
義務教育と共に保護者としての義務も終わり、玉子が働ける年になると「早く出て行け」とは言われたが、仕送りをせびるでもないだけ悪辣ではない普通の人たちだったと、そんな風に玉子は語っていた。
もっとも後に傍野から聞いた話では、彼ら曰く「玉子の稼ぐの端金」と万が一彼女が問題を起こした時のリスクとを天秤に掛けて縁切りしただけだろうという見解の様だが。
今回の玉子の訃報で件の親族と顔を合わせる機会があった傍野は、宝本人からも人間性については言及されていた上に彼の遺産絡みの問題で「碌でもない」と判断したらしく、玉生にも会おうなんて気は起こすべきではないとクドい位に言い聞かされた。
ちなみにそこそこ小金持ちで、遠縁の親族の資産の情報が自然と耳に入るほどの力もあるので、余計に倉持姉弟への仕打ちが許し難いのだそうだ。
まあ、それはとにかくその後は玉子も自活するようになり、人並みの食事で人並みの女の子になり、一緒にいてくれる人ができると寂しくなくなったと息子に微笑んで見せた。
「そんな時にあなたのお父さんと出会って、いつか奥さんにしてくれる約束をしてくれたけど、あの人はお金で困ってどこかへいなくなってしまったの」
彼女はそんな事を、男と別れて次の男ができる間の寂しい時期に、よく息子の玉生に話したものだった。
それは今になって思い返しても別に恨み言などではなく、単に自分の事を誰かに話したかっただけだったように思える。
移り気なわけでもないのに生涯に渡って男を渡り歩く事になった原因も、自分が相対する者に気を回せないその人としての稚さにあり、息子に対してもそれは終生変わらなかったのだ。
そんなある日、最近家にいる男の妻だという女性が訪ねて来て、その話の中で自分の名前が出たのを玉生は扉の影からドキドキしながら聞いていた。
「私にも生活があるから慰謝料は貰うわ。それとよけいなお世話かもしれないけど、子供の世話ができないのなら孤児院にでもあずけなさいな」
彼女の常識に加えて、万が一荒んだ生活の果てに虐待などしでかして最悪の事態にでもなってしまったら……そんな父親の子供というレッテルを、なんの落ち度もない我が子に貼られてしまう危険性を憂慮したのだろう。
それからしばらくは、今日明日にでも母親に捨てられてしまうのではないかと玉生は恐れたものだった。
今にして思えば、彼女は男がいるとほかの事はすっかり頭から抜けてしまう、そんな女だったのだろう。
一人で放置されている間に飢えて死ななかったのは、おそらく運が良かったのだろうと玉生は思っている。
母親の付き合う男の中にも、訪ねて来る時に菓子などの日持ちがする食べ物を差し入れてくれる気の利いたタイプがいたり、少しの小銭を気まぐれに握らせてくれたりする者もいてそれでどうにか食いつないだりもした。
それに忙しくて構えないという理由から別れる事になった人物が、玉生を既知である近所の独居老人の家に紹介し、話し相手とお手伝いで少しの手間賃を貰えるように話をつけてくれたのも、これ以後の生活に大きく影響している。
後に子供の養育能力に欠けるという国の判断に、自覚のあった母親が素直に応じて孤児院に引き取られた先での玉生の生活は、それまでに比べたらいっそ穏やかで滞りなく過ぎていった。
そこは国が主導する施設であり、玉生の担当は務めるどの子供も当たり障りなく平等に扱うある意味模範的な公務員だったので、たびたび起こる執着する偏愛による揉め事とも無縁であったのも幸いであった。
その当時の玉生の最も深刻な問題は食事を横取りする悪ガキの存在だったが、子供の好きな物から半分だけ先に譲るという手段でやり過ごせば元々うっかり子供の食事を忘れる母親のせいで少食だった事もあり、毎回の食事の量が少ないくらいはそう大した問題でもなかった。
母親本人からして自分の食事を忘れがちでそれが普通で育ったものだから、そもそも親子でその深刻さが分かっていなかったのである。
それでも、傷んだ物を食べさせたらお腹を壊すので気を付ける位の愛情は確かにあったのだ。
おかげで彼の味覚は正常であり、今では美味しい物を食べる喜びも知っている。
そうやって過ごすうち、生い立ちからの諸々に左右されず蔵持玉生その人を認める気の合う友人も何人かできて、母親に選ばれなかった子供はそれなりにそれらしく生きていた。
ただ、十四歳の玉生はもうすぐ小学校高等科を終える。
義務教育は小学校通常科の六年間であり、さらに二年間を高等科に通ったので孤児としてはすでに恵まれた経歴とも言える。
それというのも通常科卒業の折に当時の院に多大な寄付金が入った事で、学力のある希望者はさらに進学を許されたという幸運の賜物なのだ。
噂によると、同期の院生の身内がわけあって個人を特定されないように全員をその進学希望の対象にしたのだろうという話だが、玉生は今でもその誰かと身内に感謝している。
とはいえ今の状況なら、もう少しアルバイトを増やして貯金をしながらさらに一年高等予科に通い、その上の進学先である高等学校へと進むのも可能であり、彼の友人たちは玉生に強くそれを勧めている。
でも――と玉生は躊躇う。
彼のいる孤児院は、曲がりなりにも国中から人の集う東の都である江都のすぐ隣、都町の中心部にあるのだ。
都町といえば大和国における商業都市東の雄であり、西の最大商業都市である大坂と対をなす。
そんな都会では人が多ければ多いほどに喜怒哀楽に悲喜こもごもがあり、サクセスストーリーを手にする人の裏で夢破れ失意のうち力尽きる者がいる。
それが集団の要の者なら自分の身を守れるわけもない幼い者達も道連れだ。
叶うならそういった無念の境遇に生まれついた子供達をできるだけ多く院に受け入れ、例え束の間の安寧であっても恵まれた生活を味あわせたいと心ある関係者ならば願っているだろう。
つまり院生として学生のうちは孤児院に留まるのは可能だが、玉生がいなくなればその空いた場所に入れる者がいるのだ。
だから新たに住む場所を探し生活を始めるなら、進学などしている余裕はなくなるだろうが、そろそろ別の誰かと代わるため院を出てもいい頃だと玉生はここしばらくずっと考えているのだ。
院の出身で希望者は、職業訓練施設で適職を調べてから本人に合ったその道へと補助と寝食の場を提供してもらえる。
ただし国営で全国に点在しているのでどこの県の施設の所属になるかは不明で、首都である江都や都町などは常に定員がいっぱいなので、おそらくこの地を離れる事になるだろう。
そして国の機関ゆえ、そのままその地に就職となる形式が一般的にできあがっているというもっぱらの噂である。
つまり、地方に行くとなると友人たちとも滅多に――もしくはもう二度と会えなくなるだろうと予想ができる。
その様な事情もあり、親しい友人の保護者に援助の声などかけてもらうとつい進学へと心が揺れてしまうのだが、普段から何かと玉生を気にかけてくれるその優しさにそこまで甘えていいものかと二の足を踏んでしまうのだ。
その好意をありがたいとは思いながらも、実の親元を離れてから孤児院暮らしの玉生にとって、他人に甘えるのはあまりにもハードルが高すぎた。
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