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玉生ホームで朝食を
玉生ホームで朝食を 11
しおりを挟む「え――? あの、片付けしてなくて、ごめん?」
「夢遊病者がいるのか? これが一人暮らしなら、ストーカーが勝手にやってる案件の恐れ」
「いや、そういう話じゃなくてな?」
むしろ手際のいい彼らは準備と片付けは流れ作業になっているので、手を出す隙を与えないと言っても過言ではないので実際にそういう話ではなく、洗い物を水に浸けたままその場を離れて戻るとキチンと綺麗になって食器棚に片付いていたので、その時は見かけた駆か玉生がやってくれたのかと単純に納得していたそうだ。
ところが先程キッチンで、「昨夜は遅くに片付けまで悪いな」と駆に言われて、彼のやった事ではなかったと判明した。
それによく考えてみると玉生は一番先に眠ってしまい、キッチン側のソファーでそのまま寝た翠星が知る限り朝まで起きなかったはずだ。
翠星は眠っている時でも気配には敏感で、厳密には実際の状況とイメージの不一致がないとは断言できないが、常に脳の一部が就寝前の記憶と物音から無意識に周囲のイメージを知覚している。
それは父親譲りの遺伝的な能力の様なもので、昨夜は夜中に二度ばかり寿尚がキッチンでポットを使ってから和室の方へ行ったのははっきりと認識できていた自信があるので、寝惚けて記憶が怪しいという可能性もほぼないと思われる。
そして皿を洗う位なら使い捨ての紙皿で済ましてしまうタイプなのが寿尚(ただし猫の世話は例外)と詠なので、二人ははなから問題外だ。
そんなわけで、それこそ翠星本人が寝惚けてたというオチでもなければ、何者かが見付からない様にこっそりと家事をやってくれたという事になってしまうのだが……
「西洋のブラウニーとかいう家事妖精みたいだな。絵本で見たけど、さり気なくお礼に食べ物を置くといいけど、服とかやると満足して家からいなくなっちゃうらしいぞ」
会話が聞こえていたらしく、焼き立ての薄焼きのパンケーキを皿に積んでダイニングに運んで来た駆が面白そうに笑った。
キッチンに戻って行く翠星は、「ミミ先輩がその感じじゃ、悪い何かじゃないんすね」ともう特に構わないつもりらしい。
「チャトも警戒している風でもないし。ちいたまがいるのに危険がある場所から移動しようとしないわけないからね」
手を洗って来たらしく洗面台のある風呂場の方からやって来た寿尚は、先にその話を聞いたらしくそんな事を言いながらやって来た。
「モノには付喪神という人格を持つモノもいる。それらは大袈裟な反応をしなければ、害意のない同居人になる」
その、テーブルに着きながら詠が言った“害意のない同居人”という言葉は、玉生の耳には妙にしっくりときた。
自分の住居に得体の知れないモノがいるというのは気味が悪かったり恐怖感があったりするものなのだろうが、無人の広い家という物に怯んでいた玉生にとってはそれとは逆に、見守られている安心感の方が強い様なのだ。
もとより詠が言った付喪神という存在はそれと意識してはいなくても、物には魂が宿ると信じている者が少なくないこの大大和帝国の国民ならばその存在を疑っていないといってもあながち間違いではなく、それは玉生も例外ではない。
「うん、なんだか見守られているのかなって気もするんだ。気のせいかもしれないけど」
「基本的に善も悪も人とは違う次元の存在だ。悪い方に考えなければ悪い方にいかないモノも多いから、そういうのでいいと思う」
自分でレシピを思い出しながら作ったサクランボの形を残したままの砂糖煮を、溢れない様にと加減しながらパンケーキに載せて丁寧に畳むと、桃のトッピングに蜂蜜やホイップさせた生クリームを掛けて緑の葡萄を何粒か添えて完成させた一皿を手に、玉生はキッチンの方へと早足で戻る。
そして表から見えない調理台の上にパンケーキの皿を置くと、少し離れてカウンターの陰から声には出さず『美味しいパンケーキなので、よければどうぞ』と両手を合わせてペコリと一つ頭を下げる。
そうやって新しい皿を手にした玉生が、そちらに注目しない様に意識して『さり気なく、さり気なく』と心の中で唱えながら戻ると、駆が改めてパンケーキを皿に載せてくれた。
そしてみんなにコーヒーを配り終わった翠星が席に着くと、「いただきます」の声を合図に昼食がはじまるのだった。
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