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首藤亜衣の噂
しおりを挟む強制的に車へと乗せられた哀れな子羊2匹は、狼たちへ乱暴に扱われたり、無理な事情聴取をされる訳ではなかった。ただ淡々と小夜に対し、首藤亜衣の学校生活についての質問をするだけだった。小夜自身、首藤亜衣との関係は仲が良いとは断言できない微妙なものだったため、表面的なことしか言えなかったが、刑事たちはそれで充分だったらしい。何かの擦り合わせをするように「やっぱ八方美人で真面目な子、って感じっすね」と運転席でメモを取っていた田城は呟いた。しかし、戀川はトイプードルのような髪をガシガシと掻きながら、訝しげに小夜を見る。
「首藤亜衣は事件前日から家に帰っていなかった、母親の供述のウラ付けはぎろがしている。家族関係は良好……八方美人は兎も角、真面目で内心点稼ぎをしている女が、学校をサボるものか?」
「その時には既に事件に巻き込まれてたんすよ、何処かで殺されて、死体は山に遺棄された」
「鑑識の見解ではその場で殺された、だとよ」
「死亡推定時刻は事件当日の午後2時頃、首藤亜衣の行方が分からなくなったのは事件前日の下校時刻からだ」と戀川は、まるで田城を試しているかのように話を途切れさせた。ルームミラー越しに見える狼を彷彿とさせる瞳、田城は目を合わせることが出来ずに、視線を逸らす。
「……まあ、2つのパターンが考えられるっすよね。まず首藤亜衣が下校中に誘拐されたパターン」
……だが、これは恐らく違う。あの少女の死体は、確かに関節があり得ない方向へ曲がり、腹部の損傷も激しかった。しかし、その割には暴行の痕跡も、抵抗の痕も一切見当たらなかった。それは、無理矢理誘拐された人間の死体ではあり得ない光景である。後ろの座席でど真ん中に座り、脚を組みながら此方を見る女も同じことを考えているだろう。
「もう1つは、首藤亜衣が真面目な優等生じゃなかったパターン」
田城が放った言葉に、一瞬、小夜の瞳が揺らいだ。もう1人の少女は何も知らないのだろう、ポカンと間抜け面で田城を見ている。が、それは分かりきった事だ。刑事は的を変え、小夜に対し質問を投げかける。
「思い当たる節、あります?小夜ちゃん」
「…………う、噂、だから」
「そう云うのを思い当たる節って言うんだよ」
「………………」
戀川の返事に対し、意外にも小夜は沈黙を貫いた。そして、リスが猛禽類に睨まれたような顔をしながら、俯いてしまう。それは正義感の強い少女の精一杯の抵抗、不確証な噂話は話したくないという強い意志。これはまた、畠山ちゃんとは違ったタイプの珍しい子だ、と田城はミラー越しに一部始終を見ながら、気休めにFMラジオを点ける。古ぼけた音源とラジオならではの音声は、丁度良いBGMになり気まずさを和らげた。しかし、せっかちな女上司は震える子リスに猛攻を続ける。
「……秋の大会は出場できそうか?」
「…………え?」
「夏は残念だったよなぁ、上級生の喫煙騒動でぱあになってよ」
「な、んで……知って」
つむじが見えるほど俯いていた頭を思い切り上げ、震える声で戀川を見つめる小夜。そして、諒子も目をパチクリと2、3度開けたり閉じたりした後、目玉が溢れ落ちそうな程、目を見開き驚愕した。そんなこと話していないのに、何で知っているんだろう、と。
だが田城は知っている。諒子からスマホを奪い、SNSをスクロールし、小夜のホーム画面を見た際に、陸上部の集合写真が映っていたことを。大方、自分と小夜ちゃんが言い争っている間に、スマホであさなわ高等学校の陸上部について調べたんだろう。今の時代、このネット社会において悪い噂が65日で消えることはない。しかし、小夜はそんなことまで想像することなど出来る筈もなく、やはり刑事だから何でも知っているのだと、戀川の思惑通り悪い方向へと勘違いしていた。そして、観念したのか、小さい口を辿々しく開き、話し始める。
「…………首藤さん、帰宅部で、バイトもしてない。塾にも行ってない、なのに、いつも終礼と同時に駆け足で学校を出ていくの………だから」
「簡潔に話せ、あたしは結論にしか興味ねぇ」
「……パパ活とか、してるんじゃないかって噂はあった」
「え!?」
「やっぱ畠山ちゃんは知らなかったか~」
「し、知らなかった……け、けど!私だって帰宅部だしバイトもしてないし塾だって行ってないです!」
「な、なのに首藤さんだけ、何でそんな言い掛かり……」と、わなわなと肩を震わせ、伏目がちに呟く諒子に対し、小夜はバツが悪そうな顔ををしながら視線を落とす。その表情に、察しの良い女刑事は少女たちの頭をくしゃくしゃと撫でながら、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「首藤亜衣と畠山諒子は売春してるって噂が流れてたのか」
「……え、ええ!?」
「美少女はやっかみを受けて大変だなぁ、嬢ちゃん」
「戀川さん、売春は古いっす。パパ活してる女子に怒られるっすよ」
田城の注意を鼻で笑いながら、戀川は再び驚き固まる諒子を見た。確かに将来美人確定の美少女だが、容貌は派手ではないし、SNSにも疎い。この少女に売春の噂とは何とも笑えるが、噂というのは一度流れてしまえば何処迄も付き纏う。だが、この純粋無垢な嘘のうの字もつけない少女に売春なんて高等技術出来やしない。恐らく諒子の噂は、首藤亜衣のおまけのように流れたデマだろう。
「私……そんなこと、してないよ」
「ち、違うの!私だって、そんな噂信じてないよ!ただ、諒子の耳に入ったら悲しむと、思って……」
「言え、なくて……」と口籠り、大きな瞳に涙を溜める小夜。沈黙を掻き消すFMラジオも、この気まずさと空気の重たさを解決してくれることはない。市長選挙の話題やもしもの備えなど、タメにはなるが若人にはつまらない話しかしないのだ。しかし、そんな中、田城は頭の中の蟠りが、自分の直感が当たっていることを確信した。さて、そのことについて、どうやって切り出そうか、と頭を捻ったのも束の間、この重苦しい沈黙を破ったのは、意外にも諒子だった。
「あ、あの…………私、門限があるので」
「……ああ、そうなんすね!家まで送るっすよ」
「あ……ここから家近いので……大丈夫です!」
正直者の少女の嘘で塗り固められた笑みは、誰の目から見ても無理をしていることは明らかだった。事件当時や首藤亜衣が被害者だとカミングアウトした時にも感じたことだが、この子は辛い時や苦しい時は1人になろうとする悪癖がある。更にそういう時ほど人の言葉が耳を右から左へと通過し、頭に入ってこない。だが、仮にも次の被害者になるであろう少女の1人での帰宅を、この女上司が許可するのかどうか、と田城はチラリと後部座席を見た。戀川は少女を睨むように見つめていたが、その後すぐに「気を付けて帰れよ」と言い放ち、意外にもあっさりと帰宅を許可した。諒子は軽い会釈をした後、車のドアを開け、そのまま出て行き、その様子に慌てた小夜も自分側のドアを開けて出ようとするが、ドアが開かない。何故なら田城がドアロックを掛けたから。しかし、そんなことなど知らない小夜は、え、なんで、とガチャガチャとドアハンドルを鳴らし出ようとするが、無常にも田城が車を運転し始める。
「わ、わたしも降ります!!」
「あ、家まで送るっすよ~」
そう言いながらハンドルを離さない田城、戀川も止めるどころか、小夜の肩を抱き耳元で囁く。
「ゆっくりしていけよ、小夜。何処まで送ったら良い?」
「……さっきから思ってたんですけど、何で私だけ呼び捨てなんですか!?」
「嬢ちゃん呼びが2人いたらややこいだろ」
FMラジオからは、よく知らない音楽と聴き慣れない司会者の声が流れ続ける。《……市長のゆりかご制度により、あさなわ町の人口も増加し……》小夜の怒った声が、後ろの座席から聞こえ続ける。「長井で良いです。私、あなたたちの友達でも何でもありませんので!」とつんけんどんな態度を露わにしている少女に対し、戀川は新しい玩具を見つけた子どものように笑う。本当に性格が悪い、俺が言うのも何だが、と思いながら田城は二車線を運転する。
「小夜ちゃんは畠山ちゃんと小学校からの付き合いって言ってましたよね~」
「それが何か?」
「畠山ちゃんって、昔からああなんすか?」
「…………あの子は昔から純粋なんです」
「純粋、ねぇ…………」
純粋ーまじりけがなく、邪念が全くないこと。だが、本当にそうだろうか?と田城は頭を捻る。何も畠山諒子が腹黒いなどとは微塵も思ってはいない。アホの子だとは思ってはいるが、まあ、それはそれ、これはこれだろう。だが、それ以上に田城は畠山諒子に対し、一種の不気味さを感じ取っていた。
「あの子、本当に周りが見えていないんすよ」
「……どういうことですか?」
「例えば、君がファミレスでソフトドリンクを汲んで席に戻る時、その道中何を見ます?」
「何、って……別に、何も見ないわよ」
「見てるんすよ、それが。例えば店員の動き、他のテーブル席には誰が座っているか、知り合いはいないか、あの男子グループの中にイケメンはいないか、あの女の子、マスクとっても可愛い、全部見ている訳ではないけど、絶対にどれかは見ている」
ツラツラと、まるで心理学者のように人間の行動心理を並べ立てる男。小夜にとっては此奴の方が不気味なのだろう、気味悪げに戀川の方へ寄りつつ、小動物のように腕をそっと掴み離さない。
「けど、畠山ちゃんは何も見ようとしない。歩いてる時も真っ直ぐ前しか向いてない。人に興味がないにしても、あれは異常の域っすよ。戀川さんですら周りはちゃんと見てるのに」
まあ、周りを見るだけで気を遣わないお方だが、という余計な一言は心の内に仕舞い込む。純粋無垢な美少女を育てる方法など知らない。だが、普通の家庭で育ち、普通の学校生活を送り、誰もが入れているsnsアプリを嗜んでいるのなら、純粋無垢であることなど出来はしないのだ。これは百戦錬磨の屑、田城の持論である。
「ただの珍しい子……ってだけじゃない気がしますけどね、俺は」
「…………」
ああ、また目を逸らした、と狼のような鋭い目付きを小夜へ向けながら、戀川は小夜が、諒子の何かしらの事情を知っていることを確信する……だが、それを聞くのは今じゃない、物事には順番がある。片腕をリスの宿木として差し上げた女は、ミラー越しに田城を睨み話題を変えるように促す。
「ところで、そのパパ活の噂って何処まで広がってます?」
「何処まで、って……多分、諒子以外皆知ってる」
「まあ、ようは、ほぼ皆知ってる噂って感じっすね。ところで、それアンケートに書きました?」
「アンケート……?ああ、あの捜査協力のってやつ?……私は書いてない、けど」
「君以外は書いてないっすか?あれ一応、学年全員に回るように指示してるんすよね」
「……同じ陸上部の子に聞いてみる」
そう言って小夜はスマホを取り出し、snsのグループに尋ねてみる。休日ということもあり、返信はすぐに返ってきた……どの返信も自分の想像通りのもので、正義感の強い小夜は思わず眉を顰めた。
「みんな書いたって」
「でしょうね~、噂の記入欄作ったら、大体あることないこと書くんすよ。人間って」
「……けど、火のないところに煙は立たないってね」と自分の顎を触りながら、とても愉快そうに笑う田城。戀川も戀川で性格が悪いが、田城も田城で良い性格をしていた。そして言わずもがな、屑である。
「売春の噂なんて書いてあったか?」
「それが、不思議なことに書かれてなかったんすよね~……戀川さん」
「あ?」
「この件、俺に任せてくれませんか?」
「あ゙?」
「まあ見てて下さいよ。俺、一応元捜査一課のエースなんで」
手をヒラヒラと振りながら、あまりにも一級フラグが建築されるレベルの台詞を吐き捨て、運転席で笑う男。後部座席に座っていた戀川には見えていなかったが、とても悪どい表情をしてた。何故なら田城の脳内は、既に完成間近のパズルのように爽快としていたのだ。
「……勝手にやってろ」
「あざーす」
戀川の投げ放った言葉を、それはもうポジティブに変換した男は舌舐めずりをしながら考える。見つめる先は未だに戀川の腕を離そうとしない小夜。正義感は強いが、嘘が苦手という訳ではなさそうな少女。丁度良い駒だ、さて、どうやって攻めようか、と。
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