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第二章:あっくんは貴族となり、平和な生活を城塞都市で営む
第12話「我が家とようじょ」
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世界を統一している『千年王国』の一地方都市、城塞都市『ポルデローネ』。
二重の堅固な城壁を持ち、サントゥニオーネ辺境伯の居城を中央に構えるこの都市には、周囲に点在する分離集落も含めると約1万5千人の人が暮らしている。
名産はサトウキビやオレンジ、トマトなどの農産品、羊毛、羊肉、羊乳、チーズなどの畜産品、そして、俗にポルデローネ焼きと呼ばれるカラフルな陶器が有名だ。
「ここで御座います。旦那様」
クリスティアーノから貸してもらった馬車を御者がゆっくりと止め、小さな窓から僕たちに告げる。
重厚な青銅製の門から覗くのは、日本であれば『豪邸』に分類されるような白亜の建物。
その前に広がる洋風で背の高い植木の少ない庭は、芝のような黄緑色の草で覆われていて、小さな公園のようだ。
10日ほど前に訪れたクリスティアーノ子爵邸とはまた趣が違う。
通りすがりに見た家々の庭もこんな感じだし、どうやらあの日本庭園は単なる彼の趣味のものであるようだった。
「ここか~、なかなかええやんか。りんちゃんが遊ぶにはちょうどええで」
「あっくん、公園?! 今日は公園であそぶの?!」
門の前で待っていた執事が深くおじぎをすると馬車の扉を開け、僕はそわそわと窓から覗いていたりんちゃんを抱っこして馬車から降ろす。
チコラにりんちゃんを頼んで、2人が庭へと駆け出すのを見送った僕は、その間ずっと頭を下げていた執事に「よろしく」と声をかけた。
「お待ちしておりました。アマミオ勲功爵様。私は、クリスティアーノ閣下より御身のお世話を仰せつかりました、ファンテ・サントグラールと申します。ファンテとお呼びください」
『小姓・聖杯』と名告った執事は、クリスティアーノの持つ能力で作られた小アルカナの兵士だ。
1から10までの数札と、小姓、騎士、女王、王の絵札で14枚が、それぞれ杖、剣、聖杯、護符の4セット。
皆最上級の兵士としての力を持ち、クリスティアーノが命じた役割を正確に果たす知能もある。
さらにクリスティアーノは、この56枚の小アルカナの能力を大きく上回る大アルカナ、それぞれが固有のチートを使える将軍を22枚も所持しているのだ。
ほんと、敵にならなくてよかった。
「――よろしいでしょうか、アマミオ勲功爵様」
物思いに沈んでしまっているうちに、どうやら何か聞き逃してしまったようだった。
それにしても……。
「その……『勲功爵様』って言う爵位はいちいち言わなくちゃいけないのかな?」
「アマミオ勲功爵様の正式な呼び名ですので、基本的にはそう呼ばせて頂きます」
この勲功爵って言うのは、一代限りで世襲も出来ない単なる名目上のもので、自分の部下に箔をつけるために、下級の貴族が勝手に下賜することが出来る爵位だ。ナイト爵なんて呼び方をされることもある。
クリスティアーノも「今日からアクナレートも貴族を名乗ると良い」と、子供にスナック菓子でも与えるように僕を勲功爵にした。そんな程度のものだ。
それを毎回毎回言われるのは……ひねくれた物の見方なのかもしれないけど、かなり気恥ずかしく、何ならちょっとバカにされている気分だった。
「……それ言う方も聞く方も面倒だから省略しない?」
「かしこまりました。ただし、クリスティアーノ閣下の威厳を損ねる可能性がございますので、来客中は正式に呼ばせていただきます。よろしいですね、アマミオ様」
「うん、それでおねがい」
呼び方についての確認を終えて、僕は今日から住むことになった新居を案内してもらう。
高級宿に住み始めて2週間、前払いしていた料金はまだ半分残っていたんだけど、それは返却されなかった。
その代わり、残りの期間中は宿に併設されたレストランでの食事を自由にできることと、りんちゃんが結構なついてた部屋付きのメイドさんをこっちに派遣してもらうことでチャラということになった。
メイドさんには僕名義で貴族街への入場許可を出してあるので、今日の夕方にはここに来てもらえるはずだ。
もしメイドさんさえ良かったら、今後も継続してここで働いてもらおうと思っている。
僕がりんちゃんをお風呂に入れるのはちょっと恥ずかしいので、正直来てもらえて本当に助かった。
アーチ型の玄関を抜けて、広いホールに出る。
残念ながらクリスティアーノの屋敷と違って、ここは一般的な住居と同様に土足だ。
それでも、まるでホテルのロビーのように高い天井と、ダンスでも出来そうな広さの玄関に、僕は結構テンションが上がった。
天窓に嵌めこまれたステンドグラスから、色とりどりの光が差し込んでいる。
ざっと見回しただけでも10個以上もあるドアは、中央付近の数個以外、僕やりんちゃんが使うことはないドアだとファンテが説明してくれた。
「こちらが家長であるアマミオ様のお部屋になります。ご要望通り、隣の部屋とは続き部屋にいたしましたので、廊下を通らずに行き来できます」
僕の部屋は屋敷の中央にある。本来ならば別々の部屋として前室と廊下を経由しなければ行き来できないんだけど、りんちゃんの部屋とは室内から直接行き来出来るようにしてもらった。
今のところ一度もないけど、りんちゃんが夜中に体調を崩したり、怖い夢を見たりした時にそばに居てあげられなかったら大変だから。
本当は宿と同じように、全員同じ部屋での生活でも良かったんだけど、この世界での常識としてそれは下賤な者の生活であるそうなので、もしこっちの世界で暮らすことになった時にりんちゃんが常識はずれにならないために、こういう形になった。
という訳でチコラの部屋も一応用意してもらったんだけど、どうやらりんちゃんはチコラを抱っこしてないと眠れないようなので、その部屋は使うことはなさそうだ。
まぁチコラは精霊だし、見た目ぬいぐるみだし、そこは大目に見よう。
そんなことを考えながら、僕はクリスティアーノが用意してくれた部屋の調度品にいちいち触れて見る。
ベッドやテーブル、ソファーなど、どれもしっかり手に馴染む。見た目は落ち着いている……と言うか、はっきり言って地味なんだけど、多分いいものなんだろう。
クリスティアーノ邸を見た後ではどれも見劣りするが、まぁそれはしかたがない。
そのまま、りんちゃんの部屋へと向かった僕は、この世界に来てからはじめて目にするパステルカラーの室内にくらくらと目眩を起こし、思わず壁に手をついた。
ピンクのテーブルクロスがかけられたテーブル。りんちゃんにはまだ不要であろう、白と金のドレッサー。引き出し一つ一つが別の色に塗られている小さなチェスト。くるぶしまで埋もれてしまいそうな毛足の、大きな花の柄が入ったラグ。
そして部屋の中央に鎮座する、レースがふんだんにあしらわれた天蓋付きのベッド。
それら全てが、ペールブルーの壁と天井の部屋に収まっている。
天井には中央に丸い天窓があり、その周囲には金色の星や月がモールのようにぶら下がって揺れていた。
単なる装飾品かと思ったら、合言葉を言うだけで照明として部屋を照らすらしい。
僕の部屋には無かったその装置はマジックアイテムで、それだけで金貨何十枚もの価値があるのだと後で知った。
天窓から視線を落としたテーブルの上には、ガラスの丸いフードが置いてあり、その中には小さくて可愛らしいお菓子が盛ってあって、一つ摘んでみるとなかなか美味しかった。
「なんや、りんちゃんだけ待遇ええやんか」
「わー! かぁいいお部屋ー!」
突然、僕の脇をくぐってチコラとりんちゃんが現れる。
そのままベッドに飛び込みかけたりんちゃんは、何かを思い出したかのようにラグの手前の床にぺたんと座り込み、編み紐で縛ってある自分の靴を一生懸命脱ぎ始めた。
両手で抱えるように、力を込めて靴を取る。
バランスを崩しそうになりながら、もう一方もずぽっと脱ぐと、達成感の溢れた笑顔でベッドと同じ色のフットレストを登ってベッドに飛び込んだ。
ぼよんと一つ弾んだりんちゃんは、「すごーい! 『リトルプリンセス』のベッドだぁー!」とはしゃいで、ふかふかの布団に顔を埋める。
チコラも一緒になってベッドの上で弾み、僕はそれを見て目を細めた。
「今日からここが……りんちゃんのお部屋だよ」
なんでだか知らないけど、ついにマイホームを購入したお父さんみたいな気持ちになった僕は、万感の思いが胸につまって、少し涙ぐんだ。
「ほんと?! やったー! やったー!」
喜びを体全体で表して、りんちゃんが僕の方へ飛ぶ。慌てて転げるようにその体を下から支えた僕に、「ありがと! あっくんだーいすき!」としがみついた彼女の温もりを感じて、僕の涙腺は一瞬で崩壊した。
りんちゃんを抱きしめながら、膝をついた僕は声を出さないように歯を食いしばってただ涙を流す。
僕の頭の上に着地したチコラが、腕組みしながらため息をついた。
「なんや泣き虫あっくん。また泣いとるんか?」
「うん……ごめん……なんか……なんかね?」
「ほんまアホやなぁ」
「うん……ちょっと今回は……自分でもアホだなぁって思う」
「……でもな、わかる。……わかるで」
「……うう、チコラ。僕はなんで自分が泣いてるんだかわからないよ」
「アホ! りんちゃんと暮らす家ができたんや……。ワイらもちゃんとした家族になれたんや……。ええんや! 泣いてもええんやで!」
チコラも涙を流している。それに釣られたように、僕も我慢しきれずに声を上げて泣いてしまった。
わんわんと辺りもはばからずに泣く僕ら2人を、りんちゃんは無言で抱きしめて背中をよしよしと優しく叩いてくれたのだった。
どれくらい泣いただろう。
別に異世界に来てからそんなに苦労したわけでもないんだけど、張り詰めていた何かが緩んだように、僕らは思いっきり泣いた。
……なんかすっきりした。
酸欠になったように横隔膜を痙攣させて、なんとかゆっくりと呼吸を整える。
ずっと僕らを抱きしめてくれていたりんちゃんを見ると、いつの間にか規則正しい寝息を立てていた。
「りんちゃん寝ちゃってた……。ご飯もまだなのに」
「しゃあないやろ。……少し寝かせたら、お風呂の前に家族皆で一緒にご飯や」
しゃくりあげるように鼻水をすするチコラと頷き合うと、僕はりんちゃんをお姫様ベッドにそっと寝かせた。
天窓を覗くと、空は夕暮れに染まっている。
家中の明かりを点けて回っていたファンテが、通いのメイドと料理人、そして住み込みのメイドの到着を知らせる。
僕らは天井で揺れる星のオーナメントに「淡い光を」と命じて、暖かな光にぼんやりと照らされたりんちゃんの部屋を笑顔で後にした。
二重の堅固な城壁を持ち、サントゥニオーネ辺境伯の居城を中央に構えるこの都市には、周囲に点在する分離集落も含めると約1万5千人の人が暮らしている。
名産はサトウキビやオレンジ、トマトなどの農産品、羊毛、羊肉、羊乳、チーズなどの畜産品、そして、俗にポルデローネ焼きと呼ばれるカラフルな陶器が有名だ。
「ここで御座います。旦那様」
クリスティアーノから貸してもらった馬車を御者がゆっくりと止め、小さな窓から僕たちに告げる。
重厚な青銅製の門から覗くのは、日本であれば『豪邸』に分類されるような白亜の建物。
その前に広がる洋風で背の高い植木の少ない庭は、芝のような黄緑色の草で覆われていて、小さな公園のようだ。
10日ほど前に訪れたクリスティアーノ子爵邸とはまた趣が違う。
通りすがりに見た家々の庭もこんな感じだし、どうやらあの日本庭園は単なる彼の趣味のものであるようだった。
「ここか~、なかなかええやんか。りんちゃんが遊ぶにはちょうどええで」
「あっくん、公園?! 今日は公園であそぶの?!」
門の前で待っていた執事が深くおじぎをすると馬車の扉を開け、僕はそわそわと窓から覗いていたりんちゃんを抱っこして馬車から降ろす。
チコラにりんちゃんを頼んで、2人が庭へと駆け出すのを見送った僕は、その間ずっと頭を下げていた執事に「よろしく」と声をかけた。
「お待ちしておりました。アマミオ勲功爵様。私は、クリスティアーノ閣下より御身のお世話を仰せつかりました、ファンテ・サントグラールと申します。ファンテとお呼びください」
『小姓・聖杯』と名告った執事は、クリスティアーノの持つ能力で作られた小アルカナの兵士だ。
1から10までの数札と、小姓、騎士、女王、王の絵札で14枚が、それぞれ杖、剣、聖杯、護符の4セット。
皆最上級の兵士としての力を持ち、クリスティアーノが命じた役割を正確に果たす知能もある。
さらにクリスティアーノは、この56枚の小アルカナの能力を大きく上回る大アルカナ、それぞれが固有のチートを使える将軍を22枚も所持しているのだ。
ほんと、敵にならなくてよかった。
「――よろしいでしょうか、アマミオ勲功爵様」
物思いに沈んでしまっているうちに、どうやら何か聞き逃してしまったようだった。
それにしても……。
「その……『勲功爵様』って言う爵位はいちいち言わなくちゃいけないのかな?」
「アマミオ勲功爵様の正式な呼び名ですので、基本的にはそう呼ばせて頂きます」
この勲功爵って言うのは、一代限りで世襲も出来ない単なる名目上のもので、自分の部下に箔をつけるために、下級の貴族が勝手に下賜することが出来る爵位だ。ナイト爵なんて呼び方をされることもある。
クリスティアーノも「今日からアクナレートも貴族を名乗ると良い」と、子供にスナック菓子でも与えるように僕を勲功爵にした。そんな程度のものだ。
それを毎回毎回言われるのは……ひねくれた物の見方なのかもしれないけど、かなり気恥ずかしく、何ならちょっとバカにされている気分だった。
「……それ言う方も聞く方も面倒だから省略しない?」
「かしこまりました。ただし、クリスティアーノ閣下の威厳を損ねる可能性がございますので、来客中は正式に呼ばせていただきます。よろしいですね、アマミオ様」
「うん、それでおねがい」
呼び方についての確認を終えて、僕は今日から住むことになった新居を案内してもらう。
高級宿に住み始めて2週間、前払いしていた料金はまだ半分残っていたんだけど、それは返却されなかった。
その代わり、残りの期間中は宿に併設されたレストランでの食事を自由にできることと、りんちゃんが結構なついてた部屋付きのメイドさんをこっちに派遣してもらうことでチャラということになった。
メイドさんには僕名義で貴族街への入場許可を出してあるので、今日の夕方にはここに来てもらえるはずだ。
もしメイドさんさえ良かったら、今後も継続してここで働いてもらおうと思っている。
僕がりんちゃんをお風呂に入れるのはちょっと恥ずかしいので、正直来てもらえて本当に助かった。
アーチ型の玄関を抜けて、広いホールに出る。
残念ながらクリスティアーノの屋敷と違って、ここは一般的な住居と同様に土足だ。
それでも、まるでホテルのロビーのように高い天井と、ダンスでも出来そうな広さの玄関に、僕は結構テンションが上がった。
天窓に嵌めこまれたステンドグラスから、色とりどりの光が差し込んでいる。
ざっと見回しただけでも10個以上もあるドアは、中央付近の数個以外、僕やりんちゃんが使うことはないドアだとファンテが説明してくれた。
「こちらが家長であるアマミオ様のお部屋になります。ご要望通り、隣の部屋とは続き部屋にいたしましたので、廊下を通らずに行き来できます」
僕の部屋は屋敷の中央にある。本来ならば別々の部屋として前室と廊下を経由しなければ行き来できないんだけど、りんちゃんの部屋とは室内から直接行き来出来るようにしてもらった。
今のところ一度もないけど、りんちゃんが夜中に体調を崩したり、怖い夢を見たりした時にそばに居てあげられなかったら大変だから。
本当は宿と同じように、全員同じ部屋での生活でも良かったんだけど、この世界での常識としてそれは下賤な者の生活であるそうなので、もしこっちの世界で暮らすことになった時にりんちゃんが常識はずれにならないために、こういう形になった。
という訳でチコラの部屋も一応用意してもらったんだけど、どうやらりんちゃんはチコラを抱っこしてないと眠れないようなので、その部屋は使うことはなさそうだ。
まぁチコラは精霊だし、見た目ぬいぐるみだし、そこは大目に見よう。
そんなことを考えながら、僕はクリスティアーノが用意してくれた部屋の調度品にいちいち触れて見る。
ベッドやテーブル、ソファーなど、どれもしっかり手に馴染む。見た目は落ち着いている……と言うか、はっきり言って地味なんだけど、多分いいものなんだろう。
クリスティアーノ邸を見た後ではどれも見劣りするが、まぁそれはしかたがない。
そのまま、りんちゃんの部屋へと向かった僕は、この世界に来てからはじめて目にするパステルカラーの室内にくらくらと目眩を起こし、思わず壁に手をついた。
ピンクのテーブルクロスがかけられたテーブル。りんちゃんにはまだ不要であろう、白と金のドレッサー。引き出し一つ一つが別の色に塗られている小さなチェスト。くるぶしまで埋もれてしまいそうな毛足の、大きな花の柄が入ったラグ。
そして部屋の中央に鎮座する、レースがふんだんにあしらわれた天蓋付きのベッド。
それら全てが、ペールブルーの壁と天井の部屋に収まっている。
天井には中央に丸い天窓があり、その周囲には金色の星や月がモールのようにぶら下がって揺れていた。
単なる装飾品かと思ったら、合言葉を言うだけで照明として部屋を照らすらしい。
僕の部屋には無かったその装置はマジックアイテムで、それだけで金貨何十枚もの価値があるのだと後で知った。
天窓から視線を落としたテーブルの上には、ガラスの丸いフードが置いてあり、その中には小さくて可愛らしいお菓子が盛ってあって、一つ摘んでみるとなかなか美味しかった。
「なんや、りんちゃんだけ待遇ええやんか」
「わー! かぁいいお部屋ー!」
突然、僕の脇をくぐってチコラとりんちゃんが現れる。
そのままベッドに飛び込みかけたりんちゃんは、何かを思い出したかのようにラグの手前の床にぺたんと座り込み、編み紐で縛ってある自分の靴を一生懸命脱ぎ始めた。
両手で抱えるように、力を込めて靴を取る。
バランスを崩しそうになりながら、もう一方もずぽっと脱ぐと、達成感の溢れた笑顔でベッドと同じ色のフットレストを登ってベッドに飛び込んだ。
ぼよんと一つ弾んだりんちゃんは、「すごーい! 『リトルプリンセス』のベッドだぁー!」とはしゃいで、ふかふかの布団に顔を埋める。
チコラも一緒になってベッドの上で弾み、僕はそれを見て目を細めた。
「今日からここが……りんちゃんのお部屋だよ」
なんでだか知らないけど、ついにマイホームを購入したお父さんみたいな気持ちになった僕は、万感の思いが胸につまって、少し涙ぐんだ。
「ほんと?! やったー! やったー!」
喜びを体全体で表して、りんちゃんが僕の方へ飛ぶ。慌てて転げるようにその体を下から支えた僕に、「ありがと! あっくんだーいすき!」としがみついた彼女の温もりを感じて、僕の涙腺は一瞬で崩壊した。
りんちゃんを抱きしめながら、膝をついた僕は声を出さないように歯を食いしばってただ涙を流す。
僕の頭の上に着地したチコラが、腕組みしながらため息をついた。
「なんや泣き虫あっくん。また泣いとるんか?」
「うん……ごめん……なんか……なんかね?」
「ほんまアホやなぁ」
「うん……ちょっと今回は……自分でもアホだなぁって思う」
「……でもな、わかる。……わかるで」
「……うう、チコラ。僕はなんで自分が泣いてるんだかわからないよ」
「アホ! りんちゃんと暮らす家ができたんや……。ワイらもちゃんとした家族になれたんや……。ええんや! 泣いてもええんやで!」
チコラも涙を流している。それに釣られたように、僕も我慢しきれずに声を上げて泣いてしまった。
わんわんと辺りもはばからずに泣く僕ら2人を、りんちゃんは無言で抱きしめて背中をよしよしと優しく叩いてくれたのだった。
どれくらい泣いただろう。
別に異世界に来てからそんなに苦労したわけでもないんだけど、張り詰めていた何かが緩んだように、僕らは思いっきり泣いた。
……なんかすっきりした。
酸欠になったように横隔膜を痙攣させて、なんとかゆっくりと呼吸を整える。
ずっと僕らを抱きしめてくれていたりんちゃんを見ると、いつの間にか規則正しい寝息を立てていた。
「りんちゃん寝ちゃってた……。ご飯もまだなのに」
「しゃあないやろ。……少し寝かせたら、お風呂の前に家族皆で一緒にご飯や」
しゃくりあげるように鼻水をすするチコラと頷き合うと、僕はりんちゃんをお姫様ベッドにそっと寝かせた。
天窓を覗くと、空は夕暮れに染まっている。
家中の明かりを点けて回っていたファンテが、通いのメイドと料理人、そして住み込みのメイドの到着を知らせる。
僕らは天井で揺れる星のオーナメントに「淡い光を」と命じて、暖かな光にぼんやりと照らされたりんちゃんの部屋を笑顔で後にした。
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