転移世界のトラック神と、ひかれたようじょ

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる

第26話「化け物とようじょ」

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 細かな黄金の砂をまき散らしたような夜空を背景に、篝火かがりびに照らされた小さな草花が揺れる。
 月は青白い光を投げかけ、白亜の宮殿をぼんやりと浮かび上がらせていた。

 そんな美しい光景の中、毒々しい赤に染まった爬虫類の瞳――直径30メートルはあろうかと言うおぞましい球体――は、縦に裂けたその切れ間からどす黒い粘液を噴出させ、周囲をけがしていった。

「あっくん、あれ何よ?!」

「分からない。でもたぶん魔王に関係するじゃないかな」

「まぁ良くないもんやっちゅうのは見ただけで分かるで」

 結局のところ……僕らは何も分からなかった。
 ただ、この生理的に嫌悪感を催す訳のわからない物体が悪いもので、そいつがマリアの大切な空中庭園ディオ・ドラーゴけがしていると言う事実だけをはっきりと認識した。

 まるで古いB級スプラッタ映画のモンスターのように、その爬虫類の目玉の裂け目から、粘液と共にサイケデリックな触手が姿を現す。
 りんちゃんをしっかりと抱きしめ、壁に立てかけてあった死神の鎌デスサイズを構えた僕の見ている前で、ついにその本体は全容を現した。

 それを言葉で形容するならば、と言う言葉以上に相応しいものは無いだろう。

 今、りんちゃんやマリア、眠っているオルコやポーターたちを敵から守れる武器を持っているのは僕だけだ。
 僕は、どんな敵が相手だろうと、僕の家族を絶対に守る。

 そんな当然の考えさえも吹き飛ばす、深層的なが、僕たちの前に転がっていた。
 絶対にヤバいと言う確信。
 チート武器など関係ないと思わせる圧力。
 それら全てが物理的な質量を伴って、僕たちの心に無作法にもし掛かった。

「ひぃっ!」

 マリアの口から絞り出されるように、悲鳴が上がる。
 僕もチコラも悲鳴をあげそうになったが、彼女の悲鳴を耳にしたおかげで、何とかそれを飲み込むことが出来た。

「なに……? なによあれ?! なんなのよ?! なに……?」

 マリアが僕の背中にすがり付き、まるで他の言葉を忘れてしまったかのように同じ言葉を繰り返す。
 りんちゃんも強く目をつむり、僕の胸元にぎゅっとしがみ付いていた。

 はマリアの悲鳴に気づいたかのように体を震わせると、ずるり……と僕たちに体を近づける。
 マリアは恐怖で目見開き、見たくもないそのグロテスクな物体を凝視しながらも、なんとか僕のローブの肩口に口を押し付け、さらなる悲鳴を堪えた。

 ――の全体的な造形は、蜘蛛に近い。
 しかし、体は手足の無い、白くブヨブヨと膨れ上がった赤ん坊の胴体で、その表面を細い青紫色の血管のような筋が縦横に走っている。
 胴体の前方には、同じく不自然な青白さの赤ん坊の頭のようなものが逆さまに垂れ下がっていた。
 その――熟しすぎた瓜のような、もしくは水蛸の頭のような――頭には目も鼻も無く、髪の毛の一本もない。
 両側に生えた耳と、ただ一つあるバランスのおかしな口からは、絶えずどす黒い粘液が溢れ出していた。

 その頭と体のつなぎ目、本来なら首がある部分は節足動物の関節のように、薄い皮膚で繋がっている。
 そして、その薄い皮膚の根元からは、太さも色も、質感さえもバラバラな、数十本の触手が犠牲者を探してでもいるようにうねうねとうごめいいていた。

「マリア」

 恐怖でガクガクと震えそうになる体を何とか押しとどめ、僕は背中に縋り付いているに声をかけた。
 そうだ、僕は男で、りんちゃんの父親で、この場で唯一武器を持っている。
 女の子や小さな子供を助ける義務がある。

 そう思うと、不思議に体のこわばりはずいぶんと楽になった。

 名前を呼ばれてぴくりと反応したマリアの目を見つめながら、僕は右手で抱きしめていたりんちゃんを彼女に渡す。
 空いた両手でデスサイズを握りしめると、ほんのちょっとだけの自信が体に流れ込むのを感じた。

 ローブの背中を握りしめているマリアの手と、胸元を握りしめているりんちゃんの手を振り払うように、僕は半歩前へ進む。
 彼女たちはお互いの体を抱きしめあい、僕を見つめた。

「ちょっとりんちゃんと一緒に……先に帰っててくれるかな。は僕がチート武器でやっつけちゃうから。そうだ、なんなら先にクリスティアーノのところにビールを飲みに行ってもいいよ。……僕はあとで行く」

「……せやな。ワイもチートを思う存分つこてみたかったんや。ワイらが遊んどる間に、ぐりりんに乗ってポーターとオルコを送ってきてくれると助かるわ」

「そうだね……うん、悪いけどお願い。……ここからは――」

「――男の子の遊びやからな」

 マリアの返事も待たず、僕とチコラは同時に左右に展開する。
 震えだしそうになる両膝に力を込め、吐き気を堪えて触手の一本に狙いをつけると、僕はデスサイズを振るい、チコラは雷撃を放った。

 デスサイズが触手を斬り飛ばし、雷撃が黒こげにする。
 しかしそれは何事も無かったかのように一瞬で再生すると、僕とチコラを別々に襲った。

「やっぱ再生するんかい!」

「いかにも再生しそうだったでしょ!」

 わざと大きな声を出しながら、僕らは走る。
 触手をなるべくギリギリでかわしながら、宮殿から少しずつ離れる僕らを追って、そいつはじゅるじゅると不気味な音を立てながら、体をくねらせて移動を始めた。

「なんや! 計算通りやんか!」

「うん! いい感じ!」

 一度に4~5本の触手が襲い掛かる中、僕はデスサイズを縦横無尽に振り回す。
 からみつくように襲い掛かる軟体動物のような触手を斬り飛ばし、蜘蛛のように毒針が生えている触手を斬り裂く。
 甲殻類のように頑丈な沢山の関節がある触手を弾き飛ばし、太さを変えて膜のように飲み込もうとする触手に穴をあける。

 それでもその触手は、一瞬後には元通り……いや、より禍々しい姿へと再生する。
 斬れば斬っただけ、焼き焦がせば焦がしただけ、そのグロテスクな触手には鱗が増え、牙が生え、角が突び出し、粘液があふれ、目玉が覗くのだ。
 触手を相手にしている限り、僕らに勝機は無いように見えた。

「うう、なんや、触手の数増えとらんか?」

「……ごめん、デスサイズで斬り付けた傷から枝分かれ再生して、ところどころ増えてる……」

 カニの甲殻のような触手の一撃をデスサイズで受け止め、2メートルほど吹き飛ばされながら、僕はチコラに謝った。
 さっきから気になっては居たんだ。でも、言うタイミングも無かったし、やめようと思っても僕には死神の鎌これ以外に武器は無いし……。

 それが分かっているチコラも、僕を非難はしない。
 それでもちょっと見下ろすような眼で僕を見ると、無言のまま魔法で触手を焼く作業に戻った。

 普段通りのツッコミを期待していた僕には、その沈黙が何よりも痛い。
 針のムシロと言うのはこういうことを言うんだろうと考えながら、僕も触手を――傷つけただけで終わらないように――斬り飛ばす作業に戻った。

 黙々と触手を相手にすること約1分。
 僕たちの待ちに待ったその音が、ついに背後から空へと登って行った。

「よっしゃ行ったな」

「うん、さすがマリアだよ、ちゃんと馬車ごと、馬も積んで行ってくれた」

 頭上を旋回しているグリュプスの馬車をちらっとだけ確認して、僕はデスサイズを握りなおす。
 チコラは僕の頭の上にふわりと着地すると、大きく息をついて、呪文を唱えるのをやめた。

「あっくん、少し……休憩させてや」

 今まで僕とチコラ2人を相手にしていた触手が、僕に集中する。
 それでも、僕の体がそれほど大きい訳ではないから、一度に襲い掛かってくる触手の数は2倍まではいかないのは救いだった。
 無傷で、とはいかないけど、防御に徹すれば捌ききれない数ではない。

「なるべく短めでお願い」

 荒く息をつき、返事も無くチコラは回復に努める。
 僕のようにチートアイテムを使うだけの能力と違って、彼の場合は精神力も体力もごっそりと持って行かれると言っていた。
 りんちゃんたちの避難が完了した今、この化け物本体への総攻撃を前に、チコラには力を溜めてもらわなければならなかったのだ。

 ルーチェが居れば、チコラの回復をお願いできたんだけど……。

 今更考えても仕方のないことだけど、そんな考えが頭をよぎる。

「……ふっ!」

 頭を軽く振って気合を入れ直し、僕は鱗の生えた巨大なイカゲソをデスサイズで斬り飛ばした。
 見た目以上に硬い鱗が、ランクSSS+++のデスサイズに斬り裂かれて火花を散らす。
 背中から襲い掛かってきたイバラのような触手を台尻で突き返し、僕は体をひねってそれを飛び越えた。

「おお~」

「イテテ……痛いよチコラ!」

「やかましわ! 人が休憩しとんのにアクロバットすなや!」

「そんなの無理だよ! って言うかなんで僕の頭の上で休憩する必要があるの?!」

 体を低くして着地した僕の髪にチコラが力いっぱいしがみ付き、思わず僕は不満を漏らした。
 角の生えた蜘蛛の脚、小さな骨のない人間の手を無数に生やした蟹の脚、目玉が覗く植物、粘液に包まれた動物、牙の並んだ口を開いた昆虫……。次々と頭上から振り下ろされるグロテスクな触手を一つ一つ飛び退すさって躱しながら、僕らはついに空中庭園の端、清らかな小川の水が滝のように流れ落ちている崖の淵に足をかけた。
 急制動をかけた僕の足元から、崩れた小石がぱらぱらと闇の奥へと落ちてゆく。
 それ以上下がることが出来なくなった僕は、振り下ろされたザリガニのハサミのような触手をデスサイズで受け止めた。

「……っぐぅ!!」

 受け流すでもなく、躱すでもなく、初めてまともにその衝撃を受け止めた僕の体は悲鳴を上げる。
 足元が地面に数センチめり込み、崖からはさらに礫が落ちて行った。

 一瞬動きの止まった僕を化け物は見逃さない。
 がら空きになった両脇腹に、人間の脊髄のような骨の触手と絡み合った髪の毛のような触手が、両サイドから襲い掛かった。
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